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かしん
プロローグ
曇天の昼、屈強な体のアナの父が、幼いアナとカズを連れて、〈辺境の村〉の山奥の険しい山道を歩んでいた。山奥には、十尺ほどの間隔で、樹齢数百年の木々が、生い茂っていた。地面には、短い草が生えていて、昨日降った雨のせいで、少しだけ湿っていた。道はぬかるんでいて、三人の足元は、泥まみれになっていた。
「こうしたところに、貴重な薬花(やっか)が、生えているんだよ」
アナの父が、アナとカズに、教えながら、数歩先を歩いていた。アナとカズは、小さな体で、必死にアナの父の後に付いて行った。
薬花とは、この地方に咲く花で、薬の成分を含んでいた。薬花には、色々な種類があり、調合することで、色々な病を治すことができた。薬花から薬を作り出す者は、薬花師(やっかし)と呼ばれた。アナの父も薬花師で、薬作りの名人だった。
三人は、さらに山道の脇の道なき道を進んで行った。
「アナ、大丈夫か?」
最後尾のカズが、優しくアナを気遣った。
「カズこそ遅れないでよね」
アナが、憎まれ口を叩いた。
「僕は、後ろから、アナを見守っているんだ!」
カズが、少しお冠。
「分かってるって」
アナが、カズをおちょくるように、にこやかに笑った。しかし、ゼエゼエと、苦しそうに息をしていた。
「これだ。この薬花が、心臓病によく効く薬になる」
アナの父が、木々の間に咲く薬花を指差した。
その時、雲の隙間から木漏れ日が差して、薬花が美しく照らされた。タンポポのように短く可憐で、赤い花びらが、薔薇のように幾重にも重なって、渦を巻いていた。薬花の脇には、辺境の村を流れる小川の源泉があって、薬花は、その澄んだ水を吸って、美しく咲いていた。
この薬花は、この山奥にほんの少ししか生えておらず、そこには、十本ほど群生しているのみだった。一見して、とても貴重なものであることが分かった。
アナとカズは、この薬花の生えているところを見るのは、初めてだった。
「うわぁ、綺麗! これを村で栽培できないの?」
アナが、感激しながら、アナの父に聞いた。
「残念ながら、この環境じゃないと、育たないんだ」
アナの父が、残念そうに答えた。
「幻の薬花も見つかると良いね」
「そうだね。父さんの夢だ」
この世界のどこかに、障害を治す幻の薬花があるという。
その時、三人のいるところから、二百尺ほどの木々の間から、
「ザザッ」
と、物音がした。大きな動物が、かすかに動いたような音だった。
「熊か?」
カズが、警戒したが、相手は、もっと好ましくない輩だった。
木陰に隠れた輩は、数人いた。
「隠れていなさい!」
アナの父が、とっさにアナとカズをかばった。
毒矢が、放たれたのだ。
毒矢は、アナの父の腕をかすめて、近くの木に突き刺さった。
輩は、三人と距離を保って、次々と毒矢を放った。
「小僧は狙うなよ」
輩の一人が、指示を出した。
「御意」
他の輩は、返事をして、アナの父とアナに向かって、毒矢を放った。
多勢に無勢だった。
この山奥で、〈毒矢の民〉の攻撃を受けることは、これまでなかった。アナの父は、完全に油断していた。
輩は、三人のすぐ側まで、近付いていた。
アナの父が、大木の裏にアナとカズの身を隠させて、
「大丈夫だ、命に代えても守る!」
と、刺し違えてでも、アナとカズを守る覚悟をした。
輩が迫って来た。
アナの父が、アナとカズをぎゅっと抱きしめた。
万事休すだった。
その時、輩の長のような人物が、
「引け〜引け〜」
と、指示を出して、輩は、逃げるようにして退却した。
アナの父が、後ろを振り返った。
ざっくざっくと、数頭の馬が、山道を進んで、三人の元に近付いた。馬上には、それぞれ防具を着けて、弓矢を持った兵士が、乗っていた。
「大丈夫ですか?」
兵士が、三人に声をかけた。〈王国〉の兵士だった。
「ありがとうございます」
アナの父が、丁寧にお礼を言った。
「無用な戦いは好みませんから」
王国の兵士が、答えて、安全を確認した後、去って行った。
「さあ、急いで薬花を採って、帰ろう」
アナの父、アナ、カズは、手早く薬花を採取して、辺境の村のアナの自宅に戻った。
「お父さん、大丈夫?」
アナが、アナの父の腕の傷を心配した。
「ああ、このくらいの傷なら、薬を塗れば、大丈夫」
アナの父が、腕の傷口に薬を塗り込んだ。
「良かった……」
アナが、ホッと一息ついた。
「さあ、早速、薬の作り方を伝授しよう」
アナの父が、アナとカズに声をかけた。
三人は、辺境の村の製薬場に行って、村の子供たちを交えて、薬作りに取り掛かった。
*
十九世紀。
文明は、それほど発達していない時代。
世界の片隅に、小さくはない島があった。周りを穏やかな海に囲まれ、古代から、外部との交流は少なく、独自の文化を築いていた。まるで、鎖国時代の日本のようだった。
その島には、数多の民族が、群雄割拠していた。その中に、〈王国〉、〈毒矢の民〉、〈辺境の村〉という三つの民族が、隣接して存在していた。
三つの民族は、今まさに、自国の領土を広げようと、野蛮な戦いを繰り広げていた。
王国は、領土が広く、国民も多くて、潤っていたが、この島全体を統治している訳ではなかった。
毒矢の民は、山奥に暮らしていて、毒に関する研究を重ねて、毒矢の攻撃に長けていた。
辺境の村は、小さな村で、アナとカズの家族たちが住んでいた。奇しくも、戦のせいで、辺境の村の村民の傷を治す薬の技術が、発達することとなった。辺境の村の薬花師は、山奥の薬花を採取したり、村で栽培したりして、薬を作製していた。
1
辺境の村は、島の中央付近にあった。山間の村で、緑豊かな大地を有し、自然の恵みに溢れていた。村の裏山には、木々が生い茂っていて、多くの薬花が、群生していた。裏山には、動物も多く生息していて、村民が、狩りをすることもあった。酪農もしていて、ほとんど、自給自足の生活だった。他国を攻めることは、考えておらず、争いを好まない民族だった。
村の中央には、会議などをする比較的大きな公会堂があり、その周りには、学校などの公共施設が、設けられていた。さらに、その周りには、村民の住居が、配置されていた。住居は、一言で言えば、木製の小屋だった。それほど大きくはなく、必要最低限の設備が、整えられていた。村の周りには、高さ六尺ほどの柵が設けられていた。狼などの襲撃に耐えるためのものだった。
村の端の一角には、大きな製薬場が建てられていた。製薬場は、比較的立派な建物で、入り口が大きく、玄関の脇には、薬の処方箋を入れる引き出しが、多く配置されていた。その奥には、待合室があって、薬を買い求める人で賑わった。さらに奥には、広間があって、村民の憩いの場になっていた。そして最奥部には、薬花から薬を作る製薬室があった。
村民は、全部で二百人ほどだった。老人が多かったが、障害児者の比率が、非常に高かった。障害児者は、合わせて、四十人ほどいた。障害児者は、この村では、偏見を受けることなく、自由に暮らしていた。とても、素晴らしい環境が、そこにあった。
「障害児者は、神様からの贈り物だから」
村民が、口々に言った。そうして、辺境の村では、障害児者をみんなで守った。障害児者を生かすため、薬学と医学が進歩して、障害児者は、長く生きられた。朝、村の入り口に、他国の障害児が、置かれていることも、少なくなかった。いわゆる捨て子だった。辺境の村の村民は、そんな障害児を寛大な心で、育て上げた。だから、障害のある村民の比率が、高かったのだ。
それゆえ、辺境の村は、別名〈障害の村〉と呼ばれていた。
*
村の障害児の中には、アナとカズがいた。アナとカズは、共に、十歳の同い年だった。幼馴染として、昔から一緒に過ごしていた。アナとカズは、辺境の村の村民とも、仲が良く、良好な関係を築いていた。
アナとカズが、学校の教室で、談笑していた。
「カズは、大きくなったら、何になるの?」
アナが、手鏡で前髪を整えながら、聞いた。
「医師になりたいね」
カズが、心を込めて答えた。
「どうして?」
アナが、意外そうに質問した。
「どうしてだろうねぇ」
カズが、アナから目を逸らして、含みを持たせた。
「分からないの?」
「まあね」
「変なの! ハッハハハハ」
「アナは、何になりたいんだい?」
「断然、薬花師。お父さんのような立派な人になりたい」
アナが、目を輝かせて、夢を語った。
「アナは、お父さんが好きなんだな」
「もちろんよ。頼りになるから」
「お互い、夢を叶えようよ」
「医師なんて、なれるの〜?」
「なって見せるさ」
カズが、真剣に答えた。
アナの父は、薬花師であり、辺境の村の村長でもあった。もう十年以上も、村長として、村をまとめ上げていた。村民からの信頼も厚い素晴らしい村長だった。
アナとアナの父は、アナが幼い頃から、裏山に薬花を採りに行っていた。
「どうして、薬花は、傷を癒すことができるの?」
アナが、アナの父に質問した。
「心を込めるからだよ」
「はぁ、心?」
「ハッハハハハ。まだ分からないかも知れない。病というのは、心で治すものなんだよ。奇跡を信じた時、奇跡は起こる」
「そんなものかな〜」
「確信なんてない。ただ奇跡を信じるだけ」
「頼れる〜」
「ハッハハハハ」
アナとアナの父は、村の裏山で薬花を採取して、村の製薬場で、薬を作り出して、村民の助けになっていた。アナの父の作る薬は、村の障害児者にも提供されていた。障害児者は、その薬を飲んで、症状を緩和されていた。だから、村の障害児者は、アナの父を心から敬っていた。まるで、神を崇めるようだった。
アナとカズも、その薬を飲んでいた。
アナの父は、昔から、アナのために、心臓の薬を作り続けていて、アナは、幼い頃から、その心臓の薬を飲み続けていた。
ある日、アナの父が、
「アナ、体が大きくなったから、心臓の薬を変えなさい」
と、アナに新しい薬を差し出した。
「はい」
アナが、アナの父から、その薬を受け取った。茶褐色の粉末状の薬は、量が、二倍ほどになっていた。
「いっぱいあるな〜」
「文句を言わない」
「苦〜い」
アナが、新しい薬を飲んで、悲鳴を上げた。
「ハッハハハハ」
「良薬口に苦しだよ」
アナの父が、アナを諭した。
「大人になったら、とびっきり美味しい薬を作り出すわ。そして、子供たちに、『三度の飯より薬が好き』って、言わせてみせる!」
アナが、お茶目に対抗した。
「その意気だ」
「ハッハハハハ」
アナとカズは、幼い頃から、アナの父に薬の作り方を学んでいた。
「同じ薬花からでも、色々なタイプの薬が、作れるんですね」
カズが、驚いたようにアナの父に言った。
「ああ、薬の世界は、千差万別さ。人の病も、色々あるからね。これは、心臓の薬の処方箋だよ。自分で作れるようになりなさい」
アナの父が、アナに心臓の薬の処方箋を渡した。
「はい」
以来、アナは、本格的に薬作りを学び始めた。アナは、アナの父の指導を受けて、熱心に薬作りに励んだ。自身も、障害児なので、特に障害児用の薬作りに没頭した。そうして、アナは、アナの父に近付いて行った。
アナの父が、村の子供たちを集めて、製薬場の広間で薬花教室を開いていた。
アナとカズも、この薬花教室の生徒であり、アナの父の補佐のようなこともしていた。
アナの父が、子供たちに、薬の処方箋を用いて、薬花の採り方や、薬の作り方を教えてくれた。子供たちは、真剣な顔をして、必死に学んだ。事実、薬花教室は、とても貴重な体験の場だった。
「お母さんが、薬作りをマスターすれば、村長のような神様になれるって言っていましたよ」
子供が、アナの父に声をかけた。
「神様か……光栄だね」
「ハッハハハハ」
アナの父が、実際に、子供たちを連れて、裏山に薬花を採りに行くこともあった。そして、村に戻って来て、製薬場で、薬花から薬を作る作業を教えた。
「上手くできない……」
子供たちは、なかなか上手く行かず、悪戦苦闘していた。
「焦る必要はないよ。地道にコツコツと」
アナの父は、その様子を優しく見守っていた。
アナが、子供たちを村の畑に案内して、
「風邪薬に使う薬花は、ここで栽培しているのよ」
と、説明した。
「どうして、この薬花を?」
「風邪薬は、重宝されているからね。風邪は万病の元って言うから」
「そうなんだ〜」
事実、風邪薬などのよく使う薬の薬花は、村の畑で、栽培していた。村の畑は、それほど広くないし、肥料も、良いものを使えないので、わずかな薬花しか育てられなかった。それでも、村民にとっては、貴重な畑だった。アナの父とアナが、畑の薬花を丁寧に育てていた。
「薬花栽培も、楽しいんだ〜」
アナが、嬉しそうに畑の手入れをしていた。
「手伝うよ」
薬花教室の子供たちが、協力して、手入れをしてくれた。
薬花栽培と製薬は、村の子供たちの生活の一部になっていた。だから、村の薬は、長きに亘り受け継がれて、完成度を高めて行った。
ある日の朝、薬花教室に通う健常児が、病に伏せたという一報が入った。その健常児は、すぐに村の病院に運ばれ、病院の医師とアナの父が、看病に当たった。アナとカズも、心配そうに見守った。
「危険を冒してまで、手術をする必要もないだろう」
医師が、診察を終えた。
この時代、時には、開胸・開腹をして、外科手術を施すこともあったが、危険な賭けだった。
「薬で対処しよう」
アナの父が、呟いた。
「製薬場にあれば、取って来るよ」
アナが、アナの父に言った。
「製薬場にはない薬だ。薬花を採りに行かねば」
「私が行く」
「大丈夫か?」
「僕も、一緒に行きます」
カズが、頼り甲斐のあるところを見せた。
「それじゃ、頼んだ」
アナの父が、薬の処方箋をアナに手渡した。
「さ、行こうか」
カズが、アナに声をかけた。
アナとカズが、裏山に薬花を採りに行った。
「無理するなよ」
カズが、アナに声をかけた。
「障害児なんだから、無理しないと、追いつけないから」
実際、障害児は、健常児に負けまいと、人一倍の努力をしていた。
「それは、そうだけど……」
カズは、アナの心臓を心配していた。この状況で、心臓発作を起こしたら、命に関わる。
「あった!」
アナが、声を上げた。
薬花は、裏山の斜面に生えていた。
「気をつけろよ」
カズが、アナの手を握って、支えた。
「もう少し……よし、採れた!」
アナとカズが、協力し合って、なんとか手に入れた。
アナとカズが、村に戻り、薬の処方箋を参考に、薬を作った。そして、アナの父の元に持って行った。
「自分たちで、作ったのか?」
アナの父が、薬を受け取って、驚いて、アナに聞いた。
「大丈夫だと思う」
「信じているよ」
アナの父が、健常児に薬を与えた。
ほどなくして、健常児が、快方に向かった。
「ありがとう、先生」
健常児が、アナの父にお礼を言った。
「アナとカズのおかげだよ」
「そうなんですか……ありがとう、アナ、カズ」
「良いって良いって」
アナとカズが、柄にもなく、照れ臭そうに笑った。
こうして、アナとカズは、健気に一生懸命に健常児に接することで、信頼を勝ち得ることに成功していた。
ある日、アナの父が、
「さあ、町に行って、薬を売ろう」
と、アナとカズを連れて、町に向かった。
アナの父は、月に二度くらい、村から一番近い町に、薬を売りに行っていた。それは、村の重要な収入源だった。その町は、歩いて一時間半ほどのところにあり、かなりの体力が必要だった。
「うわぁ、行ってみたかったんだー」
アナが、喜んだ。
それから、アナとカズは、文句も言わず、アナの父の後に付いて行った。
町に着くと、町民が、アナの父の元に駆け寄って来た。
「ああ、来てくれた。薬が、残り少なくなると、不安で不安で」
町民は、アナの父の薬を待ち望んでいた。
「大丈夫。薬が切れる前に、必ず来ますから」
アナの父が、頼り甲斐のあることを言った。
「お父さん、みんなに必要とされているのね」
「ああ、患者さんへの気持ちが、伝わるんだろうね。真心込めて、薬を作った成果だよ」
「凄いわ」
アナが、感激していた。持って行った薬は、完売した。アナの父が、そのお金で、薬を作る時に使う道具を買った。
「これを食べなさい」
アナの父が、アナとカズに、一つずつ飴玉を買ってくれた。
「良いの? 村のお金でしょ?」
アナが、アナの父に聞いた。
「飴も、立派な栄養源だよ。薬みたいなものだ」
「そっか、そういう考えもあるのね」
アナとカズは、嬉しそうに飴玉を舐めた。
アナとカズは、アナの父から、多くの体に良い薬の作り方を学んでいた。アナとカズは、素直に、アナの父の教えを請うた。
*
村には、学校が、一つだけあった。学校といっても、比較的大きな公共の建物の広間を使って、授業をしていた。広間の壁には、一応、黒板があり、学校の先生が、板書しながら、授業を進めていた。
六歳から十五歳までの子供たちが、広間に机を並べて、勉強をしていた。学校の先生が、上級生に勉強を教えて、その上級生が、下級生に勉強を教えていた。学校では、健常児も障害児も、分け隔てなく、一緒に学んでいた。障害児と健常児は、助け合って、生活していた。貧しい村だったが、こうした共生社会の実現には、絶対の自信があった。それほど、障害に理解があり、意識が高かった。
アナとカズも、この学校に通っていた。二人は、十歳だったので、下級生も上級生も、両方いた。アナとカズは、上級生から勉強を教えてもらい、下級生に伝えた。
「分かった、アナ?」
上級生が、アナに勉強を教えた。
「ごめんなさい、分かりません」
「良いよ、何度でも教えるから」
アナとカズは、障害児だったが、上級生は、差別することなく、理解するまで、熱心に勉強を教えてくれた。アナとカズは、その恩返しのように、下級生に勉強を教えた。下級生は、一生懸命に教えを請うた。とても、素直で、勉強熱心な生徒たちだった。
障害児は、アナとカズを含めて、健常児の信頼を一身に浴びていた。障害児は、それに応えようと、必死に学んだ。障害児は、知的障害があることが多く、正直、勉強は、難しかった。それでも、学校が楽しくて、熱心に勉強をしていた。
「下級生に教えるのが、生き甲斐なの」
アナが、嬉しそうに言った。
「そうだね、頼られるのは、良い気分だね」
カズも、賛同した。
こうして、障害児は、社会の中で、役割を与えることで、成長した。元来、素直で健気で一生懸命なので、真摯に多くを身に付けた。それが、障害児を育てる最善の方法だった。障害児は、上手く育てれば、社会にとって、とても有益な存在になった。
アナは、知的障害があって、勉強が苦手だった。カズも、軽度の知的障害があって、勉強がそれほど得意ではなかった。アナは、一桁の足し算は、理解できたが、掛け算は、全く分からなかった。カズは、一桁の掛け算は、得意だった。だから、アナとカズは、切磋琢磨して、勉強に励んだ。
「掛け算、教えてあげるよ」
生徒たちが、アナとカズに気軽に声をかけてくれた。アナとカズは、上級生や、時には下級生に勉強を教えてもらっていた。
「ありがとうございます」
アナが、お礼を述べた。
「素直だから、教え甲斐があるわ」
上級生が、アナとカズに勉強を教えながら、しみじみと告げた。
「嬉しいわ」
アナが、喜んだ。
「すみません、覚えが悪くて」
カズが、上級生に謝った。
「何言ってるの。出来ないから勉強するんじゃない。それに、アナとカズに教えるのは、楽しいのよ」
「でしょう?」
アナが、お茶目に言った。
「ハッハハハハ」
学校の昼食は、給食のように、生徒同士が、取り分けて、器に入れて行った。各自、その器をトレイに乗せて、席に運んだ。
ある日、アナが、トレイをひっくり返してしまって、食事が、床の上に散乱してしまった。
「ああ、アナ。大丈夫か?」
カズが、アナの心配してくれた。アナとカズが、こぼした食事を片し始めた。
「手伝うよ」
健常児も、アナとカズの手伝いをしてくれた。
「ありがとう」
アナが、お礼を述べた。
「良いって。アナのためなら、何のその」
「ハッハハハハ」
「このパンあげる」
健常児が、アナにパンを分けてくれた。
「スープをあげるよ」
別の健常児も、アナにお裾分けしてくれた。
「ありがとう、みんな」
アナが、満面の笑みで、みんなからもらった食事を食べた。トレイの上は、山盛りだった。
アナは、いつも健気で一生懸命なので、健常児は、いつも、アナの手助けをしてくれた。アナとカズは、それが、とても嬉しかった。事実、健常児は、障害児と接することで、充実感を得ていた。そうしたほっこりした気持ちにさせてくれるのが、障害児の真骨頂だった。障害児は、周りを成長させるのだ。
学校では、全校生徒が、よく駆けっこをした。アナは、Xの病で、心臓病の合併症があったので、運動が、苦手だった。
「アナ、無理するなよ!」
カズが、よく、アナに忠告していた。カズは、アナの心臓の状態を知っていたので、気が気ではなかった。
「大丈夫大丈夫〜!」
アナが、元気に駆け回った。
アナは、人の忠告を聞かないことが多々あった。元気があるのは、良いのだが、周りの人々は、心配していた。一方、アナは、元気に振る舞うことで、周りの人々を安心させたかったようだ。アナは、どこまでも、いじらしく、健気だった。
「だから、無理をするな!」
カズも、アナを追いかけるように、走り回った。
アナとカズは、とても、仲が良くお互いを高め合う仲だった。
学校には、多くの健常児も、通っていた。健常児は、アナとカズの障害のことを知っていたので、時には助け、時には鼓舞してくれた。障害があるからといって、甘やかすのではなく、同じ生徒として、尊厳を持って、接してくれた。アナとカズは、その対応が、この上もなく、心地良かった。それは、共生というに相応しかった。
学校では、定期的に運動会が開催されていた。生徒数は、それほど多くはないが、父兄なども観戦に来て、毎回、盛り上がっていた。広場でできる競技が多かったが、村の外を走るマラソンもあった。
アナとカズが、二人三脚に出場した。
「アナ、遅いぞ! もっと足動かせ!」
カズが、アナに声をかけた。
「だって、紐で縛ってあるんだもん」
「そういう競技なんだよ」
カズが、アナに突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
観戦していた父兄が、大きく笑った。
アナは、Xの病ということもあり、比較的背が低く、少しメタボだった。だから、運動は、大の苦手だった。一方、カズは、Yの病で、ひょろっと痩せていて、背が高く、運動は、得意だった。
アナとカズは、途中で転んで、ダントツのビリでゴールした。
「あ〜、楽しかった」
アナが、感想を述べた。
「少しは、悔しがれよ」
「参加することに意義がある」
「全く」
「ハッハハハハ」
アナの高笑いが、響き渡った。
「アナ、大丈夫だったか。足?」
「あ、うん。血が出ているわ」
アナが、途中で転んだので、膝から出血していた。
「薬もらって来るよ」
カズが、親切に製薬場へ駆けて行った。
しばらくして、カズが、薬をもらって来て、アナの膝に塗ってくれた。
「染みる〜!」
アナが、大きな声を出した。
「我慢しろ!」
カズが、丹念に薬を塗った。
