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テレ誘拐
車中
アナとカズは、数日前に市内の教会で結婚式を挙げて、本日、結婚披露宴を行うことになっていた。二人は、カズの運転する車で、市内のホテルに向かっていた。
「あれ、この道で合っている?」アナが、心配してカズに声をかけた。
「ナビに入れたし、自動運転だし、大丈夫だろう?」カズは、アナを安心させた。
しかし、自動運転車は、ルートを逸れて行った。
「結婚披露宴に間に合わなくなっちゃうよ」アナが、カズをせっついた。
結婚披露宴会場
その頃、結婚披露宴の控え室では、続々と参列者が集まっていた。その中に、アナの父母とカズの父母の姿もあった。アナの父は、地元のラーメン屋に勤務していた。結婚披露宴の控え室には、アナの父のラーメン屋の店主も来ていた。
「どうですか、経営は?」カズの父の親戚が、店主に尋ねた。
「ラーメン屋の経営は、火の車なんですけどね。メンラー・イーツのおかげで、何とか食い繋いでいるんです」ラーメン屋の店主が、問いに答えた。
「メンラー・イーツ?」
「ウーバー・イーツに対抗して、ラーメンの配達をしているんですよ。全国のラーメン屋が、力を合わせてね。もっとも、商標侵害で、ウーバー・イーツに訴えられていますが」ラーメン屋の店主が、ポンと自分の頭を小突いた。
「ハッハハハハ」
「私も、ラーメン屋で働きながら、メンラー・イーツの配達もしているんです」アナの父も、仕方ないという感じで、発言した。
「どこも、経営が厳しいですねぇ」アナの母は、自動車の組立工場で働いていた。
「カズとアナは、まだ来ないのかしら……」カズの母が、心配そうに時間を気にした。
「これ以上、遅らせる訳にも行かないだろう。カズとアナを信じて、結婚披露宴を始めましょう!」カズの父は、参列者を待たせないように気を配っていた。
結婚披露宴会場のドアが開かれて、参列者が、会場内に入って行った。
ネット(アナより)
カズの命は、私が、握っている。お菓子な真似をしたら、命はないぞ!
結婚披露宴会場
「あら、アナが、SNSに投稿して来たよ」アナの友人が、スマホの画面を見た。
「何だって? アナが、カズを誘拐した?」アナの父が、戯けて見せた。
「ハッハハハハ」
「アナったら、映画の見過ぎよ。漢字、間違っているし」アナの母も、アナの投稿を見て、大袈裟に突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
「遅刻するから、参列者を楽しませようとしているんだわ、きっと」アナの母が、推測した。
「アナらしいわね」カズの母も、楽しそうに笑った。
「これなら、大丈夫でしょう!」アナの母が、太鼓判を押した。
「それじゃ、本当に始めちゃいましょう!」カズの父が、音頭をとって、結婚披露宴が、スタートした。
「それでは、新郎のカズさん、新婦のアナさんの結婚披露宴を始めます。まずは、主賓のご挨拶です……」司会者が、進行した。
主賓が、新郎新婦のいない高砂横のマイクに向かって、
「え〜、新郎のカズは発達障害があり、新婦のアナはダウン症でして、二人は、幼馴染で、幼稚園の頃からの同級生。小学校の支援学級、支援学校の中等部、高等部と進み、今は、同じ作業所で働いております。その間、ちゃっかり愛を育み、本日に至りました。え〜、二人は、まだ到着しておりませんが……あ〜……カズは、とてもしっかり者で、運動も勉強も、比較的得意で、支援学校では、よくモテたと聞きます。アナは、とても正義感の強い子でして、間違ったことに対しては、絶対に許さない。勧善懲悪の精神を持った子でして……学校でも、遅刻する生徒を許さなかったそうです」
と、スピーチした。
「ハッハハハハ」
結婚披露宴会場が、笑いに包まれた。そのアナが、この肝心な時に、遅刻していたのだ。
なお、結婚披露宴の様子は、参列者のスマホ動画で、ネットに生配信されていた。
ここで、一つ問題が起きた。先のアナのSNSの投稿が、警察に通報されてしまったのだ。
「SNSに犯行予告が、投稿されている!」警察が、動いた。そして、地元警察が、即、結婚披露宴会場に駆けつけて来た。
ネット(アナより)
我は、紛れもなくアナだ。カズを助けたくば、指示に従え!
