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別荘キネマ



      第一章 産まれるまでにしたい十のこと


      【大晦日】


 大晦日、Y県の山間の別荘へ向かっていた。
 天気は、快晴だったが、大雪が積もっていた。近くの町へ通じる道路は、一応除雪されていた。
「安全運転で頼むよ」祖父が、バンの運転手の叔父に言った。
「任せてください」
 カーラジオから、
「南極で、ペンギンが天然海中温泉に浸かっている様子が、撮影されて……産まれたばかりの赤ちゃんペンギンも、温泉の近くで、温まっています……」
 と、微かな声が聞こえた。
「ペンギンも、温泉に浸かるんだね」冬子が、感心したように呟いた。
「ま、嘘ですが」MCが、あっけらかんと伝えた。
 フェイクニュースだった。
「嘘かよ!」叔父が、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
「しかし、昔、映画でペンギンが温泉に浸かるシーンを見たことがあるがな」祖父が、思い出した。
「映画の見過ぎよ」冬子が一蹴した。
「ハッハハハハ」
「冬子、お腹大丈夫か?」獣医が、冬子を気遣った。
「予定日はまだだし、正月は、このメンバーと一緒に過ごしたいじゃん」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ」
「ハッハハハハ」
「ま、あの話もありますし」寿司職人が、含みを持たせた。
「だね」獣医も、相槌を打った。

 一行が、別荘に到着した。
「お祖父ちゃん、別荘買ってくれてありがとうね」冬子が、祖父にお礼を言った。
「お祖父ちゃんか……」祖父が、ふっと笑った。
 みんな、冬子の妊娠が分かって以降、冬子の父を祖父と呼ぶことにしていた。待望の初孫だ。
「周りに何もないから、安かったんだ」別荘は、ほぼ新築だった。
「良いところじゃないですか〜」寿司職人が、別荘の外観を繁々と見ながら、感想を述べた。
「だろう」叔父が、自慢げに答えた。
 祖父が、バンから段ボール箱をいくつも下ろした。
「なんです、それ?」獣医が、祖父に質問した。
「映画フィルムだよ」
「大量にありますねぇ」寿司職人が、驚いた風。
「どうせ、エロいのだろう」叔父が、突っ込んだ。
「まあ、そんなところだ」
「本当なのかよ!」
「ハッハハハハ」


      【数ヶ月前】


 冬子は、市郊外の総合病院の産婦人科の医師の診察室にいた。
「お子さんは、ダウン症ですね」医師が、淡々と告げた。
「え……?」冬子は、一瞬、何のことか分からず、放心状態。
 冬子は、告知を受けた後、団地に帰宅して、一人で泣いた。
 それでも、夕食を食べる頃には、
「ダウン症なんかに負けない子に育てる!」
 と、決意を固めていた。
「ああ、あなた……赤ちゃん、ダウン症だって……」冬子が、夫に連絡を入れた。
「……そうか」
 夫妻は、まだ離婚はしていなかったが、別居中だった。
 夫は、認知していなかった。
 夫妻は、幼馴染で、昔からの付き合いがあって、順当にゴールインした。結婚当初は、うまくいっていて、幸せそのものだった。しかし、夫が、次第に仕事に没頭するようになって、残業や休日出勤が増えた。すれ違いの生活を送る中で、冬子が妊娠した。
 同じ団地に住む叔父、獣医、寿司職人が、心配して、冬子の元へに集まった。
「シングルマザーになるわ」冬子が、気丈に言った。
「大丈夫か?」叔父が、心配した。
「任せといてよ」
「協力するよ」
 みんなが、当たり前のように、冬子を勇気づけた。
 みんな同じ団地に住んでいた。