毎回こんな感じで、和気藹々と運動会を行なっていた。アナは、成果は出なかったが、楽しく時を過ごしていた。カズも、そんなアナを見て、満足していた。
年に一度、辺境の村では、障害児者を敬う日として、障害児者の催しが、開催されていた。今年は、障害児者が、村の広場のステージの上で、舞踏を披露した。全ての村民が、その舞踏を見るため、ステージの前に集まった。催しでは、アナとカズを始め、障害児者が、神の子として、崇められた。
「なんだか、恥ずかしいね」
アナが、照れ臭そうに微笑んだ。
「確かに」
カズも、答えた。
アナの母とカズの母が、並んで二人の様子を見守っていた。
「本当に素晴らしい村だわ」
アナの母が、喜んでいた。
「そうね、生まれて来てくれて、ありがとう。カズ」
カズの母も、嬉しそうに目を細めた。
舞踏が、無事終わった。
村民は、障害児者の勇姿を見ることができて、大満足だった。こうして、障害児者のお披露目をすることで、村民の理解を引き出すことができていた。
「アナに居場所を作ってあげたい」
実は、この催し、アナの父が、始めたものだった。本当に素晴らしい父であり、村長だった。
アナも、一生懸命舞うことで、アナの父母に報いていた。障害児者は、音楽に合わせて踊るのが、比較的、得意だった。その一生懸命踊る姿を見て、健常児者は、心を打たれるのだ。それは、障害児者と健常児者が、理解し合い、共に高め合う原動力になっていた。障害児者も、大いに社会に貢献できるのだ。
ある日の夜、アナとアナの父が、自宅の寝室で寝転がりながら話をしていた。
「お父さんは、障害児者のこと、どう思っている?」
「宝だと思っているよ」
「宝?」
アナが、意外そうに聞き返した。
「裏山には、薬花がある。薬になって、病人を助けるよね」
「うん」
「だから、薬花は、宝なんだ。障害児者だって同じ。この村には、多くの障害児者がいる。その障害児者は、健気に一生懸命に生きることで、健常児者の模範になっている」
「健常児者の模範?」
「ああ、障害児者がいるから、健常児者は、輝けるんだ。僕は、そう信じている」
「なんか嬉しいわ」
「ハッハハハハ」
事実、障害児者を助ける中で、健常児者の心が、とても健やかで優しくなれた。それこそが、障害児者の最大の魅力だった。古くから、障害児者を大切にする辺境の村ならではの強みだった。
2
ある日の午後、アナとカズが、まだ五歳の頃、辺境の村の広場で幼馴染と遊んでいた。この日は、七人くらいの子供たちが、砂遊びをしていた。みんな砂まみれで、元気良くはしゃいでいた。
「アナは、障害があるの?」
アナの幼馴染が、アナに聞いた。一緒に遊んでいた子供たちの空気が、少しだけ張り詰めた。
「……うん。そうなんだ……Xの病っていうの」
アナが、控えめに答えた。
「気にしなくて良い?」
アナの幼馴染が、不思議なことを言った。
「?」
アナが、幼馴染の言葉を心の中で反芻して、短い間が空いた。
「ハッハハハハ」
子供たちの笑いが起きた。率先して笑ったのは、アナとカズだった。
「その通り。気にしなくて良いよ」
アナが、嬉しそうに答えた。
「良かった」
「ハッハハハハ」
「素晴らしい友だわ」
アナが、ホッとして、目に涙を浮かべた。辺境の村の子供たちは、本当に素晴らしい考えの持ち主だった。障害に対する偏見というものがないのだ。
「カズも、Yの病という障害があるんだ」
アナが、幼馴染に告げた。
「し、知らなかった」
「最近、分かったんだ」
カズが、控えめに言った。
「じゃ、アナと一緒だね。良いじゃん、仲間がいて」
幼馴染が、ポジティブな意見を述べた。
「そ、そうだね」
カズが、思わず、微笑んだ。
「辛気臭いぞ。笑って行こう!」
アナが、場を和ませた。
「ハッハハハハ」
辺境の村に笑い声が、響いた。辺境の村には、アナとカズの他にも、多くの障害児者が暮らしていた。その全ての障害児者が、村の子供たちに勇気付けられた。そこには、健常も障害もなかった。それが、辺境の村。
*
十年前の夕刻。
妻が、辺境の村の自宅で、夫の帰りを今か今かと待っていた。夫は、裏山へ薬花を採りに行っていた。
遠くから、かすかな足音が聞こえた。
「帰って来たわ!」
妻が、思わず声を上げた。
自宅のドアが開いた。
「ただいま」
夫が、自宅に帰って来た。
「貴方……お話があります」
妻が、伏し目がちに呟いた。
「どうしたんだい、柄にもなく控え目に」
「……赤ちゃんができました!」
妻が、頬を赤らめながら、夫にご懐妊の報告をした。妻は、四十代の時に、やっとのことで、赤ちゃんを宿した。
「ほ、本当か!」
「はい。ようやく授かりました!」
夫妻は、抱き合って、大喜びした。
妻は、定期的に、村の病院で、検査を受けていた。医師が、妻の腹部を触診したり、健康状態を確認したりしていた。
夫妻が、自宅で、くつろいでいた。
夫が、妻のお腹に手を当てて、
「また動いた!」
と、嬉しそうに笑った。
夫妻は、毎日、お腹に手を当てて、赤ちゃんが、動くのを楽しみにしていた。赤ちゃんは、極めて、順調に成長してくれていた。
数ヶ月後、夫妻が、いつものように自宅で朝食を食べていた。
「貴方……苦しい……」
妻の陣痛が、来た。
「大丈夫か!」
夫が、妻を抱きかかえて、村の病院に急いだ。病院に着くと、医師と産婆が、妻を分娩室に連れて行き、妻を分娩台に乗せた。夫が、分娩室の外の廊下で待った。夫は、期待と不安で、ただひたすらに廊下に立ちすくんでいた。
妻が、数時間、息んだ。
「オギャーオギャー」
赤ちゃんが、産まれた。妻が、安堵の表情を浮かべた。
「やったぞ!」
夫が、廊下で、飛び上がって喜んだ。
「あら、この子……」
産婆が、赤ちゃんの異変に気付いた。医師が、すぐに赤ちゃんを検査室に連れて行った。
「抱けないの……?」
妻が、不安そうに聞いた。
「ちょっと検査をしていますのでね〜」
産婆が、優しく声をかけた。
夫妻は、しばらく、赤ちゃんを抱かせてもらえなかった。
数日後、夫妻が、医師の診察室に呼ばれた。夫妻は、なんとなく不安な気持ちになっていた。
「赤ちゃんは、Xの病ですね」
医師が、夫妻に、申し訳なさそうに告げた。
「Xの病か……」
夫が、覚悟を決めたように呟いて、妻の肩を抱いた。
辺境の村は、多くの障害児者を診察したことで、障害のことも、つぶさに分かる体制が敷かれていた。そのため、かなりの確度で、障害の程度を把握することができた。Xの病は、およそ千人に一人の確率で生まれること。高齢出産の場合、その確率が、著しく上昇すること。程度の差こそあれ、知的障害があること。夫妻も、それを知らない訳ではなかった。
「合併症は?」
妻が、傷心の中、気丈に聞いた。
「心臓の具合が、良くないようです。将来、心臓発作を起こすことがあるかも知れません」
「そうですか……」
夫妻は、多少なりとも、肩を落とし、診察室を出た。
「赤ちゃん、抱きますか?」
産婆が、優しく声をかけた。
「抱けるんですか?」
妻が、すがるように聞いた。
「はい」
夫妻が、初めて、赤ちゃんを抱けた。
「可愛いわ」
「ああ、立派に育てよう」
アナと名付けられた。
この辺境の村では、障害児の誕生は、珍しいことではなかった。医学が、充実していたので、障害児でも、無事誕生し、生き延びることができた。アナの父母は、アナの障害を嘆いたが、すぐに、前向きになれた。それは、辺境の村ならではだった。障害児には、手厚い保護が、確約されていた。
*
カズは、五歳だった。まだ、村の学校に通う前で、村の広場で、幼馴染と一緒に無邪気に遊んでいた。カズは、広場の草をむしり、すりつぶして、薬を作るようなままごとをしていた。実際に、その草を食べてしまうので、よくカズの母が、注意していた。
「カズは、本当に活発な子だな」
カズの友達が、口を揃えて言った。
ただし、カズは、時折、コミュニケーションに難があり、みんなで座って何かをしている時に、ふらふらと立って、徘徊してしまうことがあった。
ある日、村の医師が、カズの母に、
「カズくん、検査を受けさせてみたら、如何でしょうか?」
と、進言した。
「なんの検査ですか?」
カズの母が、怪訝そうに聞いた。
「……Yの病です」
「Yの病……?」
カズの母は、医師に勧められたので、困惑しながらも、カズを連れて病院で検査をした。
後日、カズの母が、医師の診察室に呼ばれた。
「やはり、Yの病ですね。軽度の知的障害もありました」
事実、Yの病の子は、知的障害を持っていることが、多かった。
「は?」
「カズくんは、障害児です」
「そんな……」
カズの母が、自宅に戻り、夕食の支度をして、食堂の椅子に座り、放心状態になった。如何に障害に寛大とはいえ、多少なりとも動揺して、悲しみに暮れた。
夕方、カズの母が、帰宅したカズの父に、
「貴方、カズが、Yの病でした」
と、報告した。
「良いじゃないか。大切に育てよう。ここは、辺境の村なんだ。障害になんて負けてられるか」
「そうなの?」
「ああ」
「……ありがとう」
カズの母が、ホッとして、少し涙を流した。カズの父が、カズの母の肩をそっと抱いた。カズの父の手は少しだけ震えていた。その傍で、カズは、無邪気に遊んでいた。
*
アナが、村の学校に通い始める前、アナの父母が、アナと一緒に自宅にいた。ちょうど夕食を済ませたところだった。
「アナ、ちょっと来なさい。話がある」
アナの父が、意を決して、アナを食堂の椅子に座らせた。
アナの母も、一緒に座った。
「なあに?」
アナが、怪訝そうに聞いた。
「アナには、障害がある」
アナの父が、単刀直入に切り出した。
「そうなの?」
「Xの病だよ」
「Xの病か〜」
アナが、驚くわけでもなく、平然としていた。
「少しは傷付くと思ったけど……」
「どうして? 私だけじゃないでしょ」
アナは、幼い頃から村の障害児者と接し、障害に関して、ある意味、達観していた。
「アナは、強い子ね」
アナの母が、喜んだ。
「私は、大丈夫だから」
アナが、気丈に、アナの父母を勇気付けた。
しかし、その夜、アナの泣き声が、収まることはなかった。ずっとずっと泣き続けた。アナの父母も、アナの泣き声を聞いて、涙を流した。辛い告知になった。告知は、障害児者の誰もが、経験する辛さだった。他の子とは違う。それを突きつけられる局面だった。アナの場合は、村の障害児者が、救いになった。そうして、幼い頃から、障害児者に接していると、障害に寛大になれる。それは、とても重要で、有意義なことだった。
カズの父母も、カズが村の学校に通い始める前、カズを自宅の食堂に呼んだ。
「どうしたんだい、改まって?」
カズが、警戒した。
「カズは、Yの病で、軽度の知的障害があるんだ」
カズの父が、穏やかに告げた。
「そうか……」
「すまないね。健康に産んであげられなくて」
カズの母が、申し訳なさそうに呟いた。
「何言ってんだい。僕は、そんなことで、メゲる弱虫じゃないよ。辺境の村の村民なんだ。負けてられないよ」
「ありがとう、カズ」
カズの母が、目に涙をいっぱい溜めて、嬉しそうに笑顔を見せた。カズは、気丈に、カズの母を労った。カズの父が、微笑ましくその光景を眺めていた。
*
アナとカズは、幼馴染ということもあり、いつも一緒に遊んでいた。もちろん、二人とも障害児で、その絆も強かった。障害児同士は、そうして、絆を深め合う。それは、とても強固で、どんな苦境の時でも、裏切ることはない。絶対の同士が、いるのだ。それは、障害児一人一人にとって、とても頼りになることだった。
ある日、アナとカズが、辺境の村の裏山で、一緒に遊んでいた。主に、薬花の収集を行っていた。裏山の獣道を歩いたり、低い崖に登ってみたり、沢に入ったり、色々と行動していた。
「ちょっと待って……」
アナが、裏山の小道に座り込んでしまった。
「アナ、大丈夫か?」
カズが、心配して、声をかけた。
「ちょっとダメかも」
「え……?」
カズが、動揺してしまった。
心臓発作の予兆だった。
アナは、意識が朦朧として来て、小道に倒れ込んでしまった。
カズが、アナを担いで、
「大丈夫か、アナ? もうすぐ村に着くからな」
と、必死に村の病院に運んだ。
医師が、アナの手当てをした。
カズが、黙って、それを見守った。
「薬を飲んで、安静にしていれば、大丈夫だろう。カズ、ありがとう」
村の医師が、太鼓判を押した。
「良かった……」
カズが、安堵した。
アナは、幸い、大事には至らなかった。
「ありがとう、カズ」
アナが、カズにお礼を言った。
「いや、良いんだ。驚いたけどね」
カズが、安堵の表情。
その晩、アナの父とカズの父が、村の会議の席に着いた。村の会議は、月に二度ほど行われていた。村の有志十数人が、集まり、村の意思決定をしていた。
「アナとカズは、良い関係を築いているようで」
アナの父が、お茶目に微笑んだ。
「全く」
「ハッハハハハ」
「あの二人は、幸せにしてあげなくては」
「神の子、障害児ですからね」
アナとカズは、みんなに支えられて、有意義な生活を送っていた。アナとカズの関係は、家族公認だった。ただ、アナとカズは、二人とも、幼く奥手だったので、恋には発展しなかった。障害児者だって、もちろん恋をする。しかし、未知の後ろめたさのような感覚があり、恋に臆病になってしまった。だから、恋仲になることは、少なかった。それでいて、アナとカズは、素晴らしい盟友だった。
3
ある日、辺境の村に、馬車に乗った青年が、やって来た。
「あ、遊々だ!」
アナが、喜んで、青年を出迎えた。
青年は、遊々という名で、一人で世界中を旅していた。
「ああ、アナ。元気にしていたかい?」
「ユリアさんも、元気だよ。ま、元気っていうほど元気でもないけどね。相変わらずよ」
「そうか。良かった」
アナと遊々が、辺境の村の病院の病室へ行った。ユリアは、、個室で、のんびりと薬花の書物を読んでいた。
「ユリア、気分はどうだい?」
遊々が、病床のユリアの額にキスをした。
「遊々に会えて、すこぶる良いわ」
ユリアが、微笑んだ。
ユリアは、難病を患っていて、体調が悪く、長らく辺境の村に入院していた。遊々の恋人だった。だから、遊々は、ユリアの障害を治すために、世界中を旅して、幻の薬花を探し求めていた。
「本当に、二人には、憧れちゃうわ」
アナが、二人に羨望の眼差しを向けた。
「アナだって、カズくんがいるじゃないか」
遊々が、アナに嬉しそうに告げた。
「あれは、腐れ縁よ」
アナが、顔を赤らめて、吐き捨てた。
「ハッハハハハ」
「じゃ、ユリア、すぐ戻るよ。その時、ゆっくり話をしよう」
「そうね」
「いざ、お父さんの元へ」
アナが、遊々の手を引いて、製薬場へ向かった。
「お父さん、遊々が、来たよ〜」
アナが、元気よく報告した。
「おお、来たか」
「薬花です」
遊々が、世界各地の薬花を持って来ていた。色々な色や形をした珍しい薬花だった。
「おお、この周辺では手に入らない薬花ばかりだ。早速、薬を作ってみるよ」
アナの父が、薬花を受け取った。
「じゃ、僕は、ユリアのところに戻ります」
「ああ、いっぱい話をしてやれ」
「はい」
遊々が、ユリアの元へ戻った。
アナの父が、製薬場で、
「この中に、幻の薬花があると良いんだが」
と、早速、薬花の薬を作り始めた。
「期待しているわ」
アナが、それを見守った。
「遊々さんが、来たそうだね」
カズが、製薬場に顔を出した。
「ああ、今、薬花の薬を作っているところ」
アナが、答えた。
「へぇ、珍しい薬花だ」
カズが、薬花を手に取って、眺めた。
しばらくして、アナの父が、薬を作って、
「すまないな、実験台にしてしまって」
と、アナに差し出した。
「良いよ〜。お父さんの作った薬なら、何を飲んでも、良くなる気がする」
アナが、率先して、薬を飲んだ。
「僕も飲みますよ。信頼していますから」
カズも、薬を手にした。
「嬉しいこと言ってくれるね」
アナの父が、喜んだ。
「ハッハハハハ」
「じゃ、頂戴します」
カズも、薬を飲んだ。
夕方、アナ、アナの父、カズ、遊々が、辺境の村のはずれで、焚き火の周りに集まって、夕食を共にした。
「今回もまた、幻の薬花ではなかったようだ」
アナの父が、残念そうに告げた。
「やはり……どうも、幻の薬花は、透明の花を咲かすらしいんです」
遊々が、旅先での噂を話した。
「透明の花?」
「心の清き者にしか見えないとも言われています……僕には、見えないんだろうか?」
「透明か……厄介だな」
アナの父も、お手上げといった様子。
「……」
一同が、少し静かになってしまった。
「ユリアさんも、一緒に旅ができると良いのにね」
アナが、話題を変えた。
「ユリアが、もう少し元気だった頃は、二人で世界中を旅したんだ」
「二人は、どこで知り合ったの?」
「僕が、辺境の村の裏山で、薬花を探している時に、倒れていたんだ」
「ユリアさんが?」
「一目惚れ」
遊々が、照れ臭そうに目を伏せた。
「ハッハハハハ」
「村の病院に連れて来て、薬花の薬を飲ませたら、すっかり良くなってね……でも、やがて難病を発症して……辺境の村の薬がなかったら、今頃……」
「ユリアは、死なせない」
アナの父が、きっぱりと告げた。
「よろしくお願いします」
その時、辺境の村の病院の職員が、やって来て、
「ああ、ここにいましたか!」
と、慌てていた。
「どうしました?」
アナの父が、問うた。
「ユリアさんが……危篤状態です」
「え!」
一行が、ユリアの元へ駆けた。
「ユリア、しっかりしろ!」
遊々が、大きな声をかけた。
「……」
しかし、ユリアの返事は、なかった。
「ユリアを助けてください!」
遊々が、病院の医師に懇願した。
「難病ゆえ、治療法が分からず……」
病院の医師が、お手上げ状態だった。
「アナ、遊々の薬花から作った薬を持って来てくれ! 早く!」
アナの父が、指示を出した。
「今日作ったやつね?」
「そうだ!」
アナが、製薬場へ行って、薬を持って来た。
「これに賭けるしかない!」
アナの父が、薬を調合して、ユリアに飲ませた。
「効くんですか?」
遊々が、不安そうに声をかけた。
「確信なんてない。ただ奇跡を信じるだけ」
「奇跡を……」
しばらくして、ユリアが、「ん……?」と、目を覚ました。
「ユリア!」
遊々が、大きな声をかけた。
「ここは……病院か……」
ユリアが、目を開けて、周りを見回した。
「助かった……」
「本当に、奇跡が起きた……」
アナが、驚きを持って、アナの父を見た。
「これが、薬花の底力だよ」
アナの父が、諭すように言った。
「流石、辺境の村の薬花師ですね」
遊々が、アナの父を尊敬した。
「遊々の弛まぬ努力の成果でもある」
アナは、こうして、奇跡を目の当たりにした。薬花には、それだけの潜在力があるのだ。障害を治す幻の薬花の存在を強く切望した。
4
辺境の村の南側には、王国が、隣接していた。王国は、とても広くて、辺境の村の百倍ほどの領土を有していた。北西側には、山々が連なり、南側には、広大な海があった。領土のほとんどが、平地で、稲作が盛んだった。港町では、漁業が盛んで、内陸部まで魚介類が運ばれていた。国土全体が、これらの産業で、潤っていた。
王国の国民は、五千人ほどだった。領土には、大きな町が、五つほど点在していた。国民は、その大きな町を中心に、偏ることなく分散していた。そのため、どの町でも、平均的に経済活動がなされていた。それぞれの町の交流も盛んで、色々な物資が、やり取りされていた。
王国の中央付近の一番大きな町の中心には、大きな城があった。城は、大きな塀で囲われていて、出入り口は、正門のみだった。正門には、門番がいて、出入りは、厳重に管理されていた。
国王は、その城で、暮らしていた。国王は、齢七十ほどで、体が大きく、恰幅の良い体型をしていた。王冠こそ被っていないが、赤と金を基調にした豪奢な服装をしていた。普段は、城の最上階の王室で国政を担っていた。国王は、王国の国民からの信頼も厚く、頼り甲斐があって、何より聡明だった。
王国と辺境の村は、数十年もの昔から争いが絶えなかった。王国は、辺境の村に砦を建設して、他国からの攻撃に耐えようとしていた。そして、いずれは、属領にすることを目論んでいた。
王国は、何度も辺境の村に攻め込み、多くの村民に怪我を負わせた。しかし、王国の兵士は、決して、辺境の村の村民の殺戮を行わなかった。負傷者は、出来るだけ少なくなるようにしていた。言わば、兵糧攻めのようなものだった。
何故なら、王国は、辺境の村の村民の作る薬を必要としており、それを我が物にしたいという欲望があったのだ。だから、薬を作り出せる辺境の村に損害を与えることなく手中に収めたかった。手ぬるいようで、辺境の村の村民は、じわじわと追い詰められていた。実際、辺境の村の村民は、疲弊しきっていた。
それに――。
*
ある日、いつものように、王国が、北に位置する辺境の村に攻め込んでいた。この時の攻撃は、五十人ほどの兵士だけだった。攻め込むといっても、本気で制圧することは、考えておらず、いつものように、辺境の村の村民が、降伏するまで威嚇する作戦だった。
王国は、攻めながらも、王国の医師団長が、前線の兵士の治療を行なっていた。その治療は、王国の兵士に留まらず、村の兵士にも及んだ。
「あ、ありがとうございます」
村の兵士が、驚いた風に医師団長にお礼を言った。
「医は仁術なり」
医師団長が、笑った。
アナの父も、薬花師として前線に残り、負傷した村の兵士に薬を塗っていた。そして、王国の兵士にも、薬を与えていた。
「なぜこんなことを……?」
王国の兵士が、アナの父に聞いた。
「医は仁術なり」
アナの父は、短く答えた。
医師団長とアナの父は、奇しくも、全く同じことを言っていた。同じ時代に生きた最高の医師と薬花師の姿だった。
王国の兵士は、とても強く、徐々に、村を制圧して行った。
「これ以上の進軍は、許さない!」
アナの母が、立ちふさがった。アナの母は、武術に長けていた。王国の兵士は、アナの母には、指一本触れることはなかった。
何故なら、アナの母は、国王の娘だったのだ。
それが、近年特に、王国が、辺境の村に対して、手荒な真似をしなかった理由の一つでもあった。
アナの母が、王国の兵士を尻目に、王国の兵士の長を叩きのめした。
「退け〜! 退け〜!」
王国の兵士は、帰還して行った。怪我人は出たが、死者はいなかった。こうした戦が、ずっと続いていた。
「大丈夫だったか、みんな」
アナの父が、村の子供たちの心配をした。
「怖かったです……」
子供たちが、怯えた声で答えた。子供たちは、学校の部屋の中で、身を寄せ合うようにして、この戦いを凌いでいた。
*
昔、王国と辺境の村の関係がギクシャクしていた頃、アナの母は、国王に連れられて、初めて、辺境の村に来た。アナの母が、二十歳の時だった。アナの母は、色白で、端麗な姿をしており、それはそれは美しい王女だった。初めて会った者はおろか、従者すらも、思わず見入ってしまうほどだった。
王国から辺境の村までの道は、そこ頃はまだ整備されておらず、移動に馬で数時間を要した。国王の一団は、およそ百人ほどの従者を従えていた。全員が馬に乗って、地道に進んでいた。国王が辺境の村に行ったのは、製薬場の視察が、主な理由だった。
一団が、辺境の村に着いた。
「ようこそ、おいでくださいました」
