ダウン症でよかった!

episode 11-20

 

お空に逝っちゃった 知義ママ

 

息子の知義は23歳です。今は就職して、毎日元気に通勤しています。

そんな知義には辛い過去があります。

10歳だった頃、級友のR子ちゃんが突然お空に逝ってしまいました。幼なじみで、とても仲が良く、毎日幼稚園や小学校に通っていた友達です。R子ちゃんもダウン症でした。R子ちゃんが亡くなった時、息子にどう説明すればいいか分かりませんでした。ですが、小学校の先生が「R子ちゃんは昨日お空に逝っちゃいました。もう会えません。残念だけどこれも運命です。悲しいけど笑顔で送り出してあげましょう。」知義は本当に笑顔でR子ちゃんを見送りました。

お葬式が終わり、次の日の朝、知義が小学校に通う時にいつも一緒に登校していたR子ちゃんがいませんでした。「R子ちゃんは?」と、知義が聞いてきました。「R子ちゃんはお空に逝っちゃったからもう会えないんだよ。」と言ったら、「僕もお空に逝く。」と言い出しました。そこに当時6年生のR子ちゃんのお姉さんが来ました。「簡単にお空に逝くなんて言ってはダメだよ。お空に逝ったら戻って来れないんだよ。もうみんなに会えないんだよ。R子は本当はもっと生きたかったんだよ。今の生活をありがたく思って。」そう言われて知義の顔は曇りました。

お姉さんが続けます「…笑顔で過ごしてあげて。今、知義君が笑顔で生活する事がR子の望みだよ。そしてこれからも。」知義は、「うん、分かった!笑顔でいればいいんだね。それなら得意。」と言って素直に笑顔になりました。

R子ちゃんのお姉さんが思った以上にしっかりしていた事に驚かされました。知義がR子ちゃんの死をどの程度理解しているかは分かりませんでしたが、少なくともお葬式の翌日のあの瞬間は知義はR子ちゃんの死を受け入れた瞬間だったように思います。

それからは笑顔で毎日小学校に通いました。

そして、今では地元企業で働いています。なんと、知義の上司は、R子ちゃんのお姉さんです。これもまた運命です。後で聞いたんですが、同じ企業に就職していたお姉さんは、知義が入社すると聞いて部署を移動して今の職に就いてくれたそうです。自身の妹の姿を未だに思い描いて涙する事もあるそうです。そんな妹さんの姿を知義に重ねて毎日癒されていると仰ってくださいました。知義は本当に恵まれています。きっと天国のR子ちゃんが見守ってくれているおかげだと思います。

 

 

 

頼りがい 啓太ママ

 

7歳の息子啓太は、頼りになります。

あれは2年ほど前のこと、私が夫と言い争いになってしまったときのことです。

啓太の進路について、夫は支援学校に行かせた方が良いと言い、私は断固反対、普通学校に通わせたいと言いました。

そろそろ決めなくてはいけないと思いつつ、悩みが尽きず、決められない日々を過ごしておりました。

その結果が夫婦喧嘩です。

啓太が隣の部屋で寝ていたのに、大人気なく大きな声で言い争っていました。

そんな時、「どうしてけんかするの?」と、寝ていた啓太が起きて来て言いました。

期限が迫っていたので、私は、悩みましたが、すべてを啓太に話しました。

「啓太のね、学校の話をしていたの。支援学校というのと普通学校というのがあってどっちに行くか決めないといけないの。普通学校のほうが勉強が難しいけど、友達はみんな普通学校へ行くの。お父さんはね、啓太のために支援学校が良いと言ってるの。」

障がいのこともはっきりと言っていない時期だったので、啓太がどの程度理解できるかわかりませんでしたが、真実を伝えたつもりです。

それを聞いた息子は、「僕が明日までに決めるよ。」と一言。

隣の部屋に帰って行きました。

翌日、私と夫が朝食をとっていると、啓太が起きて来て言いました。

「普通学校に行く。」力強く一言、言い切りました。

「お父さんごめんね。でも、みんなと一緒の学校に行って試してみたい。」そう言った息子は目に涙を浮かべていました。目は真っ赤。一睡もしていない様子でした。お父さんとお母さんの意見の相違のはざまで一晩中考えたようです。私は、息子の力強さに普通校でもやっていけると確信しました。