 告知の翌日、冬子が、近所の喫茶店で、叔父、獣医、寿司職人を前に、
「今日は、皆さんに二つ発表があります」
 と、告げた。
「なんだい?」獣医が、興味津々に聞いた。
「一つは、赤ちゃんの名前を決めました」
「おおっ」
「……アナです」
「良いじゃん」
「もう一つは、アナのために、〈産まれるまでにしたい十のこと〉を考えます」
「へぇ〜、良いじゃん」獣医が、これまたリアクション。
「今はまだ、三つなんだけどね」
 冬子が、三つの願いを発表した。

 〈友達を百人作る〉
 〈赤い糸で結ばれている人を見つける〉
 〈アナを映画に出演させる〉

「こ、これを産まれるまでに、か……?」獣医が、驚きを隠せなかった。
「無理です」寿司職人が、きっぱりと言った。
「やるの! もう決めたんだから」
 冬子が、頑固になった。お腹の中のアナのために決めたことなのだ。そこには、どうしてもアナを幸せにするという意地と覚悟があった。
「……仕方ない。協力するか」叔父が、半ば諦めモード。
「これを……本気か?」獣医が、叔父に聞いた。
「アナのためだ」
「……そうだな」寿司職人も、賛同した。
「とにかく、手を尽くそう」叔父が、冬子を盛り立てた。
「ありがとう」
 冬子は、いざという時、この三人を頼って来た。頼りなさそうに見える三人だったが、心は通じ合っていた。

 実は、告知の日の夜、報告を受けた祖父が、冬子に言った。
「堕ろしてくれ」
「え……」
「障害児は、ダメだ……頼む」
「……産む」冬子は、自分の心に誓って、産むことを信じて疑わなかった。
「そうか……祝福はしないぞ」
 祖父は、古い考えを持っていたからこそ、苦渋の決断をした。この時代、障害児を育てる苦労が、いかほどのことか、祖父は予見していたのだ。
「……それでも良い」冬子は、この時、祖父が必ずアナのことを好きになってくれる自信があった。なぜだか分からないけれど、それを確信していた。


      【告知の後】


 冬子とアナの父は、同じ会社に勤めていた。祖父の興した商社だ。
「会社は辞めないが、少し距離をとる」アナの父は、祖父の会社を継いだ時期もあったが、今は、経営から身をひいていた。
「会社のことは任せてよ」冬子が、別れ際に告げた。
 しかし、冬子の妊娠が、分かって、状況が少し変わった。
「仕事のことは気にするな」
 祖父が、頼り甲斐のあるところを見せた。この時、アナのダウン症を受け入れる覚悟をしていたのかも知れなかった。
「ありがとう。アナを産んだら、復帰するから」冬子が、祖父に約束した。
「無理するなよ」祖父は、ダウン症のアナを育てる冬子を案じた。
「はい」

「早速、〈友達を百人作る〉の実現に向けて、行動するわ」
 冬子が、ダウン症児者の親の会に参加することにした。この親の会は、近所の廃校の一室を利用して、隔週で開かれていた。ダウン症児者の家族が集まって、レクリエーションなどをして過ごした。
「付いて行くよ」叔父が、冬子に優しく声をかけた。
「アナの友達になる子もいるかもね」
「そうだね」
 冬子と叔父が、親の会で、ダウン症児者と接した。
「みんな、かわいいね」冬子が、自分に言い聞かせるように、感想を述べた。
「ああ、素直な子たちだね」
 親の会が、お開きになって、廃校の外に出た。
「障害児が、うぜえんだよ!」地元の中学生が、ダウン症児に絡んだ。
「すみません!」ダウン症児の家族が、中学生に謝った。
 冬子と叔父は、なぜ謝っているのか、意味が分からず、ただ、呆然と状況を見守った。
 幸い、中学生は、すぐに去って行った。
「こんなことって……」叔父は、偏見を目の当たりにして、絶句した。
「許せない! 決めたわ。四つ目の願いは……〈偏見をなくす〉よ!」
 冬子が、断言した。冬子は、ダウン症児者と接し、我が子と守る決意を新たにした。