その時、国王らを出迎えたのが、アナの父だった。アナの父は、敵国である王国の一団を相手にしても、聡明で、堂々と村の説明をしていた。国王も、納得した様子で、辺境の村について質問などをしていた。
アナの父は、その時初めて、アナの母に会った。アナの母は、国王の隣で、終始うつむき加減だった。お互い一目惚れだった。二人は、恋に落ちた。辺境の村の若者と王国の王女の禁断の恋だった。二人とも、とても叶わぬものだと思っていた。
アナの父の手紙:〈辺境の村は、楽しんでもらえましたか? またお会いしたい〉
アナの父が、密かにアナの母に手紙を送った。身分の差は、明らかで、アナの父は、筆を持つ手が、震えるほどだった。
アナの母の手紙:〈薬花の素晴らしさを痛感しました。こちらこそ是非〉
アナの母は、その真摯な手紙を読んで、迷いながらも、返事を書いた。
以来、二人は、文通をしつつ、愛を育んでいた。
国王は、それからも何度か、辺境の村の視察に出かけた。その度に、アナの母は、アナの父と顔を合わせた。言葉を交わす訳ではない。だけど、心が通じ合っていたようだった。あるいは、禁断であるがゆえに、燃え上がるものがあったのかも知れない。
そんなある日、アナの母が、国王の元へ行って、単刀直入に、
「お父様、辺境の村の方と結婚したいんですが……」
と、申し出た。
「そんなことは、許さない!」
国王は、如何に聡明とはいえ、相手が、辺境の村の若者だと聞いて、いきり立って怒った。それほど有り得ないことだった。
アナの母は、数時間、必死に説得を試みた。
しかし、交渉は、決裂して、アナの母は、目に涙を浮かべて、王室を飛び出した。
アナの母は、迷いもあったが、すぐに意を決した。そして、アナの父に宛てて、伝言を伝えた。
アナの母の伝言:〈迎えに来てください。一緒に暮らしましょう〉
アナの父の伝言:〈王国を敵に回すよ。大丈夫なのかい?〉
アナの母の伝言:〈大丈夫。籠の中の鳥にはならないわ〉
アナの父の伝言:〈分かった、明日の早朝、迎えに行く〉
短い時間に、二人のやりとりが、行われた。
翌日の早朝、アナの母は、取るものも取り敢えず、王国の門をくぐった。そこには、アナの父が、待っていた。二人は、馬に乗って、辺境の村に向かった。アナの母は、王国を捨て、駆け落ち同然で、辺境の村に行ったのだ。
途中、アナの母が、疾走する馬から、
「あっ」
と、落馬しそうになった。
「大丈夫だ!」
アナの父が、並走する馬から身を乗り出して、アナの母の体を掴み上げた。
「ありがとう」
「ずっと守るから」
アナの父が、緊迫した様子でアナの母を守った。アナの母の顔から、思わず笑みがこぼれた。
二人は、辺境の村に着いた。
以来、アナの母は、幸せな人生を送っていた。
アナが産まれた。
そして、今がある。
「この上もなく、幸せよ。だから、全ての村民を守りたい」
アナの母は、強い女性だった。
アナも、素晴らしい父母に恵まれて、強い女の子に育っていた。障害があることを悔やむ訳でも、恨む訳でもなく、素直にただ実直に成長していた。アナの父母も、そんなアナを誇りに思っていた。
*
後日の午前、辺境の村は、引き続き、王国の攻撃を受けていた。王国の兵士は、相変わらず、手荒なことはしなかった。しかし、村の兵士は、確実に弱体化して行っていた。
「制圧されるのも、時間の問題だ」
アナの父が、覚悟を決めた。アナの父は、製薬場に走った。
「お父さん、逃げて!」
アナが、避難先の学校から飛び出して、アナの父に声をかけた。
「これだけは、守る。障害児者の未来のために」
アナの父は、戦火から、薬の処方箋を必死に守った。薬の多くは、障害児者のためのものだ。命に代えても、守りたかったのは、障害児者の未来だった。
侵攻は、小康状態になった。
王国の悪童の悪田が、今回もまた、王国の兵士とともに、辺境の村にやって来ていた。悪田は、アナとカズと同い年で、王国の従者の息子だった。
「や〜い、障害児!」
悪田が、アナに向かって、暴言を吐いた。それからも、アナをど突いたり、頭を叩いたりしていた。
明らかな偏見だった。
「止めてください!」
アナが、必死に抵抗した。
「お前が障害児やめたら、止めてやるよ」
「そんなことできません」
「じゃ、俺も止められねぇな〜」
「そんなのって……」
「何をしている!」
助っ人が現れた。
カズだった。カズが、現場を目撃して、アナに加担した。
「お前は、こいつの恋人なのか?」
悪田が、カズに問うた。
「……」
「そうなんだな。障害児のくせに一丁前に恋愛なんてしてんじゃねぇよ」
「障害児だって、恋して良いと思います!」
アナが、きっぱりと言い放った。
「そんな訳ないだろう」
悪田が、アナに掴みかかった。
「どうして!」
カズが、アナを守った。
しばらく、アナとカズが、悪田の偏見に耐えた。
「飽きた」
悪田が、捨て台詞を吐いて、去って行った。悪田は、辺境の村の障害児者を毛嫌いしていた。
「大丈夫か、アナ」
カズが、アナに声をかけた。
医師団長が、その様子を遠くから見ていて、
「悪田、ほどほどにしておけよ」
と、悪田を諭した。
「はい」
悪田が、返事をして、最後にアナに石を投げつけた。
「仕方のない奴だな」
医師団長が、呆れた。
この日も、制圧するでもなく、王国の兵士は、去って行った。
「見ていられないわ……」
アナの母が、その様子を遠くから見ていた。
翌日、アナの母が、身支度を整え、辺境の村を出た。一人で馬に乗り、走らせた。行き先は、王国の城だった。
アナの母は、王国の城に到着し、門番に、
「門を開けなさい」
と、静かに告げた。
「あ、貴方は……」
門番が、狼狽して、王国の門をすぐさま開けた。城の中に入っても、アナの母は、堂々としていた。辺境の村の村民とはいえ、国王の娘に対して、最大限の配慮がなされた。そして、アナの母は、国王に会うことを許された。
「辺境の村から手を引いてください」
アナの母が、国王に直訴した。
「辺境の村は、他の国も、手中に収めようと、躍起になっている。王国の属領になることは、辺境の村のためにもなるんだよ」
「嘘よ!」
「嘘じゃない。頼むから、明け渡しなさい」
「村民に労働を強いるんでしょう」
「砦の建設など、必要なことには、協力してもらう」
「それは、出来ない相談よ。村の自由を奪わないで!」
アナの母は、国王の意見が、分からないわけではなかった。しかし、村のために譲れず、断固反対していた。アナの母と国王の話し合いは、決裂して、アナの母は、国王の部屋から出て行った。
「仕方のない娘だな」
国王が、アナの母の後ろ姿を目で追って、嘆いた。
アナの母は、村へ帰る前、王妃に会うことができた。アナの母の実母だった。
「自分の選んだ道を信じなさい」
実母は、短く言った。
「はい」
アナの母は、思わず涙を流して、頷いた。
実母は、陰ながら、アナの母を応援してくれていた。王国が、辺境の村の村民に手荒な真似をしないのは、実母の配慮もあってのことだった。
「国王も、辺境の村には、最大限の敬意を払っているのよ。その証拠に、何の見返りも求めず、いつも、守っている」
事実、王国は、辺境の村の周辺を攻撃し、隣国の戦力を削ぎ落としていた。それは、辺境の村にとっては、この上もない援軍だった。アナの母は、王妃の言葉を聞いて、おいおい泣いた。
アナの母は、しばらくそうしていたが、すっくと立ち上がり、涙を拭って、
「それでも、村は、渡さない」
と、きっぱりと言った。
「仕方のない子ね」
王妃が、嘆いた。
アナの母が、王妃の部屋のドアをバーンと閉めた。
アナの母は、城内の病院へ行って、王国の医師団長にも会った。
「久しぶりね」
アナの母が、医師団長に声をかけた。
「ああ、村はどうだい?」
医師団長も、親しげに答えた。
医師団長は、アナの母の幼馴染だった。
「散々だわ」
「攻め込んでいる立場から、おかしなことを言うようだが、犠牲者の出ないように、見守っているから」
医師団長は、犠牲者が出ることを心底嫌っていた。
「ありがとう」
アナの母は、少しだけ笑顔を見せた。
実は、医師団長は、思春期、アナの母のことが好きだった。しかし、アナの母は、アナの父を愛した。そこには、もの凄く深い愛情があった。だから、医師団長は、アナの母をアナの父に譲った。その後、アナの母は、アナを授かり、幸せに暮らしていた。医師団長も、その様子を聞き、安堵していた。だからこそ、手荒な真似をしたくなかった。そして、辺境の村に攻め込む時は、王国の兵士だけでなく、辺境の村の村民に対しても、必死に怪我の手当てをした。それが、使命であるかのように。
アナの母は、三者との対面を果たし、帰宅するため、王国の正門に向かって行った。
「あら、貴方」
アナの母が、王国の正門の前で、アナの父に会った。
「おお、ここにいたか」
アナの父が、アナの母に声をかけた。
「どうしたの?」
「国王に謁見しようと思ってね」
「そう、あの堅物と?」
「そう言うなよ。大事な交渉相手だ」
「そうね。じゃ」
「ああ」
アナの母は、馬に跨り、辺境の村へ戻って行った。
一方、アナの父は、国王に謁見して、比較的長い時間、話し合いをした。
アナとカズが、製薬場で、薬を作る練習をしていた。
「僕らは、悪田の言ったように、恋愛をしているのだろうか?」
「知らない」
「知らないって、大事なことだと思うよ」
「……」
「僕は、アナのことが好きだ。愛している」
カズが、告った。
「バッカじゃないの!」
「本気だよ……好きだ、アナ」
「……照れ臭いわ」
「とはいえ、僕らは障害児。恋なんてしちゃいけないのかも」
「そんなことないと思うけど……」
「……そうだね。二人で証明しよう。障害児者だって、恋して良いんだって。幸せになって良いんだって」
「そうね」
5
後日の昼、アナが、カズとともに、裏山の薬花を採っている時に、座り込んでしまった。
「どうした、アナ?」
「く、苦しい……」
アナが、胸を押さえて、苦しみだした。
「アナ! アナ!」
カズが、アナの名前を呼んだが、アナの意識は、遠のいて行った。
心臓発作だった。
アナは、時々心臓発作を起こしたが、今回は、様子が異なっていた。カズは、それに気付いていた。
「しっかりしろよ!」
カズが、アナを担いで、村へ向かった。
「くっ……」
アナを背負って、カズの足元が、おぼつかない。
それでも、やっとのことで、村の製薬場へ着いて、アナの父を呼んだ。
アナの父が、アナに駆け寄った。
アナの状態は、予断を許さなかった。
「もう時間がない。根治手術をしないと……」
アナの父が、アナの容体を確認して呟いた。
「根治手術なんて、できるんですか?」
カズが、訝しんだ。
「奇跡は、起こるんじゃない。起こすんだ」
その晩、アナの父が、村の医師を集めて、心臓病の根治手術の方法を伝えた。
「そ、そんな方法……?」
村の医師が、大きく動揺した。
「頼む」
アナの父が、短く言った。アナの父は、まるで、この時を予見していたような様子だった。
「……分かりました」
村の医師が、返事を絞り出した。
苦渋の決断だった。
それから、アナの心臓の根治手術が、施された。
手術は、六時間にも及んだ。
アナの根治手術は、成功した。
数日後、カズが、アナの看病をしていた。
「さ、飲むんだ」
カズが、薬花から作った薬をアナの口から飲ませた。
「ん……ここは……?」
アナの意識が、戻った。
「村の病院だよ」
カズが、優しく答えた。
「私、心臓発作を起こしたの?」
「ああ、もう大丈夫だよ。根治手術をしたそうだ」
カズが、優しく声をかけた。
「根治手術? そんなことできるの?」
「ああ、できたそうだ」
「そう……」
翌日、アナの病床には、アナの母とカズが、座っていた。
「お父さんは……?」
アナが、不安そうに聞いた。アナの父が、お見舞いにも来てくれないのは、不自然だった。
「亡くなった」
アナの母が、静かに答えた。
それは、あまりに唐突な最期だった。
「どうして?」
「病死だって……」
アナの母の歯切れが、悪かった。
「そんな……死に目にも会えないなんて……お父さんのいない生活なんて想像できない!」
アナの目から、大粒の涙が溢れ出た。
「偉大なお父さんだったからな」
カズが、優しく声をかけた。
「不安に押し潰されそう」
「全力で支える」
「……ありがとう」
アナが、最愛の父を失って、おいおい泣いた。
後日、アナの父の葬式が、執り行われた。アナの母が、喪主を務め、忙しなく参列者に挨拶をしていた。参列者は、皆、アナの父の突然の死を悼んだ。アナは、まだ、無理ができず、病室で安静にして、葬式に参列できなかった。そのため、カズも、葬式には参列せずに、アナの側についていた。
「死にたい……」
アナが、病室で、呟いた。アナが、珍しく見せた弱い一面だった。それほどアナは、父の死を嘆いていた。
「生きろ、アナ」
カズが、アナを勇気付けた。
その夜、アナの母が、アナとカズの元へ行って、
「カズくん、ありがとうね」
と、お礼を述べた。
「いえ……」
カズは、言葉少なだった。
村長のアナの父が亡くなって、国王から、お悔やみの親書が、届いた。
親書:〈村長の死は、残念です。お悔やみ申し上げます。村長は、先日、私に会いに来てくれました。そこで、妥協点を模索しましたが、決裂してしまいました。虫の知らせだったのかも知れません。それでも、どうぞ、王国の方針に賛同してください。それが、辺境の村の幸です〉
国王からの親書は、丁寧な文面だったが、やや高圧的だった。
「何よ、この親書」
アナの母が、少し反発してしまった。
遊々が、訃報を聞きつけて、辺境の村へ戻って、アナの父の墓参りをした。
それから、病院のアナを見舞った。
「アナ……気を確かに持ってね」
「ありがとうございます。私は、大丈夫。一緒にユリアさんのところへ行きましょう」
「そうしようかな」
アナと遊々が、ユリアの病室へ行った。
「早く良くなってね」
アナの母が、ユリアの看病をしていた。
「ああ、姉さん」
遊々が、アナの母に声をかけた。
「姉さん?」
アナが、キョトンとした。
「あれ、アナ、知らなかったのかい? 僕とアナのお母さんは、姉弟なんだよ」
「え! じゃ、遊々も、王家の出身なの?」
「そうだよ。次男坊」
「し、知らなかった……大変なご無礼をお許しください」
アナが、遊々にひれ伏した。
「ハッハハハハ」
「ちなみに長男は、次期国王になる人だよ」
「へぇ〜」
「遊々も、愛する人のために王家を飛び出したの」
アナの母が、誇らしげ。
「後悔してない?」
アナが、心配そうに聞いた。
「全くしてない」
遊々が、断言した。
「お母さんも、後悔なんてない」
アナの母も、きっぱりと言い切った。
「そっか……」
アナが、嬉しそうに微笑んだ。
辺境の村の村民が、公会堂に集まって、話し合いをした。
「新しい村長は、どうしましょうか?」
カズの父が、村民に投げ掛けた。
「適役なのは……」
村民が、揃って、アナの母を見た。村民は、アナの母を推していた。
「私に出来るかしら?」
アナの母が、躊躇した。
「亡き村長のために、引き受けてください」
カズの父も、アナの母に頼んだ。
「……分かりました。ただし、暫定の村長にしてください」
「そうしましょう」
村民が、納得して、アナの母を暫定の村長に祭り上げた。
程なくして、村をあげて、暫定の村長就任のお祝いをした。
「村の将来のため、みんなで力を合わせて行きましょう!」
アナの母が、村民を鼓舞した。
「おおっ!」
村民が、呼応した。アナの父が亡くなっても、村民の結束は、揺らぐものではなかった。いや、アナの父が、いないからこそ、みんなで力を合わせた。素晴らしい村民だった。
後日、アナは、まだ、村の病院に入院していた。アナが、病床にカズを呼んだ。
「お父さんに会いたい……」
「でも、どうやって……?」
「せめて、お墓参りをしたい」
「そうか、分かった」
カズが、アナを背負って、病室を出た。
「ちょっと、大丈夫なの?」
病院の職員が、驚いて、二人に声をかけた。
「僕が、責任を持ちます」
カズが、勇敢に答えた。アナは、外出できる状態ではなかったが、無理を言って、病院から連れ出した。カズは、アナを支えながら、アナの父の墓参りに行った。
アナが、墓前で、いつかの父との約束を思い出して、
「お父さん! 絶対、子供たちに、『三度の飯より薬が好き』って、言わせてみせる!」
と、涙を流した。
その頃、アナの母が、アナの父の遺品整理をした。その中から、わずかな心臓の薬と薬の処方箋を発見した。戦の最中、必死に守ったものだった。処方箋には、メモが、添えてあった。
アナの父のメモ:〈アナ、障害児者を救え!〉
それらは、アナのための遺品だった。
カズは、墓参りの後、アナを無事、病院まで送り届けた。
その晩、アナの母が、アナの看病に行った。
アナの母が、
「アナ、お父さんの遺品よ。お守りの中には、お父さんが残した心臓の薬が入っているから」
と、アナにお守りと処方箋を渡した。
「お父さん……」
アナが、お守りと処方箋を握りしめて、涙を流した。アナは、その遺品を目にして、アナの父の優しさに満たされた。アナの父は、どこまでも聡明で勇敢な人だった。アナは、そんな父が、誇らしかった。それと同時に、この先の困難に対峙する覚悟をした。アナも、必死だった。
数日後、アナが、退院することになった。
「アナ、退院早々、申し訳ないんだけど、カズくんと一緒に、町へ薬を売りに行ってくれない?」
アナの母が、アナに申し出た。
「ああ、そうか。薬を待っている人々がいるんだ」
アナは、先刻、アナの父と一緒に町へ行ったことを思い出した。
「お父さんが、薬を大量に作っておいてくれたから。虫の知らせかしらね。しばらくは安泰だわ」
「じゃ、カズ、頼む」
アナが、カズと一緒に、町へ行った。
「薬をお持ちしました」
アナが、町の人々に声をかけた。
「お父さんは、残念だったね」
町の人々が、アナを勇気づけた。
「ありがとうございます」
アナが、お礼を述べた。
6
数年後、辺境の村の新村長が、誕生した。
「暫定の村長を辞退する時が来たわ」
アナの母が、晴れ晴れしく、村民に伝えた。
「そうだね。他に村長になれる逸材はいない」
カズの父も、新村長の門出を祝った。
「異議なし!」
村民が、みんな賛同してくれた。
「立派な村にしてみせます」
そう答えた新村長は、アナだった。
アナが、辺境の村の村長になったのだ。アナが、十七歳の時のことだった。アナは、Xの病だったが、辺境の村の村民に尊敬されていた。辺境の村では、障害を差別することはなかった。だから、誰もが、アナを適任と思っていた。アナが、村長になることで、障害者への理解が、より深まることになるだろう。
「村長に必要な知識と知恵は、授けたつもり」
アナの母が、自信を持って述べた。
ここ数年、アナの母は、アナに英才教育を施していた。勉強もそうだが、特に、言葉使いは、熱心に指導した。アナも、「国語は、結構好きだから」と、メキメキと上達した。これからは、外交も重要になってくるという親心からだった。
「ありがとう、お母さん」
アナが、アナの母に礼をした。
「辺境の村の歴史の中でも、障害児者の村長は、初めてよ。時代は、変わったのね。いえ……アナたちが、変えてくれたのね」
アナの母が、嬉しそうに微笑んだ。
「アナ、頑張って。どこまでも、応援するから。アナならできる」
アナの学校時代の友達が、声をかけてくれた。健常児者も、アナに期待をしていた。アナは、その期待に応えようと、必死だった。そこには、辺境の村ならではの障害児者と健常児者の協力する姿があった。それは、素晴らしい環境だった。
それから、アナの奮闘が、始まった。
「村長なんて、やって行けるかしら……?」
アナは、人知れず、夜、泣くことがあった。不安だったのだ。
(アナ、頑張って……)
アナの母は、アナの涙を知っていた。それでも、直接言葉をかけなかった。味方はいる。辺境の村の村民全てだ。ただし、重要な決断を迫られることがある。その時は、孤独だ。いざとなれば、自分しか頼れない。だから、アナの母は、アナに声をかけず、見守った。全ては、アナのためだった。
アナが、いつも通り、アナの父の墓参りをしていた。
「お父さん、村長の大役に四苦八苦しています。でも、充実した日々を過ごしています。見守ってください」
アナが、墓前で手を合わせた。
その時、カズが来て、
「お墓参りかい?」
と、声をかけた。
「見れば分かるでしょ」
アナが、少しムッとした。
「誰のお墓?」
「誰って、お父さんよ」
「アナのお父さんのお墓、隣だよ」
「え……やだ〜。これ誰のお墓なの!」
「ハッハハハハ」
アナは、村長になっても、おっちょこちょいなところは、直らなかった。しかし、それが、アナの愛嬌だった。だから、村民は、みんなアナのことが大好きだった。
ある日の午後、アナとカズが、裏山に薬花を採りに行った。
「これからは、二人で、薬を作ろうね」
アナが、元気に声をかけた。
「ああ、そうだね」
アナとカズは、黙々と薬花を採った。
そして、村に帰って来て、薬を作り始めた。最初は、上手く行かなかったが、アナの父の薬の処方箋が、大いに役に立った。
(お父さん、ありがとう)
アナが、心の中で、アナの父にお礼を念じた。
「毒味をするよ」
カズが、アナの薬を飲むことを申し出た。
「毒味ってなんだよ」
「ハッハハハハ」
カズが、アナの薬を飲んで、「まずい」と、一言吐き捨てた。
「良薬口に苦し」
アナが、開き直った。
「まずいだけで効かないんじゃないか?」
「ひど〜い」
「ハッハハハハ」
「なんか効いて来たよ」
カズが、フォローした。
「嘘つけ!」
アナが、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
「偉大なお父さんに早く近づきなよ」
「うん。ありがとう」
事実、アナの作る薬は、アナの父の薬に、遠く及ばなかった。効き目が、明らかに足りなかったのだ。
「お父さんの死は、大きな損失だわ」
アナが、嘆いた。
「二人で、挽回しよう」
カズが、優しく声をかけた。
「うん」
アナとカズは、それからも、熱心に薬作りに邁進した。
「手を貸すよ」
健常児者が、アナとカズに声をかけてくれた。アナが、村長になったことで、辺境の村が、一つになった感があった。みんなが、協力し合う、素晴らしい村の姿だった。
真夜中、カズが、製薬場の明かりが点いていることに気づいた。
「消し忘れかな?」
カズが、製薬場の中に入って行った。
「……」
アナが、黙々と作業をしていた。
「アナ、薬を作っているのか?」
「ああ、お父さんの穴を埋めなくっちゃ」
アナが、薬作りに励んでいた。
「無理するなよ」
「無理でもしなきゃ、村長務まりませんよ」
「手伝うよ」
「ありがとう」
夜な夜な、二人は、黙々と薬作りに没頭した。二人の間に言葉なんて要らなかった。お互いを信頼し合って、高め合っていた。
王国の兵士が、辺境の村に攻め込んで来た。今回は、国王自ら、参戦していた。これまでにないほどの規模の兵士が、攻め込んで来た。その数、五百人。
「村を救うんだ!」
アナが、抵抗したが、大怪我をしてしまった。
「大丈夫か!」