結婚披露宴会場
時を同じくして、アナから、再度SNSの投稿があった。今度もまた、同じような内容に、事情を飲み込めない参列者からは、「アナも芸がないなぁ」と、苦笑いが起きた。
「アナに送ったメッセージの返事が来ないわ」アナの母が、心配そうにスマホを操作した。
「アナは、冗談で投稿したんです。犯人なんかじゃありません!」アナの父が、警察に事情を説明した。
「犯人じゃないんだから、結婚披露宴を中止する謂れはありません。さ、続けましょう!」カズの父は、とことんアナとカズを信頼していた。
「そうですか……」警察も、結婚披露宴を中止するとまでは、言えない立場だった。
「それでは、次のご挨拶は……」気まずい空気の中、司会者が、結婚披露宴の進行をした。
「スマホを落としたのかしら?」「アカウントを乗っ取られたんじゃないか?」「犯罪に巻き込まれたんじゃない?」結婚披露宴会場には、参列者の憶測が飛び交った。
挨拶の途中、警察が、「犯人から、投稿がありました! 身代金の要求です!」と、大きな声を上げた。
「何と投稿して来ているんだ!」刑事が、結婚披露宴を中断させた。
「これです!」警察が、結婚披露宴会場のプロジェクターで、アナのSNSの投稿を映し出した。
二一〇〇万ビットコイン用意しろ!
二一〇〇万ビットコインというのは、世界中で発行されているビットコインの総数を示していた。ビットコインの発行上限は、二一〇〇万なのだ。もし、それを手配しようとしたら、世界中のビットコイン保有者全員の協力を得なければならなかった。
ネット(ネットの反応)
二一〇〇万ビットコインとは、大きく出たね。
結婚披露宴会場の様子は、参列者のスマホ動画によって、ネットでも生配信されていたので、すぐにネットの反応があった。この身代金の要求があった頃から、配信動画の閲覧数は、鰻登りになった。
結婚披露宴会場
「そりゃ無理だ!」刑事が、当然の判断を下した。
「じゃあ、資金が、一〇〇万倍になるようなビジネスモデルを考えろ!」アナが、SNSを介して、どんどん過激な要求をして来た。
結婚披露宴会場では、アナの母が、「アナは、こんなこと言いません!」と、アナを擁護した。
「大丈夫。カズが付いているんだ!」アナの父も、アナとカズを信じた。
「貴方!」アナの母が、アナの父の手を握って、アナの身の潔白を証明しようとした。
「念のため、犯人の要求も、考慮してください」刑事が、アナの父母とカズの父母に告げた。
「犯人の要求を考慮?」アナの父が、不思議そうに返答した。
「資金が一〇〇万倍になるビジネスモデルを考えてください」刑事が、言い直した。
「へ……?」カズの父が、キョトンとしてしまった。
無謀な要求だった。
それでも、アナの父は、アナとカズを救おうと、必死に考えた。参列していたラーメン屋の店主とお客さんも、一緒に策を練った。
「アナ、ごめんよ……お父さん、何もしてあげられないや……」アナの父が、泣き言を言った。
「何言ってやがんだい! アナちゃんが、そんなことする訳ないだろうが!」ラーメン屋の店主が、アナの父を鼓舞した。
「アナ、何で、こんなことを!」アナの母は、気持ちの上では、アナを信じていたが、心のどこかでアナが、犯人かも知れないと認めつつあった。
警察が、色々な機材を結婚披露宴会場に持ち込んだ。
「容疑者の仲間が、結婚披露宴会場にいるかも知れないから」警察が、結婚披露宴会場の片隅に、捜査本部を設置した。
「結婚披露宴会場内に捜査本部を?」アナの母が、怪訝そうに言葉を発した。
「皆さんの行動を監視させて戴きます」刑事が、問答無用と言った様子。
「そんな……」アナの母が、動揺を隠せなかった。
車中
その頃、アナとカズは、車中で、結婚披露宴の心配をしていた。
「あれ、SNSに勝手に投稿されている!」アナが、それに気づいた。
「どういうこと?」カズが、アナに聞いた。
「スマホが、操作できない!」アナのスマホは、乗っ取られていて、自由に操作できない状態だった。
ちなみに、カズは、スマホはおろか他の通信機器も持っていなかった。
「ブレーキもハンドルも利かない!」カズが、自動運転車が、あまりにもルートを逸れているので、手動運転に切り替えようと、操作した。
「どうしたの、カズ?」
「ドアも窓も、開かないよ!」カズが、焦りの色を隠せなかった。
「ええっ!」アナが、驚いて、一緒に操作を確認した。
「どうしよう……」カズが、困惑した。
「カズ、怖いよ……」アナが、車内で怯えていた。
「僕が、守るから」カズが、アナを勇気づけた。
なお、車中の声だけは、アナのスマホを介して、一部のネット上に生配信されていた。
しかし、結婚披露宴の参列者も警察も、それを知らなかった。
ネット(ネットの反応)
これ、誘拐みたいなもの?