「それじゃ普通校で決まりね!」と、夫を見ると、夫も目に涙をためていました。仕事で忙しいので気付かなかったかも知れませんが、啓太は夫が思っている以上に成長していたようです。それが嬉しくて男泣きでした。

もちろん今は普通学校で頑張っています。時々弱音を吐きますが。

 

 

 

どんまい H.F

 

2歳のとき心臓の手術をしました。

そんな次女は今では小学5年生。

毎日小学校に楽しく通っています。

娘はどんなに辛いことがあっても「どんまい」と自分に言い聞かせて乗り越えています。

「どんまい」が英語の省略だとは知りません。

でも、小さいころおねしょをしたときに長女が次女に「どんまい」と言ったのです。

それ以来この言葉がお気に入り。

勉強についていけなくても「どんまい」。

体育の徒競走でビリになっても「どんまい」。

学校の子にからかわれたときさえも「どんまい」。

「どんまい」と自分に言い聞かせることでどれだけ救われたことか。

そして、次女は、ほかの子にも「どんまい」を教えてあげているようです。

友達が勉強で間違えたときに「どんまい」。

同級生が体育で鉄棒でうまく回れなくても「どんまい」。

挙句の果てに、次女をからかう子達に対しても大声で「どんまい!」と言います。

少し使い方は違えど、「どんまい」のおかげでずいぶん逞しくなっています。

今では、次女が何か失敗したときには必ずみんなが「どんまい」と言ってくれます。

次女をからかう子も今はいません。

替わりに「どんまい」といってくれます。

運動会の時なんてものすごかったです。

次女は徒競走で転んでビリだったんですが、ゴールした直後に大勢の友達が代わる代わる「どんまい」と言ってくれました。観客席からも「どんまい!」の大声援。多くの親御さんにも浸透しているようです。それが嬉しくて、私は運動会や父兄参観では毎回泣かされています。みんなが次女に「どんまい」って言ってくれるんです。最近では、この「どんまい」が私に言われているような気もしています。育児で疲れた時に「どんまい」。すごく癒される言葉です。

 

 

 

反抗期 バカな旦那を持つ女

 

うちの娘、現在11歳ですが、只今反抗期中です!

食事をしても結構残すんです。「残さず食べなさい!」って言っても「まずい」と言うんです。

テレビばっかり見てるので、「テレビばっかり見てちゃだめ!」と言うと、「うざい」って言うんです。

あんなにかわいかったわが子がこんな姿に。

旦那に話したら、「いろんな言葉を覚えたねぇ」とほめちぎってました。

バカかお前は。

でも、確かにここ数ヶ月、いろいろな言葉を覚えました。

芸人のマネが多いのですが、友達の間でよく使われる言葉も多いようです。

これも成長の証と言えるのでしょうか。

「ママ」や「ごはん」など言えるようになった時は嬉しかったですが、それらとは違い、最近の言葉は、娘の感情を反映した言葉になっていると感じます。

彼女なりに意思表示ができるようになったんだ、と思ったら思わずぐっと涙が出てきてしまいました。

彼女の気持ちが分かるんだ。

生まれた頃にはとても考えられませんでした。

確かに、「まずい」とか「うざい」とか、こちらが傷つく言葉だらけですが、彼女は今そう感じているんだ、そう思うと、感無量です。

同時にバカだと思っていた旦那の言葉が胸に沁みます。

「いろんな言葉を覚えたねぇ」

素直に喜べばいいんですね。

だって成長してるんだもん。

子供の成長を感じることができるんだもん。

 

 

 

命綱 和子ママ

 