カズが、すぐにアナに駆け寄った。
それと同時に、王国の医師団長が、アナの手当てをしてくれた。
「村民を救うために、投降しよう」
カズが、アナに進言した。
「く、悔しい……」
「村民の命を救いたいんだ!」
「……カズ、ありがとう…………投降しましょう。犠牲者を出したくないから」
そうして、アナが、降参することを決意した。
アナが、戦火の砂埃の中をすたすたと進んで、王国の兵士の方へ歩み出た。
「降伏します。ただし、砦が完成したら、この村から、出て行ってください」
アナが、国王に対して、気丈に条件を付けた。
「砦の監視役は残させてもらいますが」
国王が答えた。
「良いでしょう」
そうして、王国が、辺境の村を完全に制圧した。
以後、村民は、村に軟禁状態になった。しかし、王国の兵士は、村民に対して、手荒な真似をしなかった。村民に敬意を払い、最大限の自由を与えてくれた。
「村民の自由を奪わないでください」
それは、アナの希望でもあった。国王は、それを受け入れた。村民の自由は、アナが、最後まで戦って、勝ち得た成果だった。
「アナ村長、ありがとう」
子供たちが、アナに駆け寄り、抱きついた。
「みんな、ごめんね」
「アナ村長は、悪くない!」
「そっか、ありがとう」
アナが、子供たちの頭を撫でて、悲しい表情をしていた。
以来、村民は、砦作りに駆り出された。
「大変だけど、村を守るためだから」
村民は、アナに笑って言った。
「すみません。不甲斐ない村長のせいで」
「そんなこと思っている村民は、一人もいません。素晴らしい村長さんですよ」
「ありがとう」
アナが、涙を流した。
アナは、作業にあたる村民のための薬を作り続けた。国王が、村民を気遣って、アナに指示していたのだ。アナの母の進言もあった。そうして、全ての人が、アナと辺境の村のために尽力していた。
アナとカズが、村の会議の席で会った。
「王国の配下になったのは、成功だったんだろうか?」
アナが、しみじみと言った。
「成功だと思う。現に、戦で亡くなる村民は、今のところ、ゼロなんだから」
「そうか……この御時世で、戦死者ゼロか……」
「立派な功績だと思うよ。村長として」
「ありがとう」
アナは、まだ答えを見出せないような気がしていた。それは、一言で言えば、嫌な予感だった。
一方、王国の兵士は、砦も完成して、アナとの約束の通り、砦の監視役を残して、徐々に王国へ戻って行った。
アナが、アナの父の墓参りへ行った。
「あら、カズ」
「ああ、来たか。アナのお父さんに報告しようと思ってね」
「光栄だわ」
「アナが、村長か……」
カズが、感慨深げ。
「頼りないよね」
「これからだ。全部これからだ。最大限の協力を約束する」
「頼りになります」
「ハッハハハハ」
アナが最後に頼るのは、カズだった。幼馴染として、苦楽を共にした二人の絆は、とても強く、美しかった。
「王国は、武力で天下統一を目指しているけど、私は、薬花で融和を目指す。この島に咲き誇る薬花を見たい」
アナが、抱負を口にした。
「そうなるさ。きっと」
カズが、アナの背中を押した。
7
辺境の村と王国の北側には、毒矢の民の集落が、広がっていた。その領土のほとんどが、深い山の中にあって、辺境の村の半分ほどの広さだった。毒矢の民は、色々な環境に耐えられるように、木の上、洞窟の中、岩山の隙間など様々な場所に住居を築いていた。毒矢の民は、全部で七十人くらいだった。普段は、毒を塗った矢を武器として、狩猟をして暮らしていた。農耕の必要性も感じていて、辺境の村に触手を伸ばそうとしていた。毒矢の民の人数は、少なかったが、毒矢を使っての戦いには、慣れていて、少数精鋭の兵士を揃えていた。障害のある人は、ほとんどいなかった。
*
ある日の真っ昼間、辺境の村に一人の行商人が、現れた。行商人は、キョロキョロと村の中を歩き回っていた。
「あいつだ」
行商人が、小さく呟いた。その視線の先にいたのは、アナだった。
行商人は、すかさず、アナに近づき、声を上げるまもなく、アナをさらって、逃げ去って行った。
辺境の村の村長、アナの誘拐事件だった。
「アナ村長が、さらわれた!」
村民が、アナを抱えて、逃げ去る行商人の姿を目撃していた。
「本当か?」
カズの父が、真っ先に現場に行った。
「あれは、きっと毒矢の民です!」
毒矢の民は、行商人の姿をしていて、あまりにも自然だったので、王国の兵士も、辺境の村の村民も、警戒することはなかった。
「あとは、頼んだ!」
カズの父が、馬に乗って、アナの後を追った。アナは、見つからなかったが、おそらく、毒矢の民の集落に行くのだろう。カズの父は、そう睨んで、毒矢の民の集落に向かった。
*
アナが、連れて来られたのは、洞窟の中の毒矢の民の居住地だった。洞窟の中は、日中でも薄暗く、ひんやりとしていた。時々、岩盤の天井から、水滴の落ちる音がしていた。アナは、重要な人質と言うこともあり、比較的丁重に扱われた。毒矢の民の集落に連れられて来られても、目隠しをされることもなく、集落の様子をつぶさに見ることができた。洞窟の中には、台所、寝室、会議場、トイレなど、多くの部屋が、設けられていた。午後だったこともあり、毒矢の民は、集落の中や外で、忙しそうに働いていた。アナは、毒矢の民の好奇の目を浴びて、少し俯いた。そして、岩に鉄格子が、設けられていて、牢屋のようになっている部屋に通された。そこで、手足を紐で縛られて、監禁された。
夕方になって、毒矢の民の子供が、アナに夕食を持って来てくれた。
「お姉ちゃん、障害者なの?」
子供が、アナに聞いた。
「Xの病よ」
アナが、優しく答えた。
「僕の弟も、Xの病なんだ」
子供が、もじもじと告げた。
「そうなんだ」
アナは、こんな時でも、子供に少しだけ微笑みかけた。
「会えないけど」
「どうして?」
「会っちゃいけないって言われているんだ」
「誰がそんなことを?」
「お母さん」
「そんな……」
「コラ、余計なことを話すな」
牢屋の入り口の見張りが、子供を叱った。
「ごめんなさい」
子供が、走って逃げて行った。
(会っちゃいけないって、どういうことなんだろう)
アナが、不審に思った。
一方、カズの父は、毒矢の民の集落に着いて、息を潜めて、集落の中の様子を探った。どうやら、アナは、洞窟の中にいることが、分かった。
その夜、カズの父は、毒矢の民が寝静まったのを見計らって、洞窟の中に潜入した。
(いた!)
カズの父は、洞窟の中の牢屋で、アナを見つけた。カズの父は、牢屋の入り口の見張りを一撃で気絶させた。しかし、牢屋の鍵が、見つからない。
「牢屋の鍵です。早く逃げて」
毒矢の民の女性が、カズの父に牢屋の鍵を渡してくれた。女性は、右腕に火傷の跡があった。
「恩に着ます」
カズの父は、女性に礼を言って、牢屋の鍵を開けて、アナを助け起こした。
「アナ、助けに来たぞ」
カズの父は、アナの手足の紐を解いた。
「ありがとうございます。気を付けて」
アナが、カズの父の心配をした。
「侵入者だ!」
数人の毒矢の民の兵士が、カズの父に気付いた。
「貴様ら!」
カズの父が、怒り狂って、毒矢の民の兵士をなぎ倒した。アナを危険な目に合わせたことが心底許せなかった。
しかし、毒矢の民の兵士は、次々現れ、手に負えなかった。カズの父が、アナを担いで逃げて、集落の外に走って行った。そこには、カズの父の馬が待っていた。馬の背にアナを乗せて、馬を走らせた。毒矢の民の兵士が、カズの父を追って、何十本も毒矢を放った。
「ぐっ!」
カズの父が、顔をしかめた。一本の毒矢が、カズの父の右足に刺さってしまった。カズの父が、馬から転げ落ちた。カズの父が、毒矢を足から抜き、その場にうずくまった。毒が、すぐに体に広まって来た。速効性の猛毒だった。
「大丈夫ですか!」
アナが、馬から降りて、カズの父に駆け寄った。
「毒が、回って来たな……」
カズの父は、素早く、アナを馬に乗せて、自らも、馬の背に乗り、馬を走らせながら、体を馬の鞍に紐で縛り付けた。
馬は、足を早めて、辺境の村へ向かった。
「どうぞご無事で……」
右腕に火傷の跡のある女性が、二人の背中を見守りながら、祈りを捧げた。
「あの子が、アナ村長かい?」
女性の夫が、隣にやってきた。
「ええ……カズとも懇意にしてくださっているそうよ」
「カズ……」
女性の夫が、女性の肩を抱いた。
「忘れないから」
女性の右腕の火傷は、カズが産まれて程なくして、自らの戒めのためにつけた。
アナとカズの父が、辺境の村にたどり着いた。
「大丈夫ですか!」
村民が、アナとカズの父を迎え入れた。カズの父は、意識のない状態だった。
「カズのお父さんが、毒矢で撃たれて、毒が回っているの!」
アナが、興奮しながら、村民に伝えた。
カズの父は、すぐさま村の病院に搬送された。
アナは、それから、アナの父の処方箋を読み漁った。
「これだ!」
その中から、解毒剤の処方箋を探し出した。
「裏山に行って、薬花を採ってきます!」
アナが、裏山に薬花を採りに行くことにした。
「僕も行くよ」
カズが、申し出た。
「お父さんに付いてなくていいの?」
「今は、解毒剤が、最優先さ」
カズが、力強く言った。
二人は、裏山に分け入り、必死に解毒剤に用いる薬花を探した。二人の体は、切り傷だらけになってしまった。それでも、アナとカズは、必死に探した。
「あれだ!」
カズが、声を上げた。二人は、薬花を見つけた。崖の斜面に生えていたので、アナとカズは、協力し合って、手を伸ばし、採った。
「これで、カズのお父さんが、助かるわ」
アナが、興奮気味に話した。
アナとカズは、村に戻って、製薬場で、カズの父の解毒剤を作り始めた。
解毒剤は、ほどなくして、完成した。薬花を調合して、赤色のドロドロした液体ができた。
アナとカズが、村の病院に行って、カズの父の体を起こした。
「飲んでください」
アナが、カズの父に解毒剤を飲ませた。
「アナのために死ねるなら、本望だよ。カズ、アナを幸せにしてやれ……」
カズの父が、アナとカズに声をかけた。
「生きてください、生きて!」
アナが、半狂乱になって、叫んだ。
カズの父は、それからすぐに、亡くなった。
「お父さん!」
カズが、慟哭した。
「救えなかった……」
アナが、悲しみに暮れた。アナは、自分の未熟さに言葉が出なかった。目の前で、最愛の人の父を失ったのだ。
「アナのせいじゃない」
カズが、自分も辛いのに、優しくアナを慰めた。
「もう、人が死ぬのを見たくない!」
アナが、語気を強めて、病院から駆け出した。
「アナ!」
カズが、その後を追った。
アナは、製薬場に駆け込んで、おいおい泣き始めた。
「泣け、アナ。僕は、どんなことがあっても、未来永劫、アナを守る。アナのお父さんの代わりなんて到底できないけれど、それでも、世界で一番の理解者になりたい」
「……ありがとう。カズ」
アナは、カズに抱きついて泣いた。
アナは、確かにカズを必要としていた。昔から一緒に遊んで、喧嘩して、共に時間を過ごした。それが、固い絆を育んでいた。お互い、一人では、生きて来られなかった。他の村民にも、大いに助けられた。その感謝を胸に、アナは、
「泣くのは、カズの前だけにする」
と、気丈に言った。
「それで良い」
カズは、アナを勇気付けるように答えた。
翌日、カズの父の葬式が、村の公会堂でしめやかに執り行われた。辺境の村にいた王国の兵士も、喪に服してくれた。
「ありがとう、皆さん……」
カズの母が、涙を流した。
「泣いて良いよ。葬式は、僕に任せて」
カズが、カズの母を労った。
「ありがとう……」
カズの母は、涙が止まらなかった。
辺境の村と毒矢の民との戦いは、何度もあったが、最近の戦では、久しぶりの死者だった。
「もう、死者は、出させない!」
アナが、拳を握った。
親書:〈カズの父上は、残念だった。毒矢の民の侵入を許してしまったのは、王国の責任だ。すまない。それでも、武力で解決したくない。どうか、王国の属領になって欲しい〉
国王が、村長であるアナに親書を送った。
(王国に従うしかないのか……)
アナが、一人苦悩した。
アナが、カズの自宅を訪ね、毒矢の民の集落のことを話した。短時間でも、集落に連れて行かれて、様々な状況を見て来た。そこが、アナの鋭いところだった。Xの病であっても、村長として、村のことを考え抜いていた。
「毒矢の民の集落では、障害児者たちが、檻に入れられていたんだ」
カズの父に助け出された時に、それを目撃した。幼い男の子も、その中にいた。夕食を届けてくれた子供の弟かも知れないと思った。
「檻!」
カズが、驚いた。
「うん、酷い有様だった。障害を毛嫌いしていた」
「酷いな……そんな国の配下になるなんて、絶対に嫌だ!」
「そうだね……王国に従うのが、正解かもね」
アナが、態度を少し軟化した。確かに、毒矢の民の支配下に置かれるくらいなら、王国の下に付いた方が、良いかも知れない。その決断の期限は、すぐそこまで迫っていた。
ある日の午前、毒矢の民が、ついに辺境の村に、攻め込んで来た。二十人ほどの連隊が、馬に乗って、辺境の村の入り口からなだれ込んで来た。毒矢の民は、毒矢を放って、辺境の村の村民を攻撃して来た。
「これじゃ、壊滅だ!」
村の兵士が、嘆いた。
その時、村の外から、
「やーっ!」
と、馬に乗った兵士が、土煙を上げて、続々と走って来た。
兵士たちは、槍や剣などの武器を高らかに掲げ、威勢のいい声を上げていた。
「助太刀いたす!」
王国の兵士だった。その数、二百人。王国の兵士が、戦いに加わってくれたのだ。
「かたじけない!」
村の兵士が、感謝を述べた。
村の医師が、アナの父に倣って、前線の兵士の手当てをしていた。村の医師は、村の兵士に加えて、王国の兵士の治療も行っていた。
もちろん、王国の医師団長も、前線で、治療を行なっていた。
戦いは、数時間続いた。
その間、王国の兵士が、必死に村を守ってくれて、毒矢の民の兵士が、逃げ去って行った。
村の土煙が、徐々に消えて行き、村の様子が明らかになった。
「感謝しています」
アナが、王国に対して、気丈に声明を発表した。しかし、多くの死者が出てしまった。特に、前線で治療に当たっていた村の医師は、壊滅状態だった。
「なんで、争いが、なくならないんだ!」
アナが、亡くなった医師を抱き抱えながら、吠えた。
親書:〈多くの犠牲があったそうですね。お悔やみ申し上げます〉
国王が、親書を送って来た。
「王国の配下になるのも、仕方ないのか……」
アナが、辺境の村の周りを見渡して、また寂しそうに呟いた。
この時、辺境の村の自慢の緑の大地と自然の恵みは、跡形もなく、燃えてしまっていた。
しかし、アナに悲しんでいる暇はなかった。
アナが、製薬場に籠って、アナの父の処方箋を参考に、毒矢の解毒剤を作っていた。多くの村民が、毒矢の毒に冒されていたのだ。毒矢の怪我人には、アナの解毒剤が、配られて、多くの命が救われた。
「アナのお父さんに感謝だね」
村民が、アナに優しく声をかけた。
「死してなお、見守ってくれる。素晴らしい父です」
アナが、天を見上げた。
毒矢の民の襲撃の翌日、遊々が、辺境の村へ到着した。
「こんな時に、近くにいてあげられなくて、すまない」
遊々は、真っ先にユリアの病室へ行った。
「大丈夫。気配を……感じていましたから」
ユリアは、病院の職員に守られて、無事だった。
「ユリア……!」
その時、アナが、ユリアの看病に訪れて、「遊々」と、声をかけた。
「ああ、ありがとう、アナ。これ、また薬花を持って来たよ」
遊々が、アナに薬花を渡した。
「早速、薬を作るわ」
アナが、遊々の薬花を持って、製薬場へ行った。
ほどなくして、アナが、遊々の薬花で作った薬を持って来て、
「さ、飲んでみて」
と、ユリアに飲ませた。
しばらくして、ユリアが、
「なんだか気分が良いわ」
と、感想を述べた。
「障害が治るほどではないようだ」
遊々が、残念そうに呟いた。
「まだまだね」
「そんなことないわ。とっても落ち着く」
ユリアが、満足そうに微笑んだ。
「精進します」
アナが、ユリアを優しく見つめた。
数週間後、アナが、久しぶりに薬花教室を開いた。
「許さん!」
アナが、村の薬花の畑を見て、いきり立った。毒矢の民が、村に攻め込んだ時に、村の薬花の畑に毒をまいていて、薬花が、全て枯れてしまったのだ。
「村の薬花の畑も、作り直しだね。また一からだ」
カズが、仕方なさそうに辺りを見回した。
「毒矢の民め」
アナが、歯ぎしりするほど悔しがった。
「元に戻ると良いんだけど」
アナが、カズや村の子供たちと一緒に、村の畑の土を入れ替えて、耕し始めた。それと並行して、裏山へ焼け残った薬花を採りに行った。子供たちは、和気藹々と、畑に薬花を植えてくれた。子供たちの笑顔が、唯一の救いだった。
「これでまた、病を治せる」
アナが、嬉しそうに微笑んだ。
アナとカズが、二人の父の墓参りに行った。
「辛いね」
カズが、ポツリと呟いた。
「そうね」
「アナ、村長は、どうだい?」
「正直、荷が重いわ」
「でも、みんな協力してくれるよね」
「うん、本当にありがたいわ」
事実、村民は、皆、アナを盛り立ててくれた。アナも、障害者だったが、立派な村長になった。アナの存在は、辺境の村の村民の自慢だった。
「お父さんに恥じない人生を送らないと」
カズが、アナを鼓舞した。
「そうね、きっと見守ってくれているから」
アナとカズは、墓前で手を合わせて、祈りを捧げた。
墓参りの帰り道、アナが、カズと並んで歩きながら、
「今度、毒矢の民の集落へ行こうと思うの」
と、切り出した。
「何を言っているんだ?」
「毒矢の民のXの病の人々に薬を届けたいの」
「どうかしているぞ、アナ。そんな危険なことを許可できない」
「薬花で人々を救いたい。ただそれだけよ。それに、毒矢の民の中にも、友好的な方はいる」
アナが、カズをしかと見つめて、力強く懇願した。
「……王国の兵士に護衛を頼もう」
カズが、折れた。
「そうね」
数週間後、アナが、大量の薬を作った。
「さ、行きましょう」
アナが、カズに声をかけた。
「よろしくお願いします」
カズが、王国の兵士に願い出た。
「御意」
王国の兵士が、二人を守りながら、毒矢の民の集落へ行った。
「着いたわ」
アナが、カズとともに、毒矢の民の集落へ入って行った。
「アナ村長だ……」
毒矢の民が、驚いた。
「薬を届けに参りました。障害児者を診させてください」
アナが、率直に申し出た。
「お願いします」
右腕に火傷のある女性が、進み出て、障害児者を集めた。
「やっぱり心臓病だ。この薬を飲んで」
アナが、Xの病の人々らに薬を処方した。
「ありがとうございます」
右腕に火傷のある女性が、アナとカズに、お礼を述べた。
「では、私たちは、これで」
アナが、カズとともに、辺境の村へ戻った。
ほどなくして、アナとカズが、辺境の村の製薬場の窓から、外を眺めていた。
「よく降るね」
アナが、カズに声をかけた。
島全体を分厚い雲が覆っていて、大雨になった。
「この雨じゃ、毒矢の民の集落は、壊滅的な被害になるだろうな」
カズが、推測した。
「そうなの?」
「あそこは、山に降った雨が、一気になだれ込んでくるから」
「救いましょう」
アナが、英断した。
「危険すぎる」
「辺境の村の村長として、見過ごすことはできない」
アナが、きりりとカズを睨んだ。
「……分かった。手配する」
翌日の朝、アナとカズが、支度をして、毒矢の民の集落へ行くことになった。
「お供します」
多くの村民が、協力してくれることになった。
「ありがとう、みんな。怪我しないようにね」
アナが、嬉しそうに微笑んだ。
「それでは、行きましょう」
アナが、声をかけて、一行が、辺境の村を出た。
「こ、これは……」
アナが、言葉を失った。
そこには、王国の兵士が、物資を持って、待ち構えていた。王国の医師団長も、帯同していた。
「僕が、頼んだんだ」
カズが、アナに告げた。カズが、手配して、王国の賛同も取り付けていたのだ。
「ありがとう、カズ」
アナの目に涙が光った。
しばらくして、一行が、毒矢の民の集落へ着いた。
「本当に壊滅状態だ……」
アナが、言葉を失った。
「さ、復興しよう」
カズが、アナの背中を押した。
「あなた方は?」
毒矢の民が、警戒した。
「手伝いに来ました。良いですか?」
アナが、毒矢の民に聞いた。
「も、もちろん……」
毒矢の民は、信じられないといった様子で一行を受け入れた。
それから、数日間、毒矢の民の集落の復興作業が続いた。
「これで良いだろう」
カズが、太鼓判を押した。
「そうだね」
アナも、満足そうに微笑んだ。
「帰ろうか」
「うん」
「本当にありがとうございます」
毒矢の民が、口々にお礼を述べた。
「いえいえ、当然のことをしたまでです」
アナが、堂々と答えた。
「当然のこと……?」
毒矢の民は、あれだけの蛮行をしたのに、アナらが、毒矢の民のために善行をしてくれるのが、信じられなかった。
「では!」
アナが、先導して、一行は、毒矢の民の集落を後にした。
8
昼、王国の城内の病院の一室の外に、国王と王子、それに王国の一族が集まっていた。皆、手を合わせて、祈るようにしていた。そこは、分娩室だった。王女が、今まさに、新たな命を産み出そうとしていた。
その時、
「オギャーオギャー」
と、国王の孫娘の寧々が、産まれた。
「孫じゃ、孫じゃ!」
国王にとっては、初孫で、大喜びした。
その日の晩、国を挙げて、寧々の誕生を祝した。国王は、寧々を抱いて、ご満悦だった。王国の国民が、酒に酔い、宴は、最高潮に達した。
その一報は、辺境の村にも知れ渡った。
誕生の数日後、王国の医師団長が、神妙な顔をして、
「国王……」
と、国王の元に進み出た。
「どうした?」
国王が、怪訝そうに聞いた。
「寧々様は、Xの病です……」
医師団長が、国王に伝えた。
事実、寧々は、Xの病で、心臓病の合併症があった。心臓発作を起こす可能性も否定できなかった。
「治療方法を探し出せ!」
国王が、指示をして、王国の医師や学者が、Xの病について調べた。
「まだ、治す方法が分からんのか!」
国王が、焦っていた。
「辺境の村のアナ殿は、根治手術に成功したようです」
医師団長が、答えた。
「そうか。薬花でか?」
「それは、分かりません」
「今すぐ、根治手術の方法を聞き出して来い!」
国王が、すぐに辺境の村へ使いを出した。使いの者は、総勢十名ほどだった。その中に、悪童だった悪田も、従者の一人として、同行していた。
「私は、ここに残ります」
医師団長は、寧々に付き添うために、王国に残った。
王国の使いが、続々と辺境の村に着いた。
「さ、こちらへどうぞ」
辺境の村の村民が、村の公民館に集まって、王国の使いを迎え入れた。
「アナ殿の心臓病を根治したと聞く。その根治手術の方法を教えて欲しい」
王国の使いが、単刀直入に村長のアナに告げた。
「父は、病気で亡くなりましたし、村の医師も、皆、先の戦の前線に立ち、毒矢の民の兵士に命を奪われました。手術方法を知る者は、誰も残っておりません」
アナが、気丈に答えた。
事実だった。
「……」
しばし、間が空いた。
その時、王国の使いの一人が、おずおずと立ち上がって、口を開いた。
――心臓、見せてくれませんか?