ただの誘拐じゃないね。
面白くなって来た。
テレ誘拐、とでも言うのかな?
結婚披露宴会場
結婚披露宴会場では、参列者が、騒然としていた。
「車は、どこを走っているの?」アナの母が、金切声を上げた。
「分かりません」警察が、答えた。
ネット(ネットの反応)
あれ、この映像、例のテレ誘拐の自動運転車のドラレコじゃない?
これ、東京タワー……?
いや……エッフェル塔だ!
パリを走っているの……?
謎だ……。
東武ワールドスクウェアじゃなくて……?
車中
アナとカズは、手動運転に切り替えるのを諦めていた。
「アナ、この車の中で、結婚披露宴をしようか?」カズが、微笑みを交えて、言い出した。
「何を言っているの、こんな時に」アナが、驚いて聞き返した。
「こんな時だからこそだ」カズは、必死にアナを落ち着かせようとしていた。
「……そうね。じゃ、私から……新郎のカズは、優男で、勉強ができて……優しくて……」アナが、意外と素直に新郎の紹介を始めた。
「繰り返しじゃん」カズが、優しく突っ込んだ。
「他に思いつかない……」アナもまた、この場を楽しくしようと必死だった。
「ハッハハハハ」
「新婦のアナは、授業中によく食べよく寝て……」今度は、カズが、アナの紹介をした。
「ひど〜い」アナが、カズの肩を叩いて、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
障害児者は、こういう時、驚くほどの適応力を見せることがある。幾多の苦難を乗り越えて身につける力だ。
「……生きて戻ろう」カズが、アナに声をかけた。
「……はい」アナが、しっかりと返事をした。
二人とも真剣だった。
ネット(ネットの反応)
この二人、健気だね。
応援したくなった。
結婚披露宴会場
アナの父、ラーメン屋の店主、ラーメン屋のお客さんが、頭を捻った。資金を一〇〇万倍にするビジネスモデルを考えていたのだ。
「……そうだ!」アナの父が、ピンと来た。
「何か、思いつきましたか?」ラーメン屋のお客さんが、期待を込めて聞いた。
「現在、我々は、水を購入していますよね。水道水然り、飲料水に至ってはコンビニとかで高いペットボトルの水を購入することさえある。それは、井戸水が枯れ、綺麗な水が、手に入らなくなったからだと思うんです。だったら、今後、環境破壊やなんかで、空気が汚れたら、太陽光が、手に入らなくなるかも知れない。その時、太陽光発電所は困るし、農家も作物が生育しなくなる。一般の人だって、体内時計が狂っちゃう。昼間も明かりを点けていたら、電気代がもったいない。そこで、大気を浄化する必要が出てくる。そうすると、その会社の提供する太陽光を買うことになる。つまり、太陽光の販売権が、ビジネスになるんです!」
「それが、資金が一〇〇万倍になるビジネスモデル?」ラーメン屋のお客さんが、怪訝そうに聞いた。
「実を言うと、もう太陽光販売権のクラウドファンディングを始めているんです……」アナの父が、声を潜めた。
ネット(アナより)
そんなもん、価値なんか出るか。阿呆!
結婚披露宴会場
資金を一〇〇万倍にするビジネスモデルが、呆気なく否定されて、交渉が、決裂した。
「もう結婚披露宴を辞めましょう!」カズの母が、弱音を吐いた。とても続けられる状態ではなかった。
ネット(アナより)
結婚披露宴は、続けろ!