命は有限です。

和子を生んでそう感じました。

和子がまだ新生児のころ、本当に弱々しく、本当に生きていけるんだろうかと思いました。

そんな和子は、今10歳になりました。

元気に小学校に通っています。

普通クラスです。

友達もいっぱいできて、好きな男の子もいるらしいのです。

そんな和子ですが、9歳のとき、給食をのどに詰まらせ、救急車で運ばれたことがありました。

急いで病院に駆けつけると、意識不明でした。

看護師さんがしきりに和子の名前を呼んでいました。

私も駆け寄り、必死で名前を呼びました。

のどにつかえたものは取れていたようで、しばらくして意識をとり戻しました。

あの時は本当にびっくりしました。

日常の本当に普通の食べるという行為。

そんな日常の生活にこんな危険が潜んでいるとは。

命は有限なんだなぁ、と改めて思いました。

幸いにも数日入院しただけですみました。

それからは、給食の時間は、食べ物を小さく切って食べるようにさせています。

皆より食べるのが遅くなってしまいますが、しょうがありません。

さて、好きな男の子ですが、この子は、和子が入院していたときに面会に来てくれた子です。

とてもやさしくて、和子が給食をゆっくり食べるのを気遣って、この子もゆっくり食べてくれるそうなんです。

なんでも、和子一人が遅いといじめられたり、肩身が狭い思いをするのではないかと考えてのことらしいです。

本当にやさしい。

実はこの子のお姉さんが昔、交通事故で亡くなっていたのです。姉を失ったときの悲しさを双肩に背負って生きています。命は有限だということを一番強く感じているのは彼です。

すばらしい級友に恵まれた和子は幸せ者です。バレンタインデーにチョコをプレゼントし、ホワイトデーには、飴をもらったようです。このやさしさが和子の命綱です。あまりのやさしさに今後の心配をしてしまうくらいです。でも、和子も自身のことをわかっているようです。多くは望みません。彼には彼女もいるようです。彼には神様から特別なご褒美があると信じています。

 

 

 

ケーキ 目からうろこ

 

5歳の娘と4歳の息子がいます。

息子がダウン症です。

ある日、珍しくこの二人がけんかをしていました。

原因はケーキの取り合いでした。いちごのショートケーキを三つ買ってきたのですが、それぞれ一つずつ食べ、残りの一つを取り合っていたのです。もちろんそれは私のなので、私が二口くらいで一気に食べてしまいました。すると、二人は、火がついたように泣きました。ケーキがおいしいのは知っているのに、三つの意味が分かっていなかったようです。「一人一つだよ。みんなで分けて食べるの。」そう説明すると、娘は少し理解したようで、泣き止みました。娘は息子を説得し始めました。でも息子は泣き止みません。娘も困って再び泣き始めました。私は頭痛がしてきました。で、結局、息子のためにケーキ屋さんに行ってケーキを二つ買いました。娘も息子も満足して万事収まりました。

その夜、旦那にこの話しをしました。「甘やかしすぎじゃない?」そう言われました。「確かにそうだけど、どうすれば泣き止むか考えて」そう言うと、旦那が答えました。「三つ買ってきたのが悪い。二つか四つだろ。二つなら子供たちの分、四つなら家族の分。それなら分かったんじゃないか?」「なるほど〜!」私は思わず声を上げました。

一ヶ月位した頃、ケーキを四つ買ってきました。すると、娘と息子は一つずつ食べ、二つを残しました。「お父さんとお母さんの」息子が言いました。「わかるんだ〜」すごく褒めてあげました。教育って本当に少しのきっかけだな、と改めて思いました。同時に、息子の分かること、考え、思い、色んなことが見えてきました。本当に色々考えて生活しているんだなと感心してしまいます。小さな体、しかも合併症と戦いながら立派に生きている。とてもいとおしく感じました。

また一ヶ月した頃、試しにケーキを三つ買ってきました。娘と息子は一つずつ食べ、様子見していました。前々回のこともありますし、手を出しません。「お母さんの?」息子が聞いてきました。「そう!」私は嬉しくて大声を出してしまいました。成長ですね〜。嬉しくって思わず息子にケーキをあげてしまいました。いちごは娘にあげました。成長したご褒美ですね。

その夜、再び旦那にこの話しをしました。「また、甘やかしたな〜」と言われました。「だって、かわいくてしょうがなかったんだもん」と言うと、「しょうがないな」と言いました。その夜は私が旦那に甘えてしまいました。