「…………」
公民館が、一瞬、静まり返った。
次に、村民が、一斉に、
「ハッハハハハ」
と、大笑いした。
まるで現実味のない申し出だった。
しかし、その笑い声が、次第に収まって行った。
王国の使いは、真顔だった。そして、じっとアナを見つめていた。
アナも、真剣な眼差しで、王国の使いを見つめていた。
場が、再び、静かになった。
「それなりの事情が、お有りなのですね?」
アナが、王国の使いに静かに聞いた。アナは、Xの病など凌駕して、村長としての威厳に満ちあふれていた。
村民が、アナの対応を目の当たりにして、緊張感が走った。
「先刻産まれた国王の孫娘の寧々殿が、Xの病でした。心臓病の合併症もあります」
王国の使いが、しっかりと伝えた。
「条件をつけても良いですか?」
アナが、顔色一つ変えずに、真剣に答えた。
「え……?」
村民が、驚いて、アナを見た。アナは、本気で、自分の心臓を見せる気なのか。
「何なりと」
王国の使いが、答えた。
「たった一言で良い。悪田の謝罪を聞きたい」
アナが、返答した。かつての偏見に対する謝罪だ。
この時代の医学は、まだまだ発展途上だった。再び、開胸などしたら、命を落とす可能性も高かった。しかし、アナは、それを覚悟していた。ただ、アナは、辺境の村の村長。村民を守る義務があった。特に、障害児者は、アナが陣頭指揮をとって、守ってあげなくてはならない。アナは、障害児者にとって、最善の策を考えていた。これは、辺境の村の障害児者にとってのチャンスなのではないか。アナは、自らの命をかけて、辺境の村の障害児者を守ろうとしたのだ。障害児者を守る慈愛に満ちていた。
「そんなことで良いんですか?」
「大きなことです」
アナが、きっぱりと言い切った。
王国の使いが、一斉に悪田を見た。
悪田が、席を立ち、深々と頭を下げて、
「…………す、すまなかった」
と、謝罪した。
寧々のために、プライドがどうとか、そんなことを言っている場合ではなかった。それに、この頃、悪田は、密かにアナを尊敬していた。
アナが、満足そうに口元を緩めた。アナとカズの目が合った。カズもまた、満足そうな表情だった。
「障害児者は、好きですか?」
アナが、続けて、悪田に問うた。
「はい……」
悪田が、即答した。気もそぞろな返事だった。
「好きになってください」
アナは、悪田の本心を見抜き、もう一度、同じように聞いた。
「……はい」
二度目の悪田の返事には、少しだけ、本心が、込められていた。
「開胸手術は、王国でですか?」
アナは、悪田の返事に納得して、意を決した。
「はい」
王国の使いが、真剣に答えた。
「ほ、本気ですか……?」
村民が、驚いてアナに聞いた。
「人を救うためですから。心を込めて」
アナが、答えた。それが、王国の寧々のためでも、同じことだった。村の障害児者だけでなく、寧々を救いたい。その思いが、アナを突き動かした。
――確信なんてない。ただ奇跡を信じるだけ。
そこには、アナの父の信念があった。
アナが、ちらりとカズを見た。
「止めても行くんだろう」
カズは、アナの勇気を称えて、微笑んで見送ってくれた。アナが、無事戻ってくると信じ切っていた。しかし、その目には、大粒の涙が溢れんばかりに浮かんでいた。
アナが、無言で、カズにお辞儀をして、
「では、行って来ます」
と、すぐに王国の使いとともに、王国に向かった。
「アナ様、ようこそ」
アナは、王国の国民に英雄として迎え入れられた。
「では、早速、手術を……」
即日、アナの心臓を見るための手術が、王国の医師により、実施されることになった。
「貴方は……」
執刀医は、かつて毒矢の民との戦の際に、アナを救った医師団長だった。
「母上から、親書が届きました」
医師団長が、アナにアナの母の親書を手渡した。
親書:〈アナをよろしく。生きて返せ〉
アナは、親書を読んで、少し笑った。短い文章だったが、アナの母の気丈な格好良さが伝わって来た。
「お願いします。信じていますから」
アナが、医師団長に身を委ねた。アナは、朗らかな表情をしていた。死ぬかも知れないのに、なぜか安心感があった。不思議な感覚だった。それは、医師団長が、かつてアナの母を愛していたからかも知れない。しかし、アナは、当然それを知らなかった。
「御意」
医師団長が、丁寧に答えて、アナに麻酔をして、開胸手術が、実施された。王国の医師が、数人、その助手を務めた。
開胸から、ほどなくして、アナの心臓が、あらわになった。
「こ、こんな方法で……?」
医師団長が、度肝を抜かれた。
アナの体の中には、アナの体の大きさの割に、随分大きな心臓が、入っていた。とても、頑丈で、まるで、屈強な男の心臓のようだった。そして、心臓移植の跡が、明らかに残っていた。
――アナの父の心臓だった。
「自らの命を絶ち、心臓移植したんだ……」
医師団長が、断定した。もちろん、移植手術自体は、辺境の村の医師が、行ったのだろう。
医師団長が、アナの胸部を縫合した。
アナは、スヤスヤと静かにしていた。
医師団長が、国王の元へ向かった。
国王の部屋には、国王、王妃、寧々、悪田が、待機していた。王妃が、寧々を優しくあやしていた。王子は、病院の病室で、産後体調を崩した王女の看病をしていた。
「どうだ、分かったか?」
国王が、期待を込めて聞いた。
「アナ殿には、心臓が移植されていました。おそらく、父上の心臓かと……」
医師団長が、驚愕の事実を国王に報告した。
「な、なんと……」
国王は、それを聞いて、度肝を抜かれた。
その時、悪田が、
「僕の心臓を使ってください!」
と、心臓移植を申し出た。悪田は、寧々のために命を投げ出す覚悟をしていた。
「拒絶反応の懸念があります。アナ殿の心臓は、アナの父上の心臓だからこそ。悪田の心臓移植は、不可能でしょう」
医師団長が、悪田の申し出を却下した。
「そ、そんな……」
悪田が、悔しそうに呟いた。
「……わしの心臓を」
国王が、意を決して言った。
「国王と王妃では、年齢が……寧々様の心臓移植は、もう少し先になりますし……せめて、五歳くらいにならないと。王子か王女なら、あるいは……」
医師団長が、国王を見た。
国王が、随分悩んだ。
「次期国王が、不在になるわけには行かない」
国王が、判断を下した。国王は、王子の心臓を差し出すことを躊躇したのではない。国を慮って、判断を下したのだ。
「それに、王女が、寧々の代わりに亡くなったのでは、寧々の命を奪うも同じこと」
「英断だと思います」
王妃が、答えた。王妃は、その国王の気持ちを十分理解していた。
「すまぬ、寧々!」
国王が、大人しく寝ていた寧々に抱きついて涙を流した。
こうして、寧々の根治手術は、見送られた。
「僕は、何もできないのか……」
悪田が、悔しがった。
数週間後、アナは、王国の馬車に乗って、多くの従者とともに、辺境の村に向かっていた。国王の最大の配慮だった。術後の経過も、順調だった。
そして、アナが、無事、辺境の村に戻った。
「アナ、おかえり」
アナの母が、アナを出迎えた。
「生きて帰って参りました」
「無事で良かった」
カズが、目を真っ赤にして、アナを迎えた。
「カズ……やったよ!」
アナが、無邪気にカズに抱きついた。アナの勇気も、カズがいればこそだった。
その晩、アナは、アナの母とともに、自宅で夕食を済ませた。
「お母さん、本当のことを話して」
アナが、アナの母に言った。
アナは、王国の医師の会話から、真実を悟っていた。
「そうね……確かに、お父さんは、自らの命を絶って、アナに心臓を移植したの……」
アナの母が、覚悟して、アナに真実を話した。
「お父さん……!」
アナが、慟哭した。
「お父さんのためにも、素晴らしい人生を歩んで」
アナの母が、アナを勇気付けた。
「……」
アナは、数日間、泣き明かした。
アナの母が、見るに見かねて、
「アナ、お父さんのお墓参りに行こうか?」
と、アナを誘った。
アナとアナの母が、アナの父の墓参りをした。
「アナ、聞いて……お父さんの心臓を移植した後ね。アナの心臓をお父さんに移植したの。もしかしたらとね……だけど、動かなかった。お墓の下のお父さんの体には、アナの心臓が入っているから」
アナの母が、伝えた。
「みんな……」
墓参りから帰ると、村中が、喪に服していた。村民は、誰も、アナの心臓の真相を知らなかった。そして、今、知った。村民は、皆、アナを勇気付けてくれた。それは、村民の優しさだったし、村長への敬意だった。アナは、感激して泣いてしまった。
「アナ、お父さんのように、強く生きなさい」
カズが、アナに声をかけてくれた。
「カズ……知っていたの?」
アナが、カズの様子から、それを悟った。
「……ああ、手術の直前に聞いた」
カズが、悲痛な表情を浮かべた。
「どうして、教えてくれなかったの?」
「言えるはずないじゃないか……実は、最期、アナのお父さんにも会ったんだ」
「え……」
「『アナを頼む』と、微笑んでいた。まるで死にゆく者の表情ではなかった。まさに、娘を助ける父の顔だった」
「お父さん! ……最高の父でした。この命、無駄にはしません」
父は、死んでいなかった。アナの体の中で、生きていたのだ。アナは、ようやく、父の死を受け入れることができた。
――確信なんてない。ただ奇跡を信じるだけ。
アナは、アナの父のこの言葉を思い出す度、奇跡を信じる。そして、父の思いを慮る。父もまた、この言葉を念じて、手術に挑んだのだろう。
数日後、王国の悪田が、辺境の村のアナに会いに行った。
「僕は、どうすれば?」
悪田は、寧々を救うために、居ても立ってもいられなかった。
「悪田が、心臓を寧々様に移植するのは、違うでしょうね。私だって、お父さんを身代わりにしてまで、生きたくなかった。重い十字架よ。寧々様には、そんな思いをさせちゃダメ。寧々様は、まだ幼いし、心臓発作が起きたりしないんだったら、カズに賭けてみては?」
「カズに?」
「カズは、猛勉強して、医師になろうとしている。私は、カズが、寧々様の心臓病を治してくれるんじゃないかって、信じているの」
「……」
「もっとも、私が、薬花で、心臓病を治す薬を作り出す可能性もあるけどね」
「そうか……方法は、色々あるんだな」
「そうよ。悲観的にならないで」
「ありがとう。恩に着る」
悪田は、目に涙を浮かべて、辺境の村の障害児者に偏見を抱いていたことを悔いた。
9
数年後、寧々が、王国の学校で学んでいた。心臓病のために、激しい運動はできなかったが、校庭を走り回っていた。
「寧々様、無理なさらず!」
王国の従者が、ハラハラしていた。
「ハッハハハハ」
寧々が、大きな声で笑っていた。
ある日、悪田が、国王に謁見して、
「辺境の村のアナとカズを王国の学校で学ばせてもらえませんか?」
と、直訴した。
「なぜゆえ?」
「あの二人の力を持ってすれば、将来、あるいは寧々様の心臓病を治せるのではないかと……アナが薬花師になって、カズが医師になれば、奇跡が起きるのではないかと信じています。僕も、医師になる覚悟を固めています」
自分の心臓を提供できないと分かった時から、次の一手を考え続けていた。
「……良いだろう。許可する」
国王も、その可能性に賭けてみる気になった。
「ありがとうございます」
悪田が、辺境の村へ行って、
「一緒に学ぼうか?」
と、アナとカズを王国の学校に呼んだ。
「良いの?」
アナが、驚いて、悪田に聞いた。
「もちろん」
そうして、アナ、カズ、寧々、悪田が、同じ学校で学んだ。アナとカズは、この時、二十歳。学校で学ぶには、少し年をとっていたが、悪田が、国王の名の下に、学校側の了承を得た。授業には、悪田も同席して、二人の勉強の補佐をした。アナとカズは、辺境の村の学校で学んでいたが、まだまだ学ぶことは多かった。
四人は、充実した生活を送っていた。アナ、カズ、悪田は、同学年で、一緒の教室で学んでいた。寧々は、まだ幼く、自由奔放に遊んでいた。寧々は、まだ、足し算を覚えたてで、何を見ても、一、二、三と、数えて回った。悪田は、甲斐甲斐しく、その後ろに付いて、一緒に数えていた。とても、微笑ましい光景だった。
寧々は、花に興味を持っていた。悪田が、学校の教室の近くに、花壇を作って、薬花を植えてくれた。寧々が、毎日のように、水をやり、手入れをしていた。寧々は、健気で一生懸命だった。寧々は、アナとカズとも、仲良く遊んでいた。特に、アナは、女の子同士、寧々の良き理解者になった。そして、何より、アナと寧々は、Xの病という絆で結ばれていた。
「これ、飲んでみなよ。心臓病に効くから」
アナが、寧々に心臓の薬を分け与えた。
「うわぁ、苦い」
寧々が、薬を飲んで、思わず顔をしかめた。
「ハッハハハハ」
カズと悪田が、大笑いした。
「産まれた時から飲んでいるんだ。もっとも、これは、私が作ったんだけどね。お父さんの作った薬には、まだ、及ばないんだ」
アナが、嬉しそうに言った。
「アナのお父さんの薬も、飲んでみたいな」
「そうだね、また今度。もうほとんど残っていないから」
アナとカズが、王国の学校を終えて、一緒に帰宅の途についた。
しかし、二人は、時間になっても、村には戻らなかった。
「アナとカズが、戻って来ません」
村から、王国に伝令が来た。
「どうしたんだろう……?」
悪田が、必死に探した。
二人は、王国の学校からの帰り道に、行方不明になってしまった。
辺境の村の村民も、王国の人々も、一緒になって探した。
その頃、アナとカズは、沢の近くにいた。アナが、帰り道の山道で足を滑らせ、沢に転落していたのだ。カズが、薬花を採って、その場で薬を作り、アナの傷口に塗って、アナを助けようとしていた。
そうこうするうちに、数時間が経っていた。
「大丈夫か、アナ、カズ!」
悪田が、二人を見つけてくれた。
アナとカズは、駆けつけた辺境の村の村民と王国の人々の助けを借りて、辺境の村の病院に搬送された。悪田も、一緒に辺境の村へ行った。
「僕が、王国の学校に誘ったからだ……」
悪田が、責任を感じて、悲しそうにしていた。
「……悪田のせいじゃない……本当に楽しかったから……ありがとう」
アナが、息も絶え絶えに言った。
「アナ……」
悪田が、男泣きをしていた。
「アナは、恩を仇で返すような真似はしないさ」
カズが、きっぱりと言った。カズは、薬の処方箋を見ながら、薬花から薬を作って、アナに与えた。
後日、アナが、回復した。モリモリと食事を摂って、苦い薬を飲んだ。
「カズの薬が、効いたのかな?」
アナが、嬉しそうに笑った。
「全ては、処方箋のおかげだよ。アナのお父さんに感謝だね」
「うん」
数日後、アナは、退院した。アナの傷は、すっかり完治していた。
アナとカズは、再び、王国の学校に通った。
「毎日が、本当に充実しているの」
アナの笑顔が、弾けた。アナは、悪田のために、以前よりも明るく振る舞った。そういう優しさも持ち合わせているのだ。
アナ、カズ、寧々、悪田が、学校の校庭で、元気よく遊んだ。
国王が、その姿を微笑ましく眺めていた。
王国の健常児者も、障害のあるアナとカズを受け入れてくれた。王国でも、障害に対する理解が進み、障害児者と健常児者の関係が、改善されていた。四人の尽力の賜物だった。
「ありがとう、アナさん、カズさん」
王国の健常児者が、寧々と一緒に遊ぶアナとカズにお礼を言った。
「良いってことよ」
アナが、嬉しそうに答えた。
アナとカズは、言いようのない充実感を感じていた。それこそが、障害を受け入れてもらった時の感情だった。とても優しく力強い感情だった。
寧々が、年頃には、まだ早いが、恋をした。
お相手は、カズだった。
寧々が、カズにべったりと付きまとい、いつも一緒にいた。
「カズの奴め。鼻の下を伸ばしやがって。しかし、相手が寧々では、勝ち目がない……」
アナが、二人の仲を苦々しく見遣った。
「そんなことないさ」
悪田が、アナに声をかけた。
「悪田は、ジェラシーとか感じないの? 寧々のこと好きなんでしょ?」
「まさか! 身分違いさ」
悪田が、顔を赤らめて、否定した。
「そういう時代じゃないでしょ。当たって砕けろ」
「砕けるのかよ!」
「ハッハハハハ」
「アナも、幸せになれると良いな」
悪田が、しみじみと告げた。
「そうね」
「カズなら、大丈夫だろう」
その時、寧々が、カズに、花束を差し出して、
「付き合ってください」
と、告白した。
「申し訳ない。僕には、アナしかいない」
カズが、真摯に答えた。
「やっぱりそうですか」
「やっぱり?」
「あら、私、そんなに鈍感じゃないわ。カズには、アナが必要ね。とても入り込む隙がないわ」
寧々が、カズとの恋愛を諦めた。
「すまない」
カズが、申し訳なさそうに言った。
「その代わり、アナを幸せにしてね。約束よ」
「ああ、必ず」
寧々は、花壇の花いじりをすることで、自らの傷心を癒していた。
「綺麗な花が咲きましたね」
悪田が、寧々の側に寄り添っていた。とても、微笑ましい光景だった。
「わ〜い!」
アナは、王国の学校の校庭を元気に走り回っていた。
「あまり走るなよ!」
カズが、アナを注意した。
この四人は、本当に奔放で自由だった。
ある日の午後、アナ、カズ、悪田、寧々が、王国の学校の授業で、校庭で運動をしていた。その時、寧々が、校庭にうずくまった。
「大丈夫か!」
悪田が、すぐに駆け寄った。
悪田が、
「寧々! 寧々!」
と、大きな声をかけたが、寧々の意識は、遠のくばかりだった。
心臓発作だった。
寧々は、すぐに、城内の病院に搬送された。この時、寧々の意識は、全くなかった。
「寧々、死ぬのは、まだ早いぞ」
悪田が、必死に大きな声をかけ続けた。
翌朝、悪田が、一睡もしないで、寧々の看病を続けていた。
「悪田、祈れ」
アナとカズが、寧々の病室に来て、声援を送った。
アナは、肌身離さず持っていたお守りの中から、アナの父の残した心臓の薬を取り出して、
「寧々に飲ませよう」
と、悪田に言った。
「良いのかい?」
「今使わずに、いつ使うんだ」
アナ、カズ、悪田が、寧々の体を起こして、薬を水に溶かして、口に流し入れた。
数日経ち、寧々が、
「ん……」
と、意識を回復させた。
悪田が、寧々のベッドの脇で看病していた。
「寧々、聞こえるか! もう大丈夫だから!」
悪田が、興奮して声をかけた。
「うん、ありがとう……悪田の声が、ずっと聞こえていた……」
悪田の声は、寧々に届いていたのだ。
悪田は、それが嬉しくて、おいおい泣いてしまった。
アナとカズも、寧々の病室に駆けつけた。
「薬が効いたのかな?」
悪田が、嬉しそうに寧々に微笑みかけた。
「薬?」
「お父さんが、最後に作ってくれた心臓の薬だよ」
アナが、優しく答えた。
「……まだあったの?」
「これで最後。私が作ったのじゃないから、大丈夫」
「ハッハハハハ」
カズが、大笑いをした。
「アナは、薬が無くなって、大丈夫なの?」
寧々が、心配そうに聞いた。
「お父さんが、守ってくれているから。身も心も」
アナの体の中にはアナの父の心臓があり、アナの心の中にはアナの父と過ごした思い出があった。
「ありがとう」
寧々が、涙を流して、喜んだ。
この四人の友情は、とてつもなく、強固だった。四人にとって、障害は、紛れもなく、長所だった。障害は、悪いことばかりではない。それを体現したのが、この四人だった。
「この関係を全国に広めたい」
アナが、展望を語った。
「応援する」
悪田が、誇らしげに呼応した。
アナが、自宅で、アナの母と夕食を食べていた。
「ねぇ、お母さん。私の薬とお父さんの薬、どこが違うのかしら? 明らかに、効き目が劣るのよね」
「お父さん、よく言っていたわ。『確信なんてない。ただ奇跡を信じるだけ』って」
「そうだったね」
「アナも、その心境になってみれば? 本気で」
「そうか……そうしてみるね」
「頑張って」
「うん」
それから、寧々は、順調に回復していた。
アナ、カズ、寧々、悪田が、寧々の病室で、夢を語り合った。
「薬の使い手になって、多くの人を救いたいの」
アナが、抱負を述べた。
「お父さんという素晴らしい手本がいるからね」
カズが、優しく声をかけた。
「そうね、偉大な父」
「僕は、医師になって、アナと寧々を救いたい」
カズが、目を輝かせた。
「勉強大丈夫なの?」
寧々が、素朴な質問をした。
「僕は、熱中すると、我を忘れて、勉強できるんだ」
「凄い能力よ」
アナが、誇らしげに言葉を添えた。昔から一緒に学んでいたので、よく知っていたのだ。
「Yの病の特長さ」
事実、Yの病の子は、強い執着心を持つ。それを、上手い方向に誘導してあげると、素晴らしい成果を残すことがある。
「頑張ってね」
寧々が、カズに声をかけた。
「うん」
「争いのない世界にしたいわ」
寧々が、胸を張って答えた。
「そうね、争いからは、何も生まれないから」
アナが、実感を込めた。
「寧々を救いたい」
悪田が。真っ赤な顔をして呟いた。
「悪田、顔が赤いぞ」
カズが、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
「本気なんだ」
「ああ、分かっている」
四人は、夢に向かって、邁進していた。四人にとっては、とても大きな夢だった。それでも、四人は、諦めなかった。
寧々が、退院することになった。
「どこか、行きたいところはありますか?」
悪田が、寧々に問うた。
「心臓病に効く薬花を見に行きたいわ」
寧々は、自らの命を救うことになった薬花をどうしても見たかった。
「あそこは、山奥で、今は……」
カズが、二の足を踏んだ。
「どうしても、行きたいな」
「僕が、おぶって、行きますよ」
悪田が、申し出た。
「それじゃ、行ってみようか?」
アナが、号令をかけた。
後日、四人が、辺境の村の裏山へ歩みを進めた。
「もっとも、昔に比べると、道も良くなっているけどね」
カズが、一行を先導した。
「もうすぐよ」
アナが、寧々に声をかけた。
「悪田、大丈夫か? ぐったりしているぞ」
カズが、寧々を背負う悪田に聞いた。
「何のこれしき。でも、正直辛い」
「ハッハハハハ」
「こ、これは……」
アナが、小川の源泉にたどり着いて、絶句した。
薬花は、枯れてしまっていた。
「小川が、干上がったんだ……先の大雨の影響だ」
カズが、分析した。
「これじゃ、心臓病が治せない」
アナが、困惑した。
「小川の上流に行けば、あるいは……」
「行ってみよう」
悪田が、号令をかけた。
それから、四人は、小川の上流へ行って、薬花を探した。
「あった!」
アナが、それを見つけた。
「他にも、見たことのない薬花がある。早速、薬を作ってみよう!」
カズも、嬉しそうに薬花を摘んだ。
「怪我の功名ね」
寧々が、嬉しそうに告げた。
それは、大雨のもたらした奇跡だった。
四人は、辺境の村へ行って、アナとカズが、薬を作った。
「よし、できた」
アナが、薬を完成させた。
「飲んでみようかな」
アナが、自ら、薬を飲もうとした。
「いや、僕が」
カズが、名乗り出た。
「初めて飲む薬って、度胸いるよね」
寧々が、心配そうに見つめた。
「みんな薬花師を信じているんだ」
カズが、薬を飲んだ。
「どう?」
アナが、カズに問うた。
「すぐには、効果が出るものではないらしい」
「続けて飲んでみようか」
「そうだね」
それから、カズは、この薬を飲み続けた。
しばらくして、カズが、
「アナ、すごい効果があったよ!」
と、アナに報告した。
「どんな?」
「知的障害が、改善されるんだ!」
「そんなことある?」
「あったんだ! 学校の難しい問題が、明らかにできるようになった」
「それって、すごいわ!」
アナとカズが、手を取り合って、喜んだ。