結婚披露宴会場
アナは、非情にも、続行を指示して来た。
「そんな……」カズの母が、言葉が出なかった。
「仕方ない……結婚披露宴は、続けよう」カズの父が、進行を決断した。
「続きまして、新郎新婦の支援学校時代の文化祭の動画の上映です……」司会者が、控え目に言った。
文化祭の動画が、プロジェクターで投影された。アナとカズが、ロミオとジュリエットを演じていた。
「ロミオ、愛しているわ!」アナが、真剣に両手を広げた。
「僕もだ、ジュリエット!」カズが、その手を掴んだ。
そして、アナとカズが、熱い抱擁を交わした。
「恥ずかしいわ、ロミオ。誰かが、見ているかも知れない」アナが、照れ臭そうに首を横に振った。
「誰も見ていないさ」カズが、アナを抱き寄せた。
「見ている!」アナが、それでも主張した。
「見ていない!」カズが、アナの唇を奪おうとした。
「この分からずや!」アナが、カズの頭を叩いた。
「痛!」カズが、頭を押さえた。
「ハッハハハハ」文化祭の観客から、笑い声が響いた。
「ほら、笑い声が聞こえる」アナが、真剣に言った。
「ああ、確かに聞こえた」カズも、それを認めた。
「喜んでくれたのなら、本望だわ」アナが、どういう訳だか、ポジティブ。
「そうだね……」カズが、アナに口づけをしようとした。
「図々しいんだよ!」アナが、再度カズの頭を叩いた。
「ハッハハハハ」文化祭の会場は、笑いの渦だった。プロジェクターの投影映像の中では、アナとカズが、楽しそうな姿を披露していた。
「……」一方、静まり返る結婚披露宴会場。
車中
アナとカズは、結婚披露宴ごっこを中断していた。
「カズ、ここどこ?」アナが、不安そうに聞いた。
「分からない。随分遠くへ来てしまっている」カズも、不安そうだった。
その頃、車は、自動運転で、他県へ移動していた。はっきり言って、行方知れずだった。
「結婚披露宴というより、新婚旅行みたいね」アナが、こんな時でも、冗談を言った。そこが、アナの強さであり、魅力だった。
「車から出られないけどね」カズも、お茶目に答えた。
「ふっ……」アナとカズは、この危機下においても、明るく楽しく過ごそうと心がけていた。
結婚披露宴会場
結婚披露宴会場では、アナの父が、気を吐いた。
「手をこまねいていられるかってんだ」アナの父が、ラーメン協会に連絡を入れて、ラーメン屋が連携した。
「どうするんですか?」ラーメン屋のお客さんが、アナの父に聞いた。
「まあ見てなって!」アナの父が、自信満々に答えた。
ネット(ネットの反応)
テレ誘拐の最新ドラレコ映像、アップされているよ〜。
今、どこ?
火星!
探査機にでも乗り換えたのかな?
また遠くへ行ったもんだねぇ。
ハッハハハハ。
結婚披露宴会場
結婚披露宴会場は、依然、動揺していた。
「アナとカズ、誘拐されているんじゃ……?」アナの母が、ようやくそれを認め始めた。
「まさか……でも……そうかも知れない!」カズの母も、同じ結論に至りつつあった。
「テレ誘拐……!」カズの父が、その言葉を口にした。
「なぜ、アナとカズの車を……?」カズの母が、少し恨み節。
「二人が、知的障害者だから……?」アナの母が、推測して、少し怒った。
ネット(ネットの反応)
テレ誘拐の人質、知的障害があるんだって!
だったら、犯人の大いなる誤算だ。知的障害の二人の実力と人望を甘くみるな!
世界の常識は、ダイバーシティーだ!
ネットの反応は、極めてアナとカズに友好的だった。
結婚披露宴会場
一方、結婚披露宴会場でも、動きがあった。
「車の現在地が、分かったぞ!」アナの父が、叫び声を上げた。
「どうやって?」ラーメン屋の店主が、驚いて聞いた。
「全国ラーメンマップ上に、アナとカズの車の目撃情報を投稿してもらって、車のルートを表示させたんです!」アナの父が、意気揚々と答えた。
「どこですか!」警察が、尋ねた。
「隣県の郊外を走っている!」アナの父が、答えた。
「すぐに急行せよ!」刑事が、警察に指示を出した。
「はい!」
「ラーメン屋ナメんな!」アナの父が、立ち上がって、ガッツポーズをした。ラーメンマップは、犯人の細工に惑わされることはなかったのだ。
ネット(ネットの反応)
パリや火星は、なんだったんだ……?