おのろけはそのくらいにして、改めて今回の一件を考えてみました。『日々教育』そう感じました。子供たちが何かにつまずいたとき、いかにして一歩踏み出させてあげられるか、親の力量が試されていると思うんです。「ダウン症だから何かができなくてもいい」そういうわけにはいきません。育児は本気、日々精進。でも、時には力を抜いて周りを見渡してみることも必要だと思います。そして、相談ですね。旦那や親の会の方々、医師、看護師さんなどにどんどん相談してみることですね。一人で悩まないでくださいね! 必ずいい答えが見つかります。相談したり相談されたり、そのやり取り自体も楽しんでください。なんだって心の持ちようです。

 

 

 

手紙 太郎&佳代子ママ

 

拝啓 未来の佳代子へ

佳代子、生まれてきてくれてありがとう。一歳になったばかりのあなたが将来読むことになる手紙を書きます。

「あなたの愛するお兄ちゃん、太郎は、ダウン症です。千人に一人の確率で生まれてくる障がいを持っています。普通の子と違うことに気付きましたか? でも、それほど悲観するような障がいではありません。少し成長が遅いというだけです。

太郎はあなたが小さい頃からよく面倒を見てくれていましたよ。ミルクをあげたり、泣いたときは抱っこをしてくれたり。あなたはそんな優しいお兄ちゃんに育てられたんですよ。

この手紙を読む頃には、あなたのほうが太郎よりもしっかりしているかもしれません。いつか逆転する日が来ます。そのときは、幼い頃の恩返しをするときです。どうか、太郎のことよろしくお願いします。

太郎は、その容姿が少し普通の子と違うので、よく笑われたり、からかわれたりしています。でも、絶対に泣いたり怒ったりしません。いつも陽気で、私たちを和ませてくれました。あなたは、そんなお兄さんの姿を見て、よく泣いていましたよ。一歳で状況もよく分からないのに、泣いていたのですよ。不思議ですね。パパもママも太郎を心配していました。それが伝わったのかな。一歳のときのことなんて覚えていないでしょうけど、普段滅多に泣かないのに、お兄ちゃんが笑われたり、からかわれたりするときだけはすごく大泣きしてたんです。太郎は、そんな時、自分のことより佳代子のことを心配して、泣き止むまで抱っこしたり、いないないばぁをしたりして、あなたを笑わせようと必死になってくれたんです。

太郎は数奇な運命を背負って生まれてきました。逃れられないダウン症という個性。佳代子もまた数奇な運命になるでしょう。兄、太郎とともに成長するのですから。でも、悲しんでばかりではいけませんよ。気丈に、根気強く太郎に接してください。太郎を守ってください。私たち両親も太郎の成長をできる限り推進するつもりですが、あなたにしかできない知育というものもあると思うんです。妹として、太郎の成長を見守り、育んでください。特に、成長が逆転したときは、太郎の自尊心が傷つけられるかもしれません。そのときは、注意深く考えてください。どうすれば、太郎の自尊心を傷つけずに太郎を成長させていくか。たぶんその頃は太郎も自分の障がいのこと、気付いていると思います。その上で、あなたにお願いするのです。正直これは難しいことだと思います。まだ子供のあなたにとって負担が大きすぎるかもしれません。でも、負けてはいけません。社会の偏見に負けず、太郎を守り抜いてください。何か相談があれば何でも言ってください。先生に相談しても良いですよ。必ず、解決策はあります。私は、太郎がダウン症であることをオープンにするつもりです。みんなに知ってもらって、その上で太郎のことを見守って欲しいと願うためです。なので、周りのみんなは太郎がダウン症であることを知っています。決して隠さず、あなたもオープンにして欲しいのです。何も悲観することは無いのです。