「早速、知的障害のある人々に処方してみよう!」
「うん!」
10
王国が、毒矢の民の集落に攻め入り、制圧した。王国は、長きにわたり、毒矢の民の集落にも、兵糧攻めをしていたのだ。毒矢の民は、王国の兵力の前に、ほとんど何も抵抗せずに投降した。それは、まさに国王の望んだ結果だった。そして、それは、アナの善行のおかげでもあった。毒矢の民は、明らかに前とは異なる考え方を持っていた。慈愛に満ちた、優しい考え方だった。
数日後、国王が、従者とともに、辺境の村へ行って、村長のアナたちに会った。
「もう毒矢に怯える生活からは、解放されますよ」
国王が、辺境の村の住民に約束してくれた。
「ありがとうございます」
アナが、お礼を言った。
「ただ……医師団長が、怪我をしてね。今、城内の病院にいる。一応、辺境の村の薬を用意してはもらえぬか?」
戦の最中、王国の医師団長が、巻き添えを食らって、大怪我を負ってしまっていたのだ。
「もちろんです」
早速、アナが、辺境の村の薬花師とともに、薬花を採取して、薬を作って、王国に向かった。アナの母も、それに同行した。
辺境の民の一行が、王国の医師団長の治療室に着いた。
「しっかりしてください、医師団長!」
アナが、声をかけた。
「…………アナか」
医師団長が、アナとアナの母を見て、満足そうにかすかに笑みを浮かべた。
アナは、辺境の村の最高の薬を持参して、医師団長に与えた。
数日後、医師団長は、逝った。
アナの母が、医師団長の死に直面して、
「なぜ、この人が、亡くならなくては、ならないの!」
と、悲しみに暮れた。
「すみません。我々の力不足でした」
アナが、気丈に国王に謝罪した。アナの父亡き今、辺境の村の薬では、効き目が不十分だったのかも知れない。
「いや、この数日間、生き長らえたのは、辺境の村の薬のおかげじゃ。医師団長も、満足しているだろう」
国王は、わずかに目に涙を浮かべていた。
「お疲れ様でした」
アナが、医師団長の手を握った。アナは、薬花師としての修行に邁進することを誓った。
「医師団長は、前線の兵士を勇敢に治療していました。『一人の犠牲者も出さない』と……そう言っていました」
王国の兵士が、悲しそうに告げた。
「自分が亡くなったんじゃ、意味ないじゃない……犠牲者は、出たの?」
アナの母が、その兵士に問うた。
「いえ、医師団長以外は、無事でした」
「……馬鹿! ……だけど、よくやったね。素晴らしい人生だった」
翌日、医師団長の葬儀が、王国でしめやかに執り行われた。アナとアナの母も、参列が許された。辺境の村の村民も、全員、村の公会堂に集まって、医師団長のために喪に服した。
「色々、尽力いただき、ありがとうございます」
アナが、医師団長の遺影にお礼を言った。
葬儀では、アナの母の涙が、止まることはなかった。本当に素晴らしい盟友だった。
辺境の村の緑豊かな大地と自然の恵みが、戻って来た。国王が、辺境の村を元通りにしてくれたのだ。
「随分遅くなって申し訳ない。その代わり、今後、他のどの国にも、攻め込ませないように、未来永劫、守りますから」
国王が、断言した。
「ありがとうございます」
村長のアナが、お礼を言った。
「何か希望はありますか?」
国王が、アナに問うた。
「辺境の村の障害児を、王国の学校で、学ばせてください」
「了解」
国王が、すぐに実行に移した。多くの辺境の村の障害児が、王国の学校で、学ぶことができた。しかも、障害児の学費は、全て免除された。
「障害児からは、多くを学びますから。お金を払ってでも受け入れたいくらいです」
国王の粋な計らいだった。この頃になると、王国でも、障害が受け入れられて、障害児者にとっても、暮らしやすい環境が整っていた。それもこれも、アナを始めとする、辺境の村の障害児者と王国の悪田や寧々の尽力によるものだった。時代を変えたのだ。
アナが、王国の学校の授業で、教鞭を執った。悪田と寧々からの猛プッシュの結果だった。
「Xの病の私が、先生なんて、おこがましいわね」
アナが、自虐的に生徒に言った。
「いえいえ、尊敬しています。自信持ってください」
王国の学校の生徒が、答えた。教室には、辺境の村の障害児もいたが、大人しく座っていた。
「ありがとう……障害児は、なぜ産まれるのか……考えたことはありますか?」
アナが、王国の学校の生徒に聞いた。
「分かりません」
王国の学校の生徒が、正直に答えた。
「そう。意味なんてありません。ただ……産まれた障害児を如何に扱うか。それが、問われているのです。ぞんざいに扱うなら、不幸の種になりますし、大切に扱えば、幸の源になります。障害児にとっても、健常児にとっても、ね。障害児のこと、大切にしてあげてください」
「はい! 障害児、好きです」
王国の学校の生徒が、元気よく返事をした。辺境の村の障害児が、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう」
アナが、授業を締め括った。
障害は、王国の健常児たちにも、受け入れられていたのだ。ここまで来るのは、決して平坦な道ではなかった。多くの犠牲もあった。だからこそ、今の幸せがあった。アナは、それを噛み締めるように、王国の学校の生徒の顔を見渡した。みんな目を輝かせていた。
その時、教室の外から、低い声で、
「寧々を救ってくれたのも、アナだった」
と、聞こえた。
教室に入って来たのは、なんと国王だった。国王は、こっそり教室の外から、授業を見学に来ていたのだ。
「国王様だ!」
生徒が、驚いて、国王の姿を見た。
国王が、授業を見に来ることは、異例中の異例だった。
「今の平和は、国王の尽力ですわ」
アナが、国王を称えた。
生徒が、アナに尊敬の眼差しを向けた。アナは、確かに時代を変えたのだ。
「良いことを聞けた。まさか、幸の源が、障害にあったとはな」
国王が、アナの言葉を引用して、優しく微笑んだ。笑ってはいたが、心からそう納得していた様子だった。寧々の将来が、楽しみになっていた。
アナとカズが、辺境の村の学校の運動会に出席した。運動会には、多くの生徒が参加し、その父兄が、観戦に来ていた。
「アナ〜、久しぶり!」
アナの幼馴染が、アナに声をかけた。
「ああ〜、お久!」
アナは、王国に行くことが多くなり、辺境の村の幼馴染と会う機会があまりなかった。
「立派になって!」
「それほどでもないさ」
「またまた、ご謙遜を」
「あ、分かる?」
「ハッハハハハ」
事実、アナは、とても立派に成長した。アナの幼馴染は、そんなアナが、とても誇らしかった。
運動会では、アナとカズが、久しぶりに二人三脚の競技に参加した。
「アナ、足動かせよ!」
カズが、大きな声で指示した。
「え〜、無理!」
「諦めるな!」
「ハッハハハハ」
運動会に観戦に来ていた父兄が、大笑いした。アナは、運動に関しては、全く成長していなかった。
「みんなに楽しんでもらいたいから」
アナが、しみじみと言った。アナは、どんな時も、周りの人のために生きて来た。それが、アナの成長の原動力だった。辺境の村の村民は、そんなアナの魅力を知っていたので、アナに愛着と尊敬の念を持っていた。
アナが、日夜、製薬場で、薬の処方箋作りに没頭していた。貴重な薬花を採取しては、調合を繰り返した。
「アナ、なんの薬を作っているんだい?」
カズが、心配になってしまうほどだった。
「カズには関係ないわ」
アナが、軽くあしらった。
「関係ないって……休み休みやらないと、体壊すぞ」
「ほっといて!」
アナが、製薬場を飛び出してしまった。
「なに怒っているんだ?」
カズが、アナの背中を見送った。
それからも、アナが、あーでもないこーでもないと、薬を作り続けた。
ある日、アナが、製薬場で、薬の処方箋を書きながら、うたた寝をしていた。
「風邪ひくぞ」
カズが、毛布をかけようとすると、処方箋の文字が目に入った。
処方箋:〈恋わずらいに効く薬の作り方〉
「アナ……」
カズが、思わず微笑んだ。鈍感なカズでも、アナの恋の相手が、自分であることに気づいた。
「僕が、処方箋を書いてあげよう」
カズが、処方箋の続きを書いた。
処方箋:〈薬花じゃなくても良い。好きな花を摘み採って、好きな人に渡す。言葉を添える必要もない。想いは通じる。その気持ちが、恋わずらいの特効薬になる〉
「……ん、寝ちゃったわ」
アナが、起きて、処方箋を見て、
「やだーーー! カズに見られたー!」
と、大声で叫んだ。
見慣れたカズの字だった。
翌日、アナが、山へ行って、ピンクのかわいい花を摘んで、カズに、
「……」
と、無言で渡した。
「処方箋通りだな」
カズが、花を受け取ってくれた。
「じゃあな!」
アナが、照れ臭そうに走り去った。
恋わずらいの処方箋は、薬花教室の子供たちの間で、よく効くと評判になって、処方箋の殿堂入りを果たした。
カズと悪田が、王国の授業を終えた。
「改めて聞くが、カズは、どうして医師を目指す?」
「心臓病なんかの障害の合併症を改善したいんだ。そして、最終的には、アナのXの病を治す」
「そうか。僕は、寧々を救いたい」
「頑張ろうな」
「ああ。全力で学ぶよ」
カズと悪田は、王国の学校を卒業して、隣国の医学の学校に通った。そこで、西洋医学を学んだ。
「立派な医師になろうぜ」
カズが、悪田を鼓舞した。
「ああ、寧々様を守るんだ」
悪田も、決意を固めた。
カズと悪田が、隣国の学校に行っていた頃、寧々が、辺境の村へ遊びに来ていた。
「カズと悪田がいないと、ロマンスが足りないわね」
アナが、嬉しそうに寧々に告げた。
「ロマンスか」
「ハッハハハハ」
その時、辺境の村の畑付近で、「きゃー!」と、悲鳴が上がった。
「何かしら?」
アナが、畑の方に駆けて行った。
「待って」
寧々も、アナについて行った。
「狼だわ!」
アナが、驚きを隠せなかった。
数頭の狼が、畑の薬花を荒らしていた。
「薬花が!」
アナが、近くの槍を持って、狼に戦いを挑んだ。
「助太刀します!」
寧々も、槍を持って、応戦。
「寧々は、無理しないで!」
アナが、寧々も守る羽目になった。
その時、シュッと、狼に矢が刺さった。
アナが、矢の飛んできた方を見て、
「貴方方は……」
と、呟いた。
「狼が、辺境の村の方にいるとの情報を受けて」
右腕に火傷のある女性が、その夫とともに、毒矢を放っていた。
「毒矢の民?」
寧々も、感激した。
そうして、なんとか狼を撃退した。
「ありがとうございます」
アナが、右腕に火傷のある女性と夫にお礼を述べた。
「いえ」
「アナ、辺境の村の村民の手当をしないと」
寧々が、アナを促した。
「そうね」
アナが、村民に薬を塗った。
「薬花を守るために怪我をしたんじゃ、元も子もないじゃない」
寧々が、勇敢な辺境の民を称えた。
「全く」
「ハッハハハハ」
11
数年後、カズと悪田が、猛勉強をして、無事、心臓外科医になった。二人は、しばらく隣国の医学の学校に残り、心臓病の研究をしていた。
「これで、寧々様を救える」
二人は、心臓病の根治手術の方法を確立した。
カズと悪田が、王国に戻った。王国総出の大歓迎を受けた。
早速、悪田が、
「寧々様、心臓病の根治手術を施したいのですが」
と、寧々に進言した。
「信用しています」
寧々が、短く答えた。
数日後、カズと悪田が、寧々の根治手術を行った。
手術は、五時間ほどかかった。
カズと悪田は、必死だった。
手術が終わった。
「成功だ」
悪田が、満足そうに呟いた。
寧々が病室に移されて、悪田が見守っていた。
その時、国王らが、病室に行って、
「よくやってくれた、悪田。本当にありがとう」
と、お礼を述べた。
「国王のご決断と、アナとカズの尽力の賜物です」
悪田が、頭を下げた。
この根治手術の成功は、国王が、アナとカズに王国の学校で学ぶことを許可したからだった。
「悪田の申し出のおかげだ。よく言ってくれたね」
「……」
悪田は、感無量で、涙を堪えて返事ができなかった。
翌日、寧々は、深い眠りから覚めた。悪田が、枕元で、看病していた。
「手術は、成功しましたよ。心臓病は、根治しました」
悪田が、寧々に優しく告げた。
「敬語は止めて」
「はい……もう大丈夫だよ、寧々」
悪田が、照れ臭そうに顔を赤らめた。
「ありがとう」
寧々が、嬉しそうに笑った。
後日、アナとカズも、寧々の元へ駆けつけた。寧々は、スヤスヤと寝ていた。
「悪田が、いなかったら、この手術方法は、導き出せなかっただろう」
カズが、しみじみと悪田の肩を叩いた。
「お互い様さ。カズの執着心は、凄まじかった。あの心臓細胞の再生実験を十万回もするなんて」
「Yの病の本領発揮さ」
「魂、見せてもらった」
「あの時、僕とアナを王国の学校に呼んでくれて、ありがとう」
カズが、改めて、悪田にお礼を述べた。
「いや、良いんだ。国王に感謝してくれ」
「そうね」
アナが、寧々の額の汗を拭った。
「あそこでの学びがなかったら、根治手術は、不可能だったかも知れない」
カズが、悪田と握手を交わした。
「アナとカズには、感謝している」
悪田が、また泣きそうになった。
寧々が、目を覚まして、
「良い匂いがする」
と、呟いた。
「病室に花壇の薬花を活けておいたんだ。薬花には、花を司る花神が宿ると言うからね」
悪田が、優しく答えた。
「ありがとう。癒されるわ」
「どう、調子は?」
アナが、寧々に声をかけた。
「もうすっかり大丈夫よ。根治手術と薬のおかげね」
寧々が、笑った。
寧々は、ずっとアナの心臓の薬を飲み続けていた。
「これからも、アナの薬にお世話になるわ」
「精進するわ」
アナが、お茶目に言った。
「ハッハハハハ」
「この四人がいれば、何でもできる気がするの」
寧々が、目を輝かせた。
「そうね、平和な世の中にしたい」
アナが、満足そうに窓の外を見た。木漏れ日が、綺麗に輝いていた。
アナ、カズ、悪田が、寧々の病室を後にした。
「カズ、悪田。西洋医学で、ユリアさんの病気を治せないかしら?」
アナが、切り出した。
「一応、色々考えて来たんだけど、正直難しそうだ」
カズが、申し訳なさそうに答えた。
「何せ、原因が分からないからね」
悪田も、お手上げといった様子。
「これから、二人で診てみるつもり」
「お願い」
アナが、カズと悪田に頭を下げた。
それから、三人で、ユリアの病室へ行った。
「やはり、難しいな……」
カズが、ユリアの病状を診た。
「無念だ」
悪田も、暗い顔をした。
「すまない、アナ」
数時間後、遊々が、ユリアの元へ戻って、
「おお、カズと悪田。久しぶりだな」
と、喜びをあらわにした。
「今、ユリアさんの病状を診たんですが……」
カズが、病状を説明した。
「そうか、治せないか……」
「すみません」
「謝ることじゃない。きっといつの日か、この難病が、治ることを夢見て、精進するのみだよ。それより、寧々の件、すごいじゃないか!」
「ありがとうございます」
カズと悪田が、恐縮した。
「これからも、人々のために尽力してくれ」
「はい」
「アナ、薬花だよ」
遊々が、アナに薬花を差し出した。
「ありがとう」
アナが、薬花を受け取って、製薬場へ行って、薬を作った。
「早速、薬を作ったわ」
アナが、薬を取り出した。
「飲んでみようかしら」
ユリアが、申し出た。
「ちょっと不安だけど」
「自信持って」
「じゃ、これ……」
アナが、ユリアに薬を飲ませた。
「……良薬口に苦しね」
ユリアが、顔をしかめた。
「どうだい?」
遊々が、ユリアの顔を覗き込んだ。
「何だか、体が、軽くなった気がするわ」
「そんなにすぐに効果出ないわ」
アナが、それを否定した。
「気持ちの問題よ。アナの薬には、心の病を治す力がある」
ユリアが、断言した。
*
アナとカズが、結婚することになった。
同時に、悪田が、寧々と結婚することになった。
アナとカズ、悪田と寧々の結婚式を、王国で合同で行うことになった。王国の大広間に、四人の関係者を集めて、盛大な結婚式が、催された。ピカピカに光る銀食器、ロウソクの炎、シャンデリアの輝き、美味しい料理など、素晴らしい物に囲まれていた。そして、何より、関係者の温かい眼差しが、結婚式の最中、途切れることはなかった。
「カズ、おめでとう」
カズの母が、カズに声をかけた。満面の笑みだったが、どこか寂しそうだった。
アナの母が、
「アナの障害が分かった時、谷底に突き落とされたような気がしました。しかし、主人……今は亡き主人が、言ってくれたんです。『この子は、幸せになる。幸せにするんだ。そして、周りの人々も、幸せにしてくれるだろう。共に、育てよう。光り輝く我が娘を』と。主人は、優しくアナを抱いてくれました……アナは、本当に、周りを幸せにしてくれました。ありがとう、アナ」
と、アナの父の言葉を語った。
会場から、大きな拍手がわいた。
「お父さん……」
アナが、優しく微笑んだ。
「アナ、立派になって……」
王国の王妃が、孫であるアナに声をかけた。王妃は、アナの母と目を合わせて、頷いた。それが全てだった。アナの母は、王国を飛び出して、苦労もした。アナの父も失った。しかし、全ては、この日の幸せのためだったのだ。
「皆さんのおかげです。そして、これが、辺境の村の底力です」
アナが、誇らしげに笑った。
アナは、本当に立派に成長した。障害児として産まれ、辛酸を嘗めて来た。それでも腐らず、努力して来た成果だった。今は、辺境の村の村長として、村民の太陽のような存在になった。みんなに慕われる、素晴らしい村長だった。
「一介の従者の息子が、王族の寧々殿と結婚なんて、僭越なんですが……」
悪田が、謙った。
「良いのよ、尻に敷くから」
寧々が、お茶目に言った。寧々は、ユーモアのセンスも持ち合わせていた。
「ハッハハハハ」
会場から、どっと笑いが起きた。
悪田は、思わず苦笑いした。
結婚式が終わり、カズが、寧々の近くに行って、
「悪田は、寧々の心臓病が分かった時、自らの心臓を提供しようとしたんだよ」
と、小さな声で告げた。
「悪田が……?」
寧々が、隣の悪田を驚きを持って見た。
「ああ、だから身骨を砕いて守ってくれるだろう」
「寧々を幸せにしてくれると確信している」
アナも、嬉しそうに言った。
「ありがとう、悪田」
寧々が、悪田に抱きついた。寧々は、この時、初めて、悪田のことを家臣ではなく、夫として認めることができた気がした。
「幸せにするから」
悪田も、同じ気持ちだった。
「アナ、カズ……昔、障害児者が、恋なんてしちゃいけないなんて言って、ごめんな」
悪田が、アナとカズに謝った。
「あー、あったね。そんなこと」
カズが、思い出した。
「ハッハハハハ」
アナも、笑い飛ばした。
「良いんだよ。あの言葉のおかげで、僕らは、愛を確かめ合ったくらい」
カズが、本当のことを告げた。
「そうだったね。障害児者だって恋をしても良い。幸せになれる。それを証明して見せる……そう誓ったんだっけ」
アナが、懐かしそうに思い出した。
「幸せにするよ、アナ」
「よろしくお願いします」
アナとカズは、辺境の村のカズの自宅で、悪田と寧々は、王国で暮らすことになった。
12
アナは、辺境の村で、村長として、薬花師として、日々奮闘していた。カズも、村で、薬花に精通した医師として、活躍していた。
アナが、辺境の村の製薬場で、薬花教室を開いて、村の子供たちに、薬の作り方を伝授していた。それは、かつて、アナの父が、熱心に行なっていた活動だった。
「は〜い、処方箋を書き写しましょうね」
アナが、子供たちに声をかけた。
「は〜い」
子供たちは、素直に指示に従った。
「裏山に行くよ〜。はぐれないようにね〜」
アナが、子供たちを裏山に連れて行き、薬花を採取した。
「今度は、いよいよ薬を作るからね〜」
アナが、子供たちに、薬の作り方を教えた。
出来た薬は、実際に、患者に飲ませた。子供たちは、自分の薬を飲んだ患者を大切にした。まるで、一人一人が、立派な薬花師になったような気分だった。それは、とても貴重な体験だった。
「病は、心で治すの」
アナが、子供たちに言った。子供たちは、アナを信頼して、その言葉に従った。アナは、誰からも好かれ、頼りにされる存在になっていた。そこには、障害も健常もなかった。それは、アナが、人生をかけて、育んで来た信頼だった。
この薬花教室には、毒矢の民の子供も含まれていた。
「どうして、毒矢の民の子供なんて……」
カズは、カズの父の命を奪った毒矢の民をどうしても好きにはなれなかった。
「お父さんが、生きていたら、きっとそうするだろうから。それに、毒矢の民の集落で、障害児者が、市民権を得たの。あの牢屋であった男の子の弟さんも、補佐してくれているのよ。素晴らしいでしょ!」
アナが、嬉しそうに微笑んだ。
「君は、不思議な人だ。アナの判断力は、父親譲りということもあるが、障害者ゆえの健気さでもある。そんなアナが、誇らしいよ」
カズも、微笑んだ。
「今日の夕飯、昨日の残り物だから」
「え〜」
「ハッハハハハ」
ある日の薬花教室の後、毒矢の民の子供たちが、アナとカズの元に集まって、
「辺境の村の村民の皆さんのお墓参りをしたいんですが……」
と、申し出た。
「良いよ」
アナが、快諾した。
それから、アナとカズが、毒矢の民の子供たちを墓地に案内した。墓地には、大きな墓石が置いてあった。墓石の下には、先の戦で亡くなった辺境の村の村民たちが、眠っていた。毒矢の民の子供たちが、墓に手を合わせて、泣いてくれた。
「ありがとう、みんな」
アナが、子供たちに頭を下げた。
アナとカズも、思わず、もらい泣きしてしまった。辺境の村と毒矢の民の素晴らしい関係性が、築かれていた。
薬花教室の生徒の中には、毒矢の民のYの病の子供も、含まれていた。毒矢の民も、障害児を育てる方針になっていたのだ。
「同じ障害だから、特別扱いしちゃうよ〜」
カズが、嬉しそうに言った。カズが、甲斐甲斐しく、その子の面倒を見ていた。
カズの母が、製薬場にやって来て、カズの姿を微笑ましく眺めていた。
(今のカズになら、告知できるかも知れない……)
カズの母が、意を決した。
その晩、カズの母が、製薬場の片付けをしているカズの元へ行った。
「カズ、大事なお話があります」
カズの母が、切り出した。
「なんだい?」
「…………カズは、本当は、うちの子じゃないの」
「…………何言っているの、お母さん?」
「毒矢の民の子だったの。ある冬の日、村の入り口に置かれていた」
カズは、カズの父母の実の子ではなかった。
「え……?」
カズは、随分落ち込んで、カズの自宅に飛び込んだ。障害児だと告知された時も、ショックだったが、この話も、大きなショックだった。
「……」
カズは、気がつくと、アナの前に立ちすくんでいた。
「どうした、カズ?」
アナが、カズの異変に気付いて、優しく声をかけた。
「僕、養子だった……」
「……そっか。今まで愛してくれたお母さんに恩返ししないとね」
アナが、事も無げに答えた。こういう時のアナには、芯の強さのようなものがあった。それは、本当に追い詰められた時にこそ、真価を発揮するのだ。
「恩返し……」
カズは、アナの言葉に目を覚ました。
その夜遅く、カズの養母が、帰宅して、カズの寝顔をしみじみと見た。
数日後、カズは、落ち着いて、カズの養母に、
「実親は、健在なの?」
と、聞いた。
「うん。毒矢の民の集落で、暮らしている」
「会いたい」
「分かったわ」
カズの養母が、カズの実親宛の手紙を書いてくれた。カズが、それを持って、毒矢の民の集落に行った。道中、カズは、不安で押しつぶされそうだった。実親がいるのならば、会ってみたい。でも、それを拒む気持ちもあった。
(会ってどうする?)