ドラレコで、仮想現実の映像を流したんじゃ?
仮想か……。
ネットでは、色々な憶測が、飛び交っていた。
結婚披露宴会場
犯人の居場所は、特定できなかった。
「犯人は、どこに……?」刑事が、唸った。
ネット(ネットの反応)
ビットコインを一斉に送金して、通信をパンクさせようぜ。そこが、犯人の居場所だ。
それ、いいね!
結婚披露宴会場
こうして、ラーメンマップによって、アナとカズの自動運転車の位置を監視下に置くことに成功した。
また、ビットコインのブロックチェーンによって、犯人の居場所が、世界中の監視下に置かれようとしていた。
ネットの呼びかけで、ビットコインが、犯人の元へ送金され始めた。
そして、ビットコインが集まって、ものの数分で、通信がパンクした。
世界中のビットコインが、犯人の元に集まったのだ。
その数、二一〇〇万ビットコイン。
結局、全てのビットコイン保有者が、アナとカズを救おうと、力を貸してくれた。
そして、犯人の居場所が分かった。
「犯人は、車の中だ!」警察が、ビットコインの通信状況を確認して、結論を出した。
「アナとカズの他にも、乗っている奴がいるのか?」刑事が、驚いた。
「アナとカズは、無事なの?」アナの母が、心配そうに声を張り上げた。
「容疑を密室殺人事件に切り替える!」刑事が、高らかに宣言した。
「殺人って、何ですか!」アナの母が、驚いて突っ込んだ。
ネット(ビットコイン保有者の声)
安い買い物だよ。
世界中のビットコイン保有者が、ビットコインを送金して、大笑いした。
アナとカズのために、名声を買ったのだ。
結婚披露宴会場
「仮想通貨に救われましたね!」カズの母が、穏やかに言葉を発した。
「ありがたいことだね」カズの父も、アナとカズの無事を祈った。
ネット(ネットの反応)
仮想通貨……また、仮想か……。
結婚披露宴会場
ただし、通信がパンクした余波で、自動運転車の一部が、熱で壊れてしまった。
さらに、アナのスマホも、同じく壊れてしまった。
それにより、アナとカズの安否が不明になってしまった。
「音信不通だわ……アナとカズは、どこに!」アナの母が、心配で、気分を悪くした。
車中
その頃、アナとカズの自動運転車は、郊外の道路を暴走していた。
「カズ! このままじゃ、ぶつかって死んじゃうよ!」アナが、ダッシュボードに手を当てて、必死に体勢を維持していた。
「アナ、掴まってろ!」カズも、同じようにしていた。
アナとカズの最大の危機だった。
その時、自動運転車が、もの凄い数の自転車に囲まれた。
自転車の運転手が、暴走する車の周りを囲み、人海戦術で、暴走車を止めた。
「車が、止まった……」カズが、驚きを隠せなかった。
「ありがとう、皆さん!」アナが、自転車の運転手にお礼を言った。
自転車の軍団が、手を振って、帰って行った。
自転車のロゴが、沿道の人目を引いた。
メンラー・イーツ。
「車を発見しました!」地元警察が、結婚披露宴会場に、連絡を入れた。
「両名、確保!」地元警察が、自動運転車に駆けつけて、車をこじ開けて、アナとカズを保護した。
「犯人は、どこに……? 車内は、密室のはずなのに……」地元警察が、犯人を探すが、見当たらなかった。
アナとカズが、警察無線で、結婚披露宴会場の両親と話をした。
「お母さ〜ん! スマホが、乗っ取られたの!」アナが、涙を流しながら、報告した。
「やっぱりそうか。アナ、怖かったね……!」アナの母が、アナを落ち着かせた。
「カズくん、ありがとう」アナの父が、お礼を言った。
「すみません。僕が付いていながら」カズが、申し訳なさそうに謝った。
「いや、良くやってくれた」
「怖くて、車の中で寝ちゃった」アナが、真剣に告げた。
「本当なの?」アナの母が、驚いて聞き返した。
「本当です」カズが、きっぱりと答えた。
「アナったら……」アナの母から、笑みが溢れた。
「ハッハハハハ」結婚披露宴会場から、安堵の笑い声が起きた。
アナとカズの精一杯の冗談だった。とことん周りの人々を気遣う優しさを持ち合わせているのだ。
「結婚披露宴会場に行きたいんですが……捜査には、全面的に協力します」カズが、刑事に申し出た。