 叔父、獣医、寿司職人が、冬子の四つ目の願いを叶えるために、叔父の家に集まって、ネットで、ダウン症のことを色々調べた。
「ふ〜ん、ダウン症には、トリソミー21と転座型とモザイク型という三種類があるんだね」寿司職人が、ダウン症の基本情報を見た。
「アナは、どれだろう?」獣医が、疑問を口にした。
「二十一番染色体が三本ある、トリソミー21らしいよ」叔父が、答えた。
「そうなんだー」
「減数分裂の時、染色体が不分離を起こしたんですかねぇ?」寿司職人が、推測した。
 不分離とは、卵子の元になる細胞が、分裂を起こす際に、エラーを生じることである。
「多分そうだろうね」獣医が、答えた。
「みんな、詳しくなってきたね」叔父が、にこやかに微笑んだ。
「ハッハハハハ」
 三人は、さらに調べを進めた。
「将来は、支援学校に進学するのかな?」寿司職人が、アナの進学に思いを馳せた。
「この勢いで、支援学校の見学に行きますか?」獣医が、提案した。
「そうだね」叔父が、賛同した。
 三人が、近所の支援学校へ見学に行った。支援学校は、障害児の通うところで、小学部、中等部、高等部があった。障害の程度が軽い場合には、普通校の支援学級に進学することもあった。
「ここも良いところだね」寿司職人が、感想を漏らした。
「ここにいると、偏見はなくて良いんだけど、社会と少し離れちゃうね。正直、どちらが適しているのか」獣医が、色々思案した。
「結局は、アナと冬子が、決めることだろうね。〈偏見をなくす〉か……難しいだろうな……」叔父が、冬子の願いの実現を危ぶんだ。

 冬子、叔父、獣医、寿司職人が、気分転換に映画を見に行った。
「〈アナを映画に出演させる〉方法を考えないと」叔父が、冬子の願いに話を振った。
「冬子が、エキストラになれば?」獣医が、提案した。
「それじゃ、アナが映っていない」冬子が、即座に否定した。
「帝王切開すれば!」寿司職人が、良いことを思いついたように元気に言った。
「産まれてんじゃないか」獣医が、突っ込みを入れた。
「あ、そうか……」
「ハッハハハハ」
「お前は、いつもズレているな」獣医が、寿司職人を小馬鹿にした。
「産まれる前のアナを映画に出演させる……エコー写真とか?」獣医が、考えを述べた。
「う〜ん……」一同が、思い悩んだ。
「それ無理かもしれないけど、僕らの手で、映画を作るっていうのは?」寿司職人が、意見を述べた。
「まあ、面白いかもね。アナを喜ばすという意味でも」獣医も、寿司職人の意見に一目置いた。
「そうね」冬子も、乗り気。
「これまで、ハンディカムで撮ったのを編集しようか?」獣医は、そういうのが、結構得意だった。
「やろう!」冬子が、元気よく言った。
 四人が、協力して、映画を撮ることにした。
 翌日から、早速、寿司職人が、
「良い表情してくださいね〜」
 と、みんなの行動をビデオカメラで撮影した。みんな、なんだか楽しくなって来ていた。そうして、笑って難局を乗り切るのだ。それは、障害に関しても同じことだった。

 冬子が、総合病院で妊婦健診を受けて、その結果を聞いた。
「色々問題があるのね……」冬子が、弱音を吐いた。
 ダウン症には、色々な合併症があることが多かった。
「お母さん……」冬子が、祖母に会いに行くことにした。
 本音を言える相手は、祖母だった。
「まあ、来てくれたのね?」
 祖母は、この総合病院に入院していた。
「心臓病の合併症があるかも知れないって……」冬子が、元気なく告げた。
「今思えば……昔は……同級生にダウン症の子がいたねぇ……かわいい顔をして、必死にみんなについて行こうとしていた……アナも、あんな風に頑張り屋さんになると良いねぇ……」祖母も、ダウン症のことを色々調べて、顔の特徴を知って、思い出したようだ。
「堕ろした方が良いかな?」冬子が、ぽつりと呟いた。
「冬子が決めるんじゃない。アナが決めることよ」
「……アナは、産まれて来たいって、言うかしら?」
「産んでくれてありがとうって、言ってくれる。ダウン症児者の九割が、毎日幸せって答えているみたいよ。新聞に書いてあったわ」祖母は、本当に色々手を尽くしてくれていた。
「ありがとう」冬子も、それに気づいて、お礼を述べた。
 最後に頼れるのは、やっぱり母親なのかも知れない。冬子は、アナの母親になることを改めて決意した。