太郎の良い面も書きますね。太郎は、ほとんど泣かない子供でした。本当に手のかからない素直な子供です。いつも陽気で、アニメが大好きな子供でした。録画して同じものを何度も興奮しながら見入っていました。障がいなんて何も感じさせない普通の子供でした。特に佳代子が生まれてからは、お兄さんになったということが分かるようで、ほとんど駄々をこねたり泣いたりすることをしませんでした。どうしても生まれたばかりの佳代子にばかり気をとられて太郎と遊ぶ時間が少なくても太郎はひがんだり、困らせたりすることもありませんでした。本当に良い子でした。そんな太郎に良い人生を送ってもらいたいのです。佳代子、太郎のこと、本当にお願いします。お父さんとお母さんが亡くなった後もだよ。こんなこと言うと重いかな? でも、そのときが来るのも事実です。太郎を守ってください。約束だよ。

追伸 あまり力み過ぎないようにね。」

 

 

 

不思議くん 兄

 

僕の弟はダウン症です。

だからと言ってあわれんで欲しくありません。

弟にはすごい才能があります。

1.周りを和ます天性の陽気さ

2.普通では気付かないことを気付かせてくれる力

3.無心

一つ目の才能は、簡単です。弟がいると不思議とけんかにならないんです。僕のお父さんとお母さんもけんかは一度もしたことがありません。昔は、弟のことで意見が食い違うこともあったそうです。それで、険悪な雰囲気になると、不思議とまだ赤ちゃんの弟が「あ〜あ〜」としゃべり、笑いかけていたそうです。その笑顔を見ると、心が和み、嫌なことが吹っ飛んだそうです。弟はいつも陽気です。いつも笑っています。こんな子、いますか? 弟がいることでかわいそうだと言ってくれる人がいます。でも、正反対なんです。僕は、ダウン症の子がいない家庭はかわいそうだと思います。和ましてくれる子がいないからです。そのくらいポジティブに考えています。弟がいて本当によかった。心からそう思います。

二つ目の才能も、不思議です。弟はカップラーメンが大好きなのですが、ものすごくきれいに食べます。スープの中から小さな麺を探し、残さず食べます。それはすなわち、食べ物を粗末にするなと言うことだと思います。食事は時間がかかります。僕の二倍はかかります。でも、一切残さない。熱いスープは飲めませんがそれ以外はすべて食べます。弟に食べ物の大切さを学びます。他にも当たり前のように付き合っている友達の大切さ。弟にも友達がいますが、少ないです。僕は当たり前のように多くの友達と遊んでいますが、その友達の大切さを弟から学びます。

三つ目の才能は、無心であることです。食事をするときも遊ぶときでも上手く言えませんが、とにかく無心なんです。一生懸命なんです。目の前のことに打ち込む姿勢、そんなことを学んでいます。弟は絵が不思議で上手いんです。放っておくといつまでも描いています。例えば、花のスケッチでも、実際の花とは少し違うけど、すごい筆圧で似たようなものを描ききります。芸術性の高い作品です。それは無心であることの表れだと思います。無心で無欲。こんな不思議な才能を持った子はそうはいないと思います。自慢の弟です。

どうか皆さん、あわれむことをやめてください。

そして、もっとダウン症というものを理解してください。

かわいそうではないんです。かわいいんです。皆さんに個性や才能があるようにダウン症の子にも個性や才能があります。そういうところに目を向けてみてください。思わぬ発見があるかもしれません。

僕は、将来ダウン症に関する仕事に就きたいと考えています。どういうことができるかわかりませんが、弟と暮らして感じたこと、気付かされたこと、そういうことを世間の人たちに知ってもらいたいと思っています。世間は冷たいと言われます。弟も冷たくされることがあります。でも、弟のことをよく知る人はみんな優しくしてくれます。みんな知らないだけなんです。知れば、きっと分かってくれると思うんです。そう信じて将来のために自分が今できることに無心で取り組みたいと思っています。

 

 

 

面会 和夫ママ

 