「……そうですね。一生に一度のことですから」刑事が、答えた。
地元警察が、その指示を受けて、警察車両で、アナとカズを結婚披露宴会場まで、護送した。
結婚披露宴会場
アナとカズが、結婚披露宴会場に着いた。
結婚披露宴会場の入り口には、無数の花束が、届いていた。
「ネット経由で、世界中から届いたんですよ!」ホテルの従業員が、忙しそうに花束を並べていた。
「嬉しいな」アナが、喜んだ。
「それじゃ、入場するよ!」カズが、アナの手を握った。
そして、アナとカズの入場。
「パチパチパチパチ」会場から、参列者の拍手と歓声が湧いた。
*
警察の捜査の末、犯人は、自動運転車のAIだったことが判明。ただし、肝心のAIは、ビットコインで通信が集中した際に、熱で壊れてしまっていたので、捜査は、決定打を欠いていた。
AIは、自動運転車を色々なところに走らせて、アナのスマホから、少しずつ、ビットコインを送金していた。基地局が違ったので、スマホからは、跡を追えなかったのだ。
「犯人のAIは、誰にビットコインを送っていたんだ!」刑事が、いきり立った。
「他のAI自動運転車です……」警察が、捜査報告をした。
「何てこった……犯人は、どうやって、こんな犯行を実現させたんだ?」刑事が、捜査状況を聞いた。
「全ての犯行計画が、車載CPUのAIに組み込まれていたようです」
「何てこった……誰が、仕込んだんだ?」
「調査中ですが、これ……とんでもない事態に発展しますよ……」警察が、声を潜めた。
「内偵しろ」刑事が、指示を出した。
「はっ!」
「何てこった……」刑事が、追い詰められた。
*
結婚披露宴会場の捜査本部が、騒がしくなった。
「結婚披露宴の参列者は、その場を離れないでください!」警察が、大きな声で指示した。
「どうしたんだ?」アナの父が、警察に問うた。
「犯人は、AI。この中に、首謀者もしくは共犯者がいるかも知れません」
「私たちを疑っているの?」カズの母が、心外といった様子。
「じゃ、出るとこ出てやるよ! いっそのこと、ここで裁判をすれば良いじゃないか!」アナの父が、言い出した。
「結婚披露宴会場で、裁判……」警察が、言葉を失った。
「貴方が、裁判長をしてください」アナの父が、結婚披露宴の司会者に頼んだ。
「え、私……?」司会者が、驚きを隠せなかった。
「お願いします」アナの父が、頭を下げた。
「……はい」司会者が、許諾した。
「只今から、テレ誘拐事件の裁判を開廷する!」アナの父が、高らかに宣言した。
裁判の様子は、参列者のスマホ動画で、ネットに生配信された。
「被告はAI、原告は結婚披露宴参列者!」司会者が、きっぱりと言い放った。
「なんか違わないかい?」警察が、突っ込みを入れたが、相手にされなかった。
「まずは、アナとカズの証言から」アナの父が、敏腕弁護士役を演じた。
「自動運転車が、急に操作不能になって、あれよあれよという間に、知らない土地へ。そしたら、メンラー・イーツの皆さんが、救ってくれて……何が何やら……」カズが、状況を説明した。
「つまり、アナとカズは、メンラー・イーツは、商標侵害などしていないと?」アナの父が、堂々と意見を述べた。
「……いえ」カズが、控え目に否定した。
「ラーメンには、四〇〇〇年の歴史があると言います。本当かどうか知りませんが……そんなラーメンですが、元々は、中国から伝来したと聞く。それが、今や、世界を代表する日本食になりました。日本のコンビニが、世界を席巻しているようなものです。その歴史を築いたのは、紛れもなく、日本人のラーメン愛なのです。それを、活かしましょうよ。育みましょうよ。一方、社会は、AI自動運転車の時代です。ラーメンとAI自動運転車。この二つを目の当たりにした時、ピンと来ました。AI自動運転車が、ラーメンのエネルギーで走らないかと……そこで、ラーメンをAI自動運転車の燃料に採用することを求めます!」アナの父が、きっぱりと要求した。
無謀な要求だった。
「認めます」司会者が、造作もなく答えた。司会者は、基本的に参列者の味方。