カズの心の中で、カズの心の声が、こだました。
そうこうするうちに、カズは、毒矢の民の集落に到着した。
「よし……!」
あとは、一気呵成だった。集落の門番にカズの養母の手紙を見せた。門番は、カズを丁重に、集落の小さな家に案内してくれた。門番が、中に入って、何やら話をしていた。
門番が去って行き、初老の男性と女性が、現れた。
「お父さん、お母さん……?」
「そうよ」
目の前にいるのは、紛れもなくカズの実親だった。
「カズ!」
三人が、抱き合って喜んだ。
カズの実親は、カズを大歓迎してくれた。
「すまなかった」
カズの実父が、カズに謝った。
「いや、あの時代、仕方のないことだった。辺境の村で、楽しく暮らしていたよ」
「そうかい、良かった良かった」
カズの実母は、念仏を唱えるように言葉を発していた。カズの実母は、右腕に火傷の跡があった。
その日は、カズの実母が、腕によりをかけて、食事を作ってくれた。
カズは、実親とともに、楽しい時間を過ごした。
まるで、この日カズが来ることが決まっていたかのように。
翌日の朝、カズが、カズの実親に、
「また来るね」
と、告げた。
「うんうん。またいらっしゃい」
カズの実母が、嬉しそうに答えた。カズの実父は、涙をこらえるのに必死だった。実親は、カズの後ろ姿をいつまでも見送っていた。
カズの実親は、辺境の村に置き去りにした時、すでにカズの障害のことを知っていた。カズは、産まれてから、一度も泣かなかったのだ。
だから、カズの実母は、右腕に火傷の痕をつけた。一生、カズのことを忘れないように。
*
十数年前、カズの実母が、カズを産んで、
「男の子だわ!」
と、喜んだ。
「うんうん、良くやった」
カズの実父が、カズの実母の頭を撫でた。
しかし、数日後、医師が、
「カズくん、反応に少し問題がありますね」
と、告げた。
「それって……障害……?」
カズの実母が、動揺した。
「おそらく」
「そんな……」
毒矢の民は、障害について、あまり詳しくなかったが、幼い頃に、その診断をして、育てるか否かの判断をしていた。
「……カズを手放そう」
カズの実父が、苦渋の決断をした。
「貴方……」
「仕方のないことだよ。辺境の村の村民が、立派に育ててくれる」
「カズ……!」
カズの実母が、おいおい泣いた。
カズを手放す日の早朝、カズの実母が、カズの体を洗って、清めていた。
「カズ、一生、忘れないから」
カズの実母が、熱湯を自分の腕に引っ掛けた。
「何しているんだ!」
カズの実父が、驚いて、手当をした。
「ごめんね、カズ!」
カズの実父と実母が、カズを連れて、辺境の村の入り口へ行った。
「ごめんね、ごめんね。カズ」
カズの実母が、半狂乱になっていた。
「さ、行こう」
カズの実父が、カズの実母の手を引いた。
「カズ……」
カズの実母が、何度も何度も振り返った。
カズの実父の目にも涙。
カズは、安心しきった様子で、すやすやと寝ていた。
*
カズが、辺境の村に戻って、真っ先にカズの養母に、
「会って来たよ」
と、一言だけ告げて、微笑んだ。
「どうだった?」
「今までありがとう」
カズが、心を込めて、お礼を述べた。
カズは、次に、アナに会いに行った。アナは、製薬場で、薬花教室を開いていた。
「ありがとうな、アナ」
「良いのよ、カズのためだもん」
「こんなことを言える立場じゃないけど、できれば、村のために生きたい」
カズが、アナに申し出た。
「大歓迎です」
アナが、嬉しそうに笑った。
「これ、もらって来たんだ」
カズが、毒矢の民の薬の処方箋を持っていた。カズの実親が、裏山の森の獣の毒の解毒剤の作り方を伝授してくれたのだ。
「凄いわ!」
アナが、興奮していた。それは、アナには作れない薬の処方箋だった。毒のことに長けた、毒矢の民ならではだった。
その夜、カズが、カズの自宅に戻って、カズの養母と時間をともにした。
「辺境の村では、障害児者を分け隔てなく育てる。だから、お母さんは、あえて言わなかったの。お父さんもね」
カズの養母が、きっぱりと言った。
「ありがとう。これから、お母さんには、恩返しをするから」
「何言っているの。もう十分よ」
「そっか……」
カズが、小さく呟いた。
カズの養親は、カズに養子だとは、伝えていなかった。その判断が、正しかったどうかは、分からなかった。ただ、カズは、養親の愛情に育まれて来た。それは、紛れもない事実で、カズは、カズの養親に感謝していた。
後日、アナとカズが、毒矢の民の薬の処方箋を参考に、裏山に分け入り、薬花を採取した。それから、製薬場に行って、実際に、解毒剤を作った。アナとカズが、解毒剤を毒に投与する実験をした。
「凄い! 本当に効いたわ!」
アナが、興奮した。
その薬は、本当に毒に効いた。そして、多くの村民が、助けられた。
*
数ヶ月後、カズの実父が、アナとカズの熱烈な呼びかけに応じて、辺境の村の薬花教室の一日先生を引き受けてくれた。カズの実父は、教室で、毒矢の民の解毒剤の作り方を教えてくれた。薬花教室の子供たちは、興味津々にカズの実父の説明を聞いていた。
カズの実父が、
「毒は、常に進化しています。だから、この処方箋にある解毒剤が、効かない毒も、次々生まれます。その対処方法は、なかなか難しい。我ら毒矢の民も、試行錯誤の毎日です。皆さんの中から、解毒剤の熟練者が現れることを祈ります」
と、授業を締めくくった。
夕方、授業が終わって、アナとカズは、カズの実父とともに、カズの自宅で、宴を開くことにした。
カズの実父は、カズの自宅に上がり、真っ先にカズの養親の仏壇に手を合わせてくれた。カズは、カズの実父の脇に座り、見守っていた。カズの養母は、天寿を全うした。今は、アナとカズの二人だけの生活だった。
カズの養母は、最期に、
「恨むなら、私を恨みなさい。実親の前では、笑顔でいなさい」
と、言って、亡くなった。
「カズは、お義母さんを恨んでいるの?」
アナが、カズに問うた。
「まさか。感謝しかない。二人のお父さんと二人のお母さんにありがとうと言いたい」
「良かった」
「さあ、笑顔で飲みましょう!」
アナが、忙しなく、宴の準備をした。
アナ、カズ、カズの実父が、ちゃぶ台を囲み、酒のコップを持って、
「乾杯!」
と、声を合わせた。
三人が、酒を口にした。
「素晴らしい授業でした!」
アナが、元気よく膝を叩いた。
「いやいや、なかなか照れ臭いもので」
カズの実父が、照れ臭そうに笑った。
「その割に、堂々とされていましたよ」
「そうですか?」
「嘘です」
「ハッハハハハ」
アナとカズは、喜んでいたが、カズの実父は、もっと喜んでいた。楽しい時間だった。カズの実父にとって、こうして、カズと笑い合える日が来るとは、夢のようだった。カズの実父は、感激して、涙が止まらなかった。
その夜遅く、カズは、なかなか寝付けなかった。カズの実父も、また目が冴えていた。それが、運命というものなのかも知れない。カズが、カズの実父に語りかけた。
「昔、アナのお父さんとアナと三人で、裏山に薬花を採りに行って、毒矢の民に襲われたことがあったんだ。その時、彼らが、『小僧は狙うなよ』って、言った気がしたんだ。その時は、全く意味が分からなかった……でも、今は……お父さん、その意味、知っている?」
「……配慮してくれたんだと思う。毒矢の民も追い詰められていたから、襲ったのは、ある意味仕方のないことだった。でも、カズだけは、守ろうとしたんだと思う……本当に済まなかった」
障害児だったから、と言いかけて、カズの実父は、口をつぐんだ。
「……ありがとう。アナを守れて良かった」
「そうか……」
カズは、カズの実父のすすり泣きを聞きながら、眠りに就いた。カズは、そうして、毒矢の民の置かれていた状況を慮った。全ては、時代のせいだった。
翌日、カズの実父が、帰り際、
「……カズに、もう一つだけ伝えなくてはならないことがある」
と、言い出した。
「なんだい?」
「カズには、妹がいたんだ」
「いた?」
「ああ、大人になって、毒にやられて、亡くなった。しかし、その前に、二人の息子を産んだ。弟は、Xの病だった」
「その子のお兄ちゃんと会ったかも知れない」
アナが、誘拐された時のことを思い出した。
「ああ、おそらくその子が、そうだよ。カズの妹が、亡くなる直前に言ったんだ。『息子を毒から守って。そして、長生きさせて』と」
「もしかして、檻に入れられていたのは……?」
アナが、聞いた。檻に入れられていたのは、Xの病であるカズの甥っ子だった。
「毒から、隔離するためです。普通の部屋では、毒がこもるようだったので」
「そうだったんだ。すみません、私……」
「いや、良いんです。我々も、どうすれば良いか分からず。そんな息子たちも、今は、元気にやっています。本当に感謝しています」
「いえ……」
「今度、正式に会ってくれ。二人の義兄として」
カズの実父が、カズに頼んだ。
「もちろん」
カズが、嬉しそうに微笑んだ。
*
数ヶ月後、辺境の村で、多くの村民が、毒に冒される事態が起きた。すでに二十人ほどの患者が、出てしまっていた。
「毒矢の民の解毒剤が、効かない!」
アナが、叫んだ。
アナの父の処方箋にも、カズの実親の処方箋にも、その毒に対する解毒剤の記述は、なかった。
「これまでにない強力な毒だ……」
アナ、カズ、村の薬花師も、お手上げだった。
数日後、村の入り口に、一つの箱が、置かれていた。
「何だろう、これ?」
村民が、不審に思って、村長のアナに報告した。
アナが、箱の中身を確認した。
箱の中には、一枚のメモが、入っていた。
メモ:〈解毒剤です〉
箱の中には、メモと一緒に、薬が入っていた。薬は、こげ茶色の粉末で、鼻を突く臭いを発していた。アナが、毒矢の民に連絡を取り、真偽を確かめた。それは、紛れもなく、解毒剤だった。それは、毒矢の民からのプレゼントだった。しかも、解毒剤を作ったのは、カズの実父だった。
すぐに全ての患者に解毒剤を飲ませた。
「凄いわ!」
アナが、感嘆の声を上げた。解毒剤を用いて、全ての患者が、回復したのだ。そうして、多くの村民が、救われた。
カズの実父が、アナとカズに請われて、村にやって来た。
「直接渡してくれれば良いのに」
アナが、カズの実父に言った。
「照れ臭くて。それに、カズのように、皆さんの役に立てて欲しかったから、縁起担ぎのようなものです……あるいは、カズへの罪滅ぼしのようなものかも知れません」
「不器用な人だわ」
「ハッハハハハ」
アナとカズが、笑った。
実は、アナは、カズの実父の一日先生の宴の後の深夜、カズとカズの実父の会話を聞いていた。アナもまた、それを聞いて、涙したのだった。時代のせい。アナも、カズと同じことを考えていた。
この晩も、カズの実父は、アナとカズに請われて、カズの自宅で、宴を開いた。
「あの解毒剤、すごい効き目でしたね!」
アナが、嬉しそうにお礼を言った。実際、毒矢の民の薬の効力は、凄まじかった。
「毒と薬は、表裏一体。今まで、毒で多くの人々――辺境の民も含めて――殺めてきました。これからは、毒で人々を守りたい」
毒矢の民の住む地域は、毒を持った生き物や草花が多くて、昔から、見えない敵と闘って来た。
「あの毒の中で、カズを育てられる覚悟がなかった。すまん……」
カズの実父は、宴の冒頭、カズに謝った。今回は、酒の力も借りず、明るい中で、カズの正面を見据えて、告げた。
「そうだったんだ……」
カズは、カズの実父の、その実直な言葉に心から納得していた。全てが、腑に落ちた。
「だから、製薬場に、毒矢の民の子供を受け入れたの。解毒剤の薬を作る技術も学んで、毒矢の民を救わなきゃ」
アナが、言葉を添えた。
「そうだったのか……」
「さ、飲もう!」
アナが、音頭をとって、宴を楽しんだ。
翌朝、カズの実父は、頭を下げて、毒矢の民の集落に戻ることになった。
アナは、
「もし良かったら、また来てくださいな」
と、お礼として、毒矢の民に辺境の村の催しへの招待状を手渡した。
数週間後、辺境の村で、年に一度の大きな催しが、開催された。この日は、毎年、障害児者を敬う日だった。アナとカズが、催しを取り仕切っていた。辺境の村の障害児者の他、王国と毒矢の民からも、多くの障害児者が、参加してくれた。王国と毒矢の民の多くが、観戦に来てくれた。
そして、その中に、カズの二人の甥っ子がいた。
「毒は、大丈夫だったかい?」
カズが、弟に聞いた。
「はい。良い解毒剤もできまして」
「そうか、良かった。僕は、二人のお母さんの兄だよ」
「そうなんですか? 辺境の村の……?」
兄が、不思議そうに聞いた。
「ああ、訳あって、辺境の村で暮らしているんだ」
「薬を作れるの?」
「少しだけ。本業は、医師だからね」
「えー、すごい!」
「そんなにすごくないよ〜」
「ハッハハハハ」
「今日は、楽しんでね」
「はい」
障害児者たちは、アナとカズの考えた借り物競争で、競い合って、楽しい時間を過ごした。
「みんな元気ね」
アナが、カズにしみじみと言った。
「アナの薬のおかげさ」
「まあ、お上手」
「ハッハハハハ」
事実、薬と医学の進歩により、多くの障害児者が、救われた。
「障害児者は、神の子ですから」
毒矢の民が、言った。その言葉にたどり着くまでには、幾多の犠牲があった。毒矢の民は、ようやくそこにたどり着いたのだ。
王国の国民も、同じ気持ちだった。
アナとカズが、辺境の村の墓参りに行った。そこには、アナの父とカズの養親が、眠っていた。
カズが、しみじみと、
「お義父さんとお義母さん、どんな気持ちだったんだろうね。捨て子を育てるって……」
と、呟いた。
「我が子同様だったんじゃないかな」
「そうかな?」
「そうに決まっている」
(……お義父さん、お義母さん、ありがとう。僕は幸せ者です)
カズが、墓前に手を合わせて、涙を流した。アナは、そっと見守ってあげた。
カズが、アナの方を向いて、
「前、こうして、二人で来たね」
と、声をかけた。
「二人きりで来るのは、あれ以来かしら?」
「実親と良い関係を築きたい」
「応援するわ」
アナが、カズの背中をそっと触った。カズの涙が、一気に溢れ出た。
その帰り道、アナが、
「カズが、毒矢の民の集落から戻った時、何も言ってあげられなくてごめんね。色々考えていたんだけど、まとまらなくて……全部忘れちゃった」
と、恥ずかしそうに告げた。
「言葉なんていらない。アナの雰囲気を見ていれば、僕への思いは、痛いほど伝わって来たよ」
カズが、微笑みながら、その時のことを思い出した。
「言うほど思ってないわ」
アナが、照れ隠しに憎まれ口を叩いた。
「ハッハハハハ」
こうして、アナとカズは、支え合って、暮らしていた。
13
夜更け、王国の城内が、騒がしくなった。多くの従者が、城内を右往左往していた。
「国王様、一大事でございます!」
国王の就寝中、従者が、寝室にやって来た。
「何事だ?」
「大陸の敵国の襲撃にございます!」
「なにっ!」
「港から、三万の兵士が、大挙して侵攻中!」
港は、敵国の兵士で溢れかえっていた。
「兵士に戦の準備を!」
国王が、飛び起きて、従者に指示を出した。
「はっ!」
王国の兵士が、準備を整えて、港に向かった。
「なんとしても、港で打ち負かすのじゃ!」
「はっ!」
王国の兵士が、敵国の兵士と一戦を交えた。
「くっ、劣勢だ……」
そして、ついに、敵国の兵士が、王国の国王の城に侵入した。
一方、南方に向かった敵国の兵士は、辺境の村を訪れて、
「ここが、障害の村だってさ」
と、言い放った。
「なんだいそれ?」
「ハッハハハハ」
敵国の兵士は、辺境の村の障害児者を蔑んだ。
その時、辺境の村の護衛に当たった悪田が、敵国の兵士に、
「何を言っているんだ、貴様ら」
と、凄んだ。
「障害児者を馬鹿にしないでください!」
アナも、村長としての意見を堂々と述べた。
「王女はいたか?」
敵国の総大将が、辺境の村に参戦した。
「まだ見つかっていません!」
敵国の兵士が、答えた。
そうこうするうちに、辺境の村の最終決戦が行われた。
王国の兵士も、加勢してくれた。
「このままでは、壊滅だ……!」
王国の兵士が、劣勢になった。
「微力ながら」
辺境の村の村民も、参戦した。
その時、どこからともなく、矢が撃ち放たれ、敵国の兵士が、バッタバッタと倒れた。
「なんで、矢ごときで、こんなに戦力が削られるんだ!」
敵国の総大将が、動揺した。
「この矢は、ただの矢ではありません。毒矢です!」
敵国の兵士が、答えた。
矢を放ったのは、毒矢の民だった。
「助太刀いたす!」
毒矢の民が、加勢してくれたのだ。
「わしらも、できる限りのことはします!」
辺境の村の薬を買いに来た人々が、農機具を持って、戦ってくれた。
「間に合ったか?」
遊々も、悪い噂を聞きつけて、辺境の村へ舞い戻った。
「ありがとう、皆さん……」アナの目に涙。
しかし、王国の兵士、辺境の村の村民、毒矢の民らに多くの負傷者が出た。
「手当てをしましょう!」
辺境の村の薬花師が、手当てを始めた。
「これ、使ってください」
アナは、敵国の兵士にも、薬を提供していた。
「アナらしいな」
カズが、微笑んだ。
「我々も、手伝います」
辺境の村の薬花師が、敵国の兵士の手当てを始めた。
「なぜ、敵国の兵士の手当てを?」
敵国の総大将が、驚いた。
「医は仁術ですから」
アナが、誇らしげに答えた。
それは、アナの父と医師団長の信念だった。
その時、辺境の村の病院の方から、
「無用な戰をやめなさい!」
と、大きな声が聞こえた。
「あれは、ユリアさん……?」
アナが、驚きを隠せなかった。
ユリアが、体調の悪い中、力を振り絞って、大声を上げたのだ。
「……王女」
敵国の総大将が、ユリアを見て、呟いた。
「王女だ! 王女が、生きていたぞ!」
敵国の兵士が、喜びの声を上げた。
「王女……?」
遊々が、ポカンと口を開けた。
「今まで、隠していてごめん。私は、この大陸の敵国の王女。世界中の障害児者を治すためにやって来た。辺境の村のことは、聞いていたから。でも、自分が、障害を発症してしまった……辺境の村の民には、本当にお世話になった。即刻、争いをやめなさい!」
ユリアが、堂々と言い放った。
「はっ! 全軍に伝えよ。『王女は見つけた。争いをやめろ』と」
敵国の総大将が、敵国の兵士に告げた。
「はっ!」
数名の敵国の兵士が、伝令のため、馬を走らせた。
「すぐに、傷の手当てを!」
ユリアが、号令をかけた。
「はっ!」
敵国の総大将が、指示を出した。
結局、島全体で両軍合わせて、負傷者七千名。しかし、死者は一人も出なかった。
「薬花師の皆さんのおかげですね」
敵国の総大将が、安堵の表情。
「いえいえ、我々の兵士が、致命傷にならない程度に攻撃をしていたおかげです」
アナが、落ち着いていた。
「え?」
辺境の村の村民が、驚いた。
「争いを好みませんから」
敵国の総大将は、結局、王女を探し出すのが、目的だったようだ。
「……かたじけない」
カズが、お礼を述べた。
「ただ、障害に対する偏見は頂けませんけどね」
アナが、敵国の総大将に釘を刺した。
「すみません」
数日後、敵国の兵士の傷が癒えた。
「国に戻ります。本当に色々ありがとうございました。これからは、王国、辺境の村、毒矢の民の最大の味方になって、お守りいたします」
敵国の総大将が、確約してくれた。
「よろしくお願いします。障害児者のこともよろしく」
アナが、村長としての威厳を示した。
「もちろんです」
「僕を、一緒に連れて行ってくれませんか?」
遊々が、敵国の総大将に申し出た。
「もちろん構いませんが、どうしてですか?」
「僕は、障害を治す幻の薬花を探しているんです。ユリアの難病を治したくて」
「そんなものがあるんですか!」
「確証はありません」
「最大限の協力をします」
「ありがとうございます!」
「ねぇ、カズ。私たちも一緒に幻の薬花を探しに行かない?」
アナが、カズに声をかけた。
「村のことも心配だけど、確かに探してみたいな」
「行きましょうよ」
「そうだね。村のみんなを信じて」
「私も行きたいわ」
寧々も、言い出したら聞かない。
「守るよ」
悪田が、護衛を約束した。
そうして、遊々、アナ、カズ、寧々、悪田が、敵国へ旅に出た。
「幻の薬花とは、どんな花を咲かすんですか?」
敵国の総大将が、遊々に尋ねた。
「透明な花と言われています」
「透明……確かに透明に近い花はありますが……」
「本当ですか!」
「あれは、毒があって……」
「カズ、頼んだ」
アナが、カズにささやいた。
「頼むって……」
「毒矢の民の血を引いているんだ。毒味をしなさい」
「無茶言うなよ〜」
「ハッハハハハ」
一行が、敵国に着いた。
「早速、幻の薬花を探しに行きましょう!」
アナが、号令をかけた。
「案内の者を手配しましょう」
敵国の総大将が、申し出た。
「よろしくお願いします」
遊々が、頭を下げた。
一行が、敵国の山中へ歩み行った。
「やっぱり環境の良い場所に咲いているんですか?」
アナが、案内の者に聞いた。
「いえいえ、岩山の隙間から顔を覗かせる、逞しい花です」