和夫は、幼い時に心臓の手術を受けました。

一時は命が危ぶまれるほどの状態。

でも無事退院できました。

当時離乳食を食べ始めたころだったので、退院後、久しぶりに離乳食を与えました。

りんごをすったデザート。

おいしそうにすべて平らげました。

その後、満面の笑み。

声を出して笑っていました。

大手術を乗り越えたわが子の強さに思わず涙を流してしまいました。

未婚のシングルマザーである私は、和夫を生んだ後、ダウン症であることを聞いていっそ心中しようかと思ったこともありました。

つらい中、その思いをふみとどませてくれたのは、和夫の父です。

「ダウン症やったらしいな。手術も必要なんやろ。これ、使っていいぞ。」

手渡されたのは、手術費用でした。

そのときも正直お金に困っていたときだったので、涙したのを覚えています。

そして、退院後、和夫の父が改まって我が家を訪ねてきました。

「結婚するか?」

そう切り出したのは、和夫の父でした。

シングルマザーを覚悟していた私は、その言葉に思わずこう返答しました。

「いいとも!」

嬉しさやほっとした気持ちの中で出た最大限のジョークです。泣きながら言いました。

今は親子三人、和夫を中心として仲良く暮らしています。

和夫はすぐに父と仲良くなりました。

聞けば、主人、和夫が入院していたとき、私がいないのを見計らって、毎日面会に行っていたそうです。

毎日毎日、和夫が寝ているときも起きているときも見守ってくれていたそうです。

看護師さんから後で聞いてまた涙してしまいました。

泣いてばかりでしたが、今は旦那を尻に敷いています。

これからも三人仲良くやっていこうと思っております。

 

 

 

一枚の写真 忠信の姉

 

弟が生まれた当時、私は13歳でした。

弟が生まれた日、お父さんと一緒に病院にいました。分娩室から聞こえた「おぎゃぁおぎゃぁ!」という生まれたばかりの弟、忠信の泣き声を聞いて、何だか感動して涙がこぼれてきました。生命の誕生、とても感動しました。

その二日後、お父さんがお医者さんに呼ばれました。私もついていきました。お医者さんは私がいることで少し戸惑い、躊躇していましたが、重い口を開きました。

「忠信くんは、ダウン症です」

後は覚えていません。涙があふれ出てきて何も覚えていません。保健の授業で習ったダウン症という障がい。まさか、自分の弟がそうだとは思いもよりませんでした。お父さんも泣いていました。二人であふれ出る涙を拭うことなく泣き続けました。

最後に先生が言いました。「お母さまには、一週間後くらいに告知される方が多いようです。早すぎても体に良くないし、遅すぎても心配になりますし・・・」

お父さんは、告知なんてできないと言いました。

そして、一週間が過ぎました。忠信は検査のため、他の病院へ行ったまま。お母さんは心配していました。「忠信はどこか悪いの?」お母さんが聞きました。お父さんは何も言えませんでした。「・・・忠信、検査してるみたい」そう私が切り出しました。「忠信・・・」また涙があふれてきてしまいました。お母さんの前で泣いてしまってはお母さんが傷つくと思い、必死に泣かないようにしましたが、涙があふれ出てくるんです。「忠信、ダウン症?」そう言い出したのは、お母さんでした。私は涙がぴたりと止まり、お母さんの顔をふと見ました。菩薩のように落ち着いた澄んだ眼をして私を見ていました。「・・・そう」とだけ私は答えました。その後、お父さんがフォローしてくれました。「辛い時間を過ごさせてしまったね。ごめんね。私は大丈夫。忠信が頑張っているんだから負けてられないわよ」そうお母さんは言いました。でも、言いながら、涙声になって最後には、三人ですすり泣きました。

その後、忠信が検査入院から帰ってきて、家族で記念写真を撮らせてもらいました。菩薩の微笑みを浮かべるお母さん、まだ泣いてるお父さん、色々考え事をしている私、純真無垢な忠信。それぞれの思いを胸に一枚の写真に納まりました。

そんな忠信は、生後すぐに合併症のため、手術をしました。生死のはざまというほどのこともないようですが、家族全員で心配しました。手術は無事成功。

それから5年が経ちました。忠信は、元気いっぱいの子供に成長しました。お母さんは相変わらず何が起きても余裕で対処しています。私は、お母さんを見て、将来こんな母親になりたいと思いました。お父さんは、相変わらず泣いているかと思いきや、忠信と野球のまね事をしたり、家の中でサッカーをしたり、忠信を溺愛しています。本当に幸せな日々です。

あの写真は、今でも家族全員が大切に持ち歩いています。忠信の健康を信じて。

 

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