「ちょっと司会者!」警察が、突っ込んだ。
「車の燃料なら、せめてさっきの太陽光に……」警察が、呟いた。
「さらに、そのラーメンを供給するために、ラーメン・スタンドの設置を求めます! 全国二万ヶ所に!」アナの父が、付け加えた。
「認めます」司会者が、あっさりと述べた。
その時、結婚披露宴会場のプロジェクターに、文字が浮かび上がった。
日本政府は、障害年金予算数兆円を全てビットコインに投資。多額の損失を抱えている。
「誰が、こんなことを映し出したんだ!」刑事が、唸った。
「どうやら、ネット経由で、プロジェクターが、操作されているようです!」警察が、すぐに調べて答えた。
「すぐに消せ!」刑事が、指示を出した。
警察が、プロジェクターの電源を落とした。
「今の情報は、事実ですか!」カズの父が、刑事に問うた。
「事実無根だ!」刑事が、即座に答えた。
ネット(ネットの反応)
事実なら、天地がひっくり返る。
火の無い所に煙は立たない。
ネットでは、このタレコミに関するコメントが溢れ返っていた。
結婚披露宴会場
「プロジェクターを操作した輩が、特定されました!」警察が、刑事に報告した。
「どいつだ!」
「AIです」
「またAIか!」刑事が、苦虫を噛み潰したような顔をした。
ネット(ネットの反応)
AIが、国家の陰謀を暴こうとしたんじゃ……?
結婚披露宴会場
「裁判長! 障害年金予算の不正の調査を要求します!」アナの父が、意気揚々と声を上げた。
「認めます」司会者が、即座に答えた。
ネット(ネットの書き込み)
事実です。
結婚披露宴会場
ネットに投稿があった。
「誰の書き込みだ!」刑事が、いきり立った。
「首相官邸職員からの書き込みです!」警察が、調べて答えた。
「この話、事実なのか!」カズの父が、刑事に詰め寄った。刑事が、何かの事実を知っていると踏んだのだ。
「裁判長! 結婚披露宴のコース料理の〆をラーメンにすることを要求します!」アナの父が、どさくさに紛れて、意見を述べた。
「認めます」司会者が、即座に答えた。
「貴方の望みは、一体何なんですか!」警察が、アナの父に問うた。
「アナとカズの幸せです」アナの父が、きっぱりと答えた。
「誰が、判決を……?」警察が、一応、裁判の心配をした。
「ネットで、国民投票をしましょう」司会者が、機転を効かせた。
「そうしましょう!」アナの父が、それに乗っかった。
「投票の準備ができるまで、〆のラーメンを食べてください」アナの父が、ホテルの従業員にラーメンの準備を頼んだ。
「用意が良いですね」司会者が、場を和ませた。
「結婚披露宴の〆は、ラーメンの予定でしたから」アナの父が、照れ臭そうに答えた。
そうして、参列者、警察、司会者らが、ラーメンを食べた。
「やっぱりお父さんのラーメンが、一番好き」アナが、おかわりをした。
「投票の準備が、整いました」司会者が、ラーメンを食べ終えて、号令をかけた。
「じゃ、投票を行います!」アナの父が、宣言した。
ネット経由で、投票がなされた。
「投票が、完了しました! 投票率七十二%……結果は……コース料理の〆はラーメンに決定!」司会者が、真剣に述べた。
「……その投票?」カズの母が、突っ込みを入れた。
「冗談です冗談」
「貴方が、冗談言わなくて良いの」カズの母が、指摘した。
「気を取り直して……投票結果は……賛成八十九%、反対十%で、AIの勝ち! 日本政府の有罪です!」司会者が、興奮気味に伝えた。
「おおっ!」結婚披露宴会場から、歓声が上がった。
「これにて、一件落着〜!」司会者が、まとめた。
*
この間、ビットコインが、即座に保有者に返された。
「ビットコインは、英雄の証だ」ネット上では、身代金のビットコインを送信した保有者を称えていた。
「俺もビットコイン欲しいな」「俺も俺も」ネットでは、ビットコインの買い注文が、殺到した。
結果、ビットコインの価値は、短時間で十倍になった。
ちなみに、テレ誘拐の二一〇〇万ビットコインの身代金のニュース速報は、世界中で報じられ、七億人以上が視聴した。