「へぇ〜、効能がありそうですね」
「しかし、あくまでも、毒がありますからね。気をつけてください」
「解毒の薬も、充実しているんですよ」
「そうですか」
しばらくして、案内の者が、
「これです」
と、指差した。
「こ、これが……」
遊々が、目を輝かせた。
「確かに透明に近いのね」
アナが、感想を述べた。
「全くの透明ではないが、これまで見た花の中では、透明度が一番高い」
「この地域では、珍しくないので、たくさん摘み採ってくれて構いませんよ」
案内の者が、優しく告げた。
「じゃ、遠慮なく」
アナが、大量に採取した。
一行が、敵国の製薬場で、薬花の試験をさせてもらった。
「確かに毒があるな。それも結構な猛毒」
カズが、毒の状態を調べた。
「そのくらいの方が、期待できるわ」
アナは、ポジティブだった。
「色々試してみようか」
遊々が、言い出した。
「そうね」
一行が、試験を重ねた。
「毒は抜けたし、効能もありそうだ」
カズが、充実した様子。
「ユリアさんの難病にも効くと良いですね」
アナが、遊々に声をかけた。
「治らないまでも、改善されると嬉しいんだけどね」
「さ、この薬を持って、帰りましょうか」
「そうしよう」
一行が、辺境の村へ戻った。
「早速、ユリアに飲ませてみるよ」
遊々が、ユリアの病室へ急いだ。
「効くことを祈るわ」
アナが、本心からそう願った。
遊々が、ユリアの元へ行って、
「さ、飲んで」
と、薬を飲ませた。
少しして、ユリアが、
「気分が良いわ」
と、感想を述べた。
「本当かい?」
「ええ、体が軽い」
「すごい効果だ!」
カズが、ユリアの顔色が、みるみる変わるのを確認した。
「このまま、難病が治ることがあるのかしら?」
アナが、期待を込めた。
「だと良いのだが……」
遊々は、慎重だった。
それからも、遊々が、ユリアにこの薬を飲ませた。
「すごく気分が良いの」
「外の空気を吸ってみようか?」
遊々が、ユリアの体を支えて、病院の外へ行った。
「体が、すごく楽だわ」
ユリアが、嬉しそうに笑った。
「そうか、薬が効いたんだね」
「でも、残念ながら、障害が治るほどではないみたい」
「そのようだね。幻の薬花探しは、今後も続けてみるよ」
「ありがとう。でも、もっと一緒にいたいわ」
「ずっと一緒にいられるようにするためだよ」
「……そうね」
14
数十年後、国王が、臨終を迎えた。
「ダメそう?」
アナの母が、王国に駆けつけた。
「国王様……」
アナも、辺境の村の村長として、帯同した。
「僕も来たよ」
遊々も、国王の元へ急いだ。
「アナ……以前、薬花で島の融和を実現したいと言ったそうだね」
国王が、アナに声をかけた。
「カズに」
「見事、達成されたね」
アナは、見事に薬花の力で、島の平和を築き上げた。
「おかげさまで」
「そんな方法があったとは……辺境の村の村長として、これからの島を頼む」
「みんなと協力して、頑張ります」
国王が、逝った。
「父さん!」
遊々が、感情をあらわにした。離れて暮らしていたからこそ、情念がこもっていた。
国王の国葬が、執り行われた。
「昔は、よく城内の広場で遊んだよね」
アナの母が、遊々に懐かしそうに言った。
「ああ、覚えている」
「父さん、寂しかったかしら? 長女と次男坊が、二人とも、王国を飛び出してしまって」
「そうかも知れないね。でも、長男が、しっかりしていたから」
長男が、新国王になることが決まっていた。
「父さんのため、王国のために何かしてあげられたかしら?」
「障害感に一石投じることができたんじゃないかな?」
「そうかも知れないわね」
そこへ、新国王の長男がやって来て、
「二人とも、今日はありがとう。なんの話をしていたんだい?」
と、声をかけた。
「障害感の話よ」
「障害か……王国とは、切っても切れない関係になったね」
「そうね」
「寧々が産まれた時、父さんが、『アナと一緒なら、立派な姫になる』って、言ってた」
「本当なの?」
「自分に言い聞かせるように、涙目でね」
「そっか……アナが、思ったより立派に成長したからかな」
「村長だもんな」
遊々が、少し誇らしげ。
「本当に素晴らしい国王だった」
長男が、改めて、国王の偉大さに触れた。
「愛に対しては、寛大だったわね」
「父さんは、ずっと二人のサポートをしていたんだよ」
「サポート?」
遊々が、不思議そうに聞いた。
「辺境の村を守り続けていたのは、分かるよね?」
「ええ」
アナの母が、返事をした。
「僕も?」
遊々が、聞いた。
「旅先で、命の危機などなかったかい?」
長男が、尋ねた。
「山賊に襲われたり、凍死しそうになったり……その度に、現地の人々に助けてもらった」
「それ、父さんの遣わした護衛だよ」
「本当かい!」
「ああ、ずっと守っていた」
「知らなかった……」
遊々が、天を仰いで、涙した。
しばらくして、アナが、アナの母の元へ来た。
「ああ、アナ。また、幻の薬花探しに出かけるから」
遊々が、約束した。
「気をつけてね。ユリアさんのためにも」
「ありがとう」
そうして、国葬は、終わった。
寧々の父である長男が、新国王になった。
国王の死後、王妃が、後を追うようにして、天寿を全うした。
*
悪田と寧々が、王国から馬車に乗って、辺境の村へやって来た。
昼過ぎ、悪田と寧々は、アナとカズに連れられて、辺境の村の山奥へ向かった。
「これが、心臓病の薬花……」
寧々は、心臓病の薬花を見るのは、これが初めてだった。
その薬花は、タンポポのように短く可憐で、赤い花びらが、薔薇のように幾重にも重なって、渦を巻いていた。薬花の脇には、辺境の村を流れる小川の源泉があって、薬花は、その澄んだ水を吸って、美しく咲いていた。
十数年前と同じ光景だった。小川の源泉が、元のように戻って、心臓病の薬花も、再び咲いていた。
「ここへ来ると、いつもお父さんのことを思い出す」
アナが、懐かしそうに微笑んだ。
寧々は、その荘厳な風景を目の当たりにして、小川で手を清めて、薬花に向けて合掌した。
「何しているの、寧々?」
アナが、思わず笑った。
「この薬花に命を救われたので。私だけでなく、多くの人々の。そして、アナのお父様への感謝も込めて」
「僕も祈ろう」
悪田も、手を合わせて祈りを捧げた。
四人が、静かに祈ると、小川のせせらぎ、鳥の鳴き声、木々のそよぎ……自然の声が聞こえた。四人は、争いが絶え、平和な時代になったことを実感した。その平和を築き上げたのは、紛れもなく、この四人であり、その先祖たちだった。
夕方、アナ、カズ、悪田、寧々が、揃って、カズの自宅で、夕食を共にした。
「ごめんね、こんなところで」
カズが、寧々に謝った。
「うふふ。王国の晩餐より美味しいわ」
「うふふ」アナが、寧々と同じように笑った。
「ハッハハハハ」
みんなが、アナの笑い声にわいた。
「アナも、立派になって」
悪田が、改めて、アナを褒め称えた。
「褒めても、これ以上、お酒あげないからね」
「なんだ、くれないのか!」
「ハッハハハハ」
アナは、Xの病を跳ね除けて、辺境の村の高名な薬花師になって、毎日のように、患者を治療したり、子供たちに薬の作り方を指南したりしていた。アナは、父の面影を追い続けて、ここまで来た。死して尚、とても頼りになる父だった。
「カズさんも、立派になって」
寧々が、カズに声をかけた。
カズは、Yの病を克服して、辺境の村の立派な医師になった。その苦労は、筆舌に尽くし難いものがあった。努力して努力して、勝ち得た成果だった。また、カズは、アナの代わりに辺境の村の村長となり、村を立派に統治していた。多くの障害児者の希望になった。
「さん付けは止めてくれよ、未来の女王様」
カズが、上機嫌に応えた。
寧々は、近い将来、王国の女王になって、王国の長になることになっていた。
「この四人でいる時には、敬語は使いません。全幅の信頼を寄せていますから」
寧々が、背筋をピンと伸ばしてしたり顔。
「それが、敬語なんだよ」
カズが、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
「悪田は、医師団長か!」
アナは、すでに酒に飲まれていた。
「まだまだ、修行中だよ」
悪田が、謙虚に答えた。
事実、寧々が王国の女王になり、悪田が医師団長になることになっていた。
*
この夕食会の少し前の日、悪田が、国王である寧々の父の王室に呼ばれた。悪田が、王室のドアを開けると、王室の玉座には、国王が鎮座していて、従者は、珍しく一人もいなかった。悪田は、少し戸惑ったが、国王の元へ進み出た。
悪田が、頭を下げると、その頭を上げる前に、国王が、造作もなく、
「悪田、国王になってくれぬか?」
と、言葉を発した。
「こ、国王……滅相もございません」
悪田は、恐縮してしまった。
「しかし、王女の寧々の夫である其方が、この国の国王になるのは、ある意味当然だと思うが?」
「恐れ多いことです。その座は、寧々に」
「Xの病の寧々に女王になれと?」
国王は、訝しげに問うた。
「Xの病だからこそです。今は、そういう時代になったのだと思っています。最大限の補佐はします」
「そうか。悪田は、何がしたい?」
「医道を極めて、障害のある人々を救いたいです」
「……」
国王は、悪田をじっと見つめて、口を開かなかった。
悪田は、深々と一礼して、逃げるように王室を去った。
数日後、悪田は、医師団長に呼ばれた。医師団長は、先代の医師団長の後継で、だいぶ歳をとっていた。
「悪田、将来、医師団長を継いでくれないか?」
「そ、そのようなことが可能なのですか……?」
悪田が、驚いて聞き返した。
「国王の決めたことだ。国王が、『今は、国王よりも医師が必要な時代なのかも知れない。だとすれば、この王国一優秀な悪田が、医師団長になるにふさわしいだろう。そして、わしも、最期は、悪田に看取ってもらいたい』と」
医師団長が、はっきりと言った。
「こ、国王が……」
悪田が、動揺した。
国王は、悪田を高く評価して、悪田の望みを最大限叶えてあげようと取り計らってくれた。それが、医師団長という立場だった。
「それに、先代の医師団長がな、国王に言っていたそうだ。『将来、悪田を医師団長にしてくれませんか』と」
「どう言うことですか?」
「見抜いていたんだろうな、お前の潜在能力を……お前は、よくアナをいじめていたよな」
「はい……」
「障害に興味のない者は、そもそも障害児者には、構わない。ところが、お前は、いつもアナを見ていた。それだけではない。辺境の村の障害児者たちをつぶさに観察していた。確かにそれは、偏見からなのかも知れない。ただ、あの時代、障害児者に目を向けていたのは、紛れもない事実なのだ……だから、『悪田には、障害児者を治癒する才がある』と、医師団長の意見だった……引き受けてくれるな?」
「…………はい」
悪田は、覚悟を決めた。
そうして、悪田は、医師団長になるための修行を始めた。
*
カズの自宅の夕食会は、夜遅くまで続いていた。四人は、酒が回って、饒舌になっていた。
「お互い、歳をとったね」
カズが、寧々にしみじみと言った。
「私は、まだ若いわ!」
「ハッハハハハ」
四人が、思わず笑った。
「本当に幸せだ」
アナが、嬉しそうに感想を漏らした。
「みんな、夢を叶えたね」
寧々が、嬉しそうに微笑んだ。
アナの夢は、薬の使い手になって、多くの人を救うことだった。
カズの夢は、医師になって、アナと寧々を救うことだった。
悪田の夢は、寧々を守ることだった。
寧々の夢は、争いのない世界にすることだった。
「もっともっと平和にしたい」
寧々が、しみじみと抱負を述べた。
「寧々なら、できる」
アナが、酔っ払いながら、力強く断言した。
「精進するわ」
寧々は、王国の一族として、王国周辺の平和に寄与していた。とても頼りになる女性になった。
「お互い、成長したね」
アナが、しみじみと呟いた。四人は、本当に素晴らしい成長を遂げた。それは、自他共に認めるところだった。
「本当ね」
寧々が、優しく笑った。
四人は、食事をしながら話をして、幸せを噛み締めた。最高の気分だった。
夜中、四人は、カズの自宅で、雑魚寝をした。
明かりを消して、数十分が経った。
「なんだか、この村にいると、自分が、少数派のような気がするんだ」
悪田が、誰にともなく、静かに囁いた。実際、四人のうち、健常なのは、悪田だけだった。
「少数派も多数派もない。みんな同じ人間だ」
酔い潰れていたアナが、急に真剣に言い切った。
「分ける必要なんてないんだ。確かに、助けが必要な時もある。だけど、一人一人が、尊厳を持って、精一杯生きて行く。それができれば、御の字じゃないかな」
カズも、静かに応えた。
「理想論かも知れないけど、そういう社会を作りたい」
寧々が、決心したようにきっぱりと言った。
その時、
「ぐーぐー」
と、アナのいびきが聞こえた。
「ふっ」
カズが、鼻で笑った。
悪田と寧々も、微笑んだ。
「アナ、成長したな」
悪田が、穏やかに言った。
「すっかり村長の顔になって来た」
カズも、認めた。
「本当ね」
寧々も、アナを尊敬していた。
その後、四人は、それ以上、何も語らず、眠りに就いた。
アナとカズが、辺境の村の製薬場で、薬を作っていた。
「ねぇ、カズ。思ったんだけど、幻の薬花って、案外近くにあったりして。ほら、灯台下暗しって言うじゃない?」
「まあ、新しく生えていることもあるかも知れないしね。環境は、少しずつ変わっているから」
「久しぶりに、裏山を探索してみない?」
「そうしようか」
数日後、アナとカズが、辺境の村の裏山に分け入った。
「ここら辺は、昔、お父さんが探していたわ」
アナが、カズに、声をかけた。
「その頃と、同じ?」
「どうだろう?」
「しかし、アナのお父さんも、喜んでいるだろうね」
「どうして?」
「アナが、すっかり名薬花師になったから」
「まだまだお父さんには、敵わないわ」
「そうでもないさ。これで、幻の薬花を見つけられたら、最高なんだが」
「お父さんの夢だったからね」
アナとカズは、一日中、裏山を歩き通した。
「それらしい薬花は、ないね」
アナが、残念そうに呟いた。
「あ、幻の薬花、見つけたよ」
カズが、唐突に言った。
「本当なの?」
「これ」
カズが、右手を差し出した。
「どれ?」
「見えないの?」
「……見えない」
「これが、幻の薬花の正体なんじゃないかな?」
「……そうか。実は、幻の薬花は、その辺りに、咲き誇っているのかもね」
アナが、やっとカズの意図を理解した。
「障害を治そうと懸命に生きること、それ自体が、最高の妙薬なのかも」
「障害は、治す必要なんてないのかもね」
エピローグ
ある日の夕方、辺境の村の薬花教室が終わって、薬花教室の子供が、アナに一枚の処方箋を渡した。その処方箋は、古いもので、くしゃくしゃになっていた。
「どうしたの、これ?」
アナが、子供に聞いた。
「処方箋の引き出しの奥で、丸まっていたよ」
「何の処方箋だろうね」
アナが、処方箋を見た。
処方箋:〈アナの育て方:Xの病として、辛いことも多く体験するだろう。でもね、お父さんとお母さんは、アナを愛している。誰よりも、アナを愛している。めげずに、人生を送りなさい。そして、できれば、人のためになることをしなさい。もしも、アナより先に逝ったら、あの世から、全力で見守る。だから、安心して、生きなさい〉
それは、アナの父の残した、最後の処方箋だった。もし、アナの父が、先に亡くなったら、きっとアナか、子供たちが、見つけてくれるだろうと信じて書き残したものだった。それを、アナの薬花教室の子供が、見事に見つけ出したのだ。
「お父さん……」
アナが、その処方箋を握り締めて、薬花教室の子供たちの前で、おいおい泣いてしまった。
子供たちが、心配そうにアナの周りに集まった。
「大丈夫?」
子供たちが、アナに声をかけた。
「うん。嬉しいの。たまらなく嬉しいの」
アナが、天を見上げて、ボロボロ涙を流して、微笑んだ。アナの父の処方箋は、アナの心を十分に癒してくれた。
辺境の村には、他の国からも、多くの患者が訪れた。その半数は、障害児者だった。みんな、アナの作る薬を求めてやって来ていた。事実、アナの薬は、障害を改善する効き目があった。少し毒を盛ってあったのだ。
「よく効くし、甘くて、美味しいの! 三度の飯より薬が好き!」
障害児者が、嬉しそうに言った。
――子供たちに、『三度の飯より薬が好き』って、言わせてみせる!
――その意気だ。
アナは、美味しい薬を作り出すことにも成功していた。それは、亡き父との約束だった。アナは、障害にも負けずに、見事、その約束を果たした。
アナは、今日も、裏山に分け入り、薬花を採取していた。
アナは、裏山を歩いている時、時々、アナの父のことを思い出した。幼い頃、一緒に薬花を採ったことを。
――確信なんてない。ただ奇跡を信じるだけ。
アナの体の中には、アナの父の心臓があって、今も、脈打っていた。アナは、時々、共鳴しているように大きく脈打つのを感じた。アナの父への罪悪感のようなものがないといったら嘘になる。しかし、アナの父は、命を投げ打ってまでアナを守ろうとしてくれた。その気持ちが、何よりも心強く、病を治したいと思う原動力になっていた。全ては、アナが、Xの病で、心臓病を持っていたからこそだった。その運命の下、懸命に生きた証だった。だから、アナには、可能なのだ。強い心を持って、病を治すことが。そして、それは、父の言葉通り、奇跡を信じた結果に他ならなかった。ただ、忘れてはならない。この時代、この辺境の村で育ったからこそだったことを。
一方、カズは、毒矢の民の実親に捨てられて、辺境の村で育った。とても暗い過去だが、カズは、実親を恨んでなどいない。その毒矢の民も、今は、偏見を持たずに、芯から、障害を受け入れてくれた。カズのおかげだ。
王国も然り。悪田と寧々がいた。
人々は、戦いを辞して、平和に暮らした。社会は、変わったのだ。それこそが、障害のおかげだった。障害には、そうして、社会を変える力があるのだ。その力を過信して良いと思う。
了
【障害の説明】
ダウン症:
Xの病は、現在のダウン症である。
ダウン症は、体中の細胞の核にある二十一番染色体が、三本ある障害である。正常な卵子や精子は、染色体を一本ずつ持っている。そして、それらが受精すると、二十一番染色体が二本になる。しかし、受精前の段階で、卵子か精子の二十一番染色体が、二本あると、受精した時に、二十一番染色体が三本になってしまう。それが、ダウン症なのだ。正確には、ダウン症の中のトリソミー21というものが、これである。
ダウン症児の多くは、流産するが、それでも、千人に一人くらいの確率で、産まれる。そして、およそ半数に心臓病などの合併症がある。心臓病を根治できれば良いが、根治手術が不可能だと、心臓発作を起こすことがある。心臓病のために、幼くして亡くなる子も多く、現在の平均寿命は、六十年くらいである。
発達障害:
Yの病は、現在の発達障害である。
現在、発達障害はいくつかのタイプに分類されており、自閉症、アスペルガー症候群、注意欠如・多動性障害(ADHD)、学習障害、チック障害、吃音(症)などが含まれる。これらは、生まれつき脳の一部の機能に障害があるという点が共通している。同じ人に、いくつかのタイプの発達障害があることも珍しくなく、そのため、同じ障害がある人同士でもまったく似ていないように見えることがある。個人差がとても大きいという点が、発達障害の特徴と言えるかも知れない。
発達障害は、産後すぐには、分からないが、成長して行くに従い、徐々に症状が、あらわになる。症状としては、以下のようなものがある。
一 会話相手と目を合わせることができない。
二 意思の疎通にやや難がある。
三 授業中にフラフラ教室内を歩く。
四 執着心が強い。
そして、カズのように、知的障害を伴う場合がある。興味さえ持てば、専門的なことも身に付けられるが、人間関係での悩みは尽きない。程度にもよるが、何かしらのサポートが必要なこともある。しかし、見た目には分かりにくいので、難しさもあった。
【参考文献】
厚生労働省
(https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_develop.html)
日本学生支援機構
(https://www.jasso.go.jp/gakusei/tokubetsu_shien/guide_kyouzai/guide/shitai_shougai.html)
(https://www.jasso.go.jp/gakusei/tokubetsu_shien/hand_book/08/03.html)
(https://www.jasso.go.jp/gakusei/tokubetsu_shien/guide_kyouzai/guide/choukaku_shougai.html)
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