「冬子が、悩んでいるようだ」叔父が、獣医と寿司職人と連絡を取り合った。
「うちの動物病院で集まろうか」獣医が、申し出た。
「そうだな。お客さん来ないから」叔父が、申し出を受け入れた。
「おい!」獣医が突っ込んだ。
 そうして、三人が、獣医の動物病院に集まった。
「みんなで冬子を盛り立てようよ」寿司職人が、盛り立てた。
「望むところだ」獣医も、そのつもりだった。
 三人は、こうして、こっそり集まって、色々冬子のために知恵を出し合った。
 本当にお客さんは来なかった。

 叔父、獣医、寿司職人が、冬子の自宅を訪ねた。
「冬子、笑え」叔父が、声をかけた。
「……お祖母ちゃんから聞いたのね?」
「ああ」
「いつまでも感傷的になっているほど若くはないわ」冬子が、優しく微笑んだ。
「確かに」寿司職人が、素直に発言した。
「おい!」冬子が、突っ込んだ。
「ハッハハハハ」
「冬子……母になれ」叔父が、真剣に告げた。
「……ありがとう」
「アナのために」
「……そうね。心がボロボロになっても、アナを産む……また一つ思いついたわ」
「なんだい?」
「〈アナを笑わせたい〉」
 冬子の五つ目の願いだった。
「もちろん、産まれるまでにってことだよね?」獣医が、日和った。
「うん」冬子が、当然のように答えた。
「ど、どうやって……?」寿司職人も、妙案が浮かばない様子。
 それから、みんなで、色々アイデアを出したが、意見がまとまらなかった。
「じゃ、こうしてやる〜」寿司職人が、言い出して、みんなで冬子の脇腹をくすぐってみた。
「ちょっと! 止めなさいよ!」
「ハッハハハハ」
「ダメか……」獣医が、諦めモード。
「そもそも、胎児って、笑うんでしたっけ?」寿司職人が、素朴な疑問を呈した。
「……」一同、絶句。

 冬子が、自宅でオーケストラの音楽を聴いていた。
 叔父が、部屋に入って、
「胎教に良いね」
 と、声をかけた。
「そうだ、アナにも聴かせたいわ! 次の願いは、〈オーケストラの生演奏を聴かせる〉に決まり!」
「胎教で、ってことだよね?」
「うん。これは、結構順当に叶うと思うのよ」冬子が、意気揚々とした。
「さて、どうだろうねぇ」
 叔父が、含みを持たせた。叔父には、ある考えが浮かんでいた。

 翌週、祖父と叔父が、別荘の物件を見に行って、祖父が、別荘の購入を即決した。
「お祖父ちゃんが、気に入ってね」叔父が、冬子に報告した。
「どこが、そんなに良かったの?」
「みんなと過ごす時間が、頭に浮かんだからかな」
 祖父が、照れ臭そうに答えた。なんだか、アナの誕生が楽しみになっていた。
「まあ、嬉しいわ」
「それに、比較的近くにライブハウスがあって、オーケストラの生演奏もやるみたい」叔父が、情報を伝えた。
「あ、それで?」
「ああ、願いを叶えようよ」祖父も、冬子の願いの実現を祈った。
「ありがとう」冬子が、喜んだ。
 祖父は、冬子とアナのために奮発した。叔父の助言の賜物だった。
 みんな、冬子とアナの幸せを願っていた。