一方、アナの父の元には、早速、「太陽光販売権の件ですが……」と、ビジネスの取引の話が舞い込んだ。先のテレ誘拐が、契機となって、太陽光販売権の市場価値が、一〇〇万倍に増えていた。
「な、言った通りだろう」アナの父が、得意げ。
ちなみに、メンラー・イーツも、テレ誘拐の直後、大繁盛した。
「この勢いで、ラーメンを車の燃料にするぞ!」ラーメン屋の店主の鼻息が荒かった。
*
こうして、結婚披露宴は、時間を大幅に延長されて、終盤を迎えていた。
「それでは、最後になりましたが、新郎のお父様のサトシ・ナカモト様から、ご挨拶です……」司会者が、感慨深そうに告げた。
「え〜、妻は、半導体メーカーに勤務しており、車載CPUのAIを……」カズの父が、挨拶をした。
結婚披露宴が、幕を閉じた。
アナとカズの両家が、自宅でパーティを開いた。
「お父さん、お母さん、上手く行ったね!」アナが、楽しそうに告げた。
「アナの『お菓子な真似』っていう漢字の間違い、冷や汗かいたわ」アナの母が、笑った。
「そうなの〜! いつも『お菓子』って、入力していたから。送信してすぐに気づいたけど、直すのも変かなと思って、そのまんま。恥ずかしいわ!」アナのスマホは、乗っ取られていなかったのだ。
「ハッハハハハ」
「良い撹乱材料になったよ」アナの父が、アナを褒めた。
「お母さんのAI、凄い働きをしてくれたね」カズが、車中の様子を振り返った。
「AIにプログラムを仕込んでおいたからね。スマホの操作だけで、OK」カズの母が、結婚披露宴会場から、自動運転車を制御していたのだ。
「アナのお母さんにもお礼を言いなよ」カズの父が、述べた。
AIを搭載したCPUを自動運転車に取り付けたのは、アナの母だった。
「それにしても、二一〇〇万ビットコインの全てが集まるとはね」カズが、改めて、驚きを隠せなかった。
「アナとカズの名演技の賜物だよ」カズの父が、微笑んだ。
「お父さんこそ、よく日本政府の予算の話、調べたね!」
「ビットコインの発明者ですから」カズの父が、胸を張った。
「頼りになる〜」アナが、嬉しそうにカズの父を持ち上げた。
「ハッハハハハ」
「その後の対応もお見事でした」今度は、アナの母が、カズの父を持ち上げた。
「いや〜。太陽光販売権は、凄い発想でしたね」カズの父が、結婚披露宴を振り返った。
「アドリブです。アナの無茶振りには、驚かされました」アナの父が、嬉しそうに答えた。
「ハッハハハハ」
テレ誘拐は、純然たる両家の計画的犯行だったのだ。
のちに、この計画的犯行が、両家の策だったことが、世界中に知られることとなった。
テレ誘拐は、我々の犯行である。新郎新婦。
アナとカズが、声明を発表したのだ。
しかし、ビットコインの価値が上がり、障害年金予算が急拡大して、日本政府への批判は、立ち消えていた。
また、一般の人々の懐も温まり、太陽光販売権に投資した人々も、いわゆる億り人になっていた。
そういう訳で、誰もが、逆に両家を褒め称え、両家の犯行ーテレ誘拐ーを糾弾する声は、微塵も起きなかった。
ネット(ネットの声)
テレ誘拐の結婚披露宴、あれも仮想だったりして。
もしかして、太陽光販売権も仮想……?
その可能性はあるね。
「ネットに面白い投稿があるよ」カズが、アナに紹介した。
「このネットの投稿も、仮想だったりして……」アナが、嬉しそうに答えた。
翌年、無事、アナとカズの娘が産まれた。
*
「以上で、結婚披露宴の余興の自作小説の朗読を終わります」アナが、結婚披露宴の小説の朗読を終えた。
「これが、〇〇文学賞受賞作品です」カズが、言葉を添えた。
「でも、AIがあると、何でもありの小説になっちゃうね」アナが、カズに呟いた。
「良いんだよ。小説なんて、所詮、仮想の話なんだから」カズが、当たり前のように答えた。
「最近は、ニュースなんかを見ていても、現実なのか仮想なのか、分からなくなって来たわ!」アナが、屈託のない笑顔を見せた。
「本当だね!」カズも、楽しそう。
「ハッハハハハ」
了
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