 冬子と叔父が、冬子の自宅で談笑していた。
「アナとの暮らしのイメージが湧いてきたわ」冬子が、自宅を見回した。
「良かった」叔父が、相槌を打った。
「次は、〈アナの心の拠り所を作る〉にした」
「良いじゃん」
 獣医と寿司職人が、冬子の自宅へ行って、願いの実現に向けて、意見を出し合った。
「アナと同い年のペットを飼うってのは?」獣医が、提案した。
「なるほどね〜」冬子が、賛同した。
「なんのペットが、お好み?」
「そうだな〜、アナのことだから……そうだな……優しいだろうから……例えば、捨て猫を助けたいとかって言うんじゃないかな」
「探しておくね」
 それから、叔父、獣医、寿司職人が、ことあるごとに、近所の空き地や公園で、捨て猫を探し回った。
 寿司職人が、ぽかぽかした日に、
「良い天気だね。ちょっと休もうよ」
 と、晴天を見上げた。
 三人が、公園で、コーヒーを飲みながら、休憩した。
「あれ、あの猫、怪我をしているな」獣医が、それに気づいた。
「そうなの?」寿司職人が、猫を見た。
「治療してやれよ」叔父が、獣医に頼んだ。
「そうだな」
「できるの?」寿司職人が、聞いた。
「多分」
 獣医が中心となって、獣医の動物病院で、猫の手当てをした。
「良かった。これで大丈夫……おや、お母さんの治療を待っていたのかい?」獣医が、猫を連れて、動物病院から出ると、子猫たちが待っていた。
「あの子猫でも、良いんじゃない?」寿司職人が、子猫を捕まえようとした。
「ダメだ。あくまでも、オーダーは、捨て猫だから」叔父が、寿司職人を諌めた。
「親猫から引き離してどうする」獣医が、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」

 叔父、獣医、寿司職人が、いつものように集まっていた。
「最初の三つの願いは、なんだっけ?」寿司職人が、思い返した。
「〈友達を百人作る〉、〈赤い糸で結ばれている人を見つける〉、〈アナを映画に出演させる〉」叔父が、答えた。
「手付かずなのは、〈赤い糸で結ばれている人を見つける〉か……気が早いな」獣医が、呟いた。
「ハッハハハハ」
「占いアプリに色々入力して見つけたんだけど」寿司職人が、言い出した。
「早く言えよ」獣医が、突っ込みを入れた。
「誰だったの?」叔父が、興味を持った。
「カズだった」寿司職人が、答えた。
 カズは、産まれたばかりで、カズの家も、同じ団地にあって、アナとは幼馴染になることになっていた。
「近くにいたじゃん!」獣医が、興奮気味。
 早速、叔父、獣医、寿司職人が、カズの父母に会いに行った。
「見事、アナの伴侶に選ばれました!」寿司職人が、カズの父母に報告した。
「どうぞ! 二つで一つ。組み合わせると、願いが叶うそうです」獣医が、アナとお揃いの半月のキーホルダーをプレゼントした。
「ああ、どうも」カズの母が、キーホルダーを受け取った。
「願いが叶うって、本当?」寿司職人が、驚いた。
「知らないけど?」
「なんだよ、バカ!」
「ハッハハハハ」

 ある平日、叔父が、ファミレスでアルバイトをしていた。
 ランチタイムの後、十八歳の由美が、
「あの、アルバイトの面接に来たんですが……」
 と、面接に来た。
 店長が、バックヤードで面接をして、
「知的障害となると……ちょっと難しいかな?」
 と、渋い顔。
「僕が、面倒みますよ」叔父が、近くで休憩していた。
「う〜ん……接客業だから」
「接客業だからこそです。これからは、障害者の働けるようなファミレスにならないと」
「理想ではね」店長は、乗り気とは言えなかった。
「その理想、実現しましょうよ」
「どうして、そこまで?」
「今度産まれてくる姪が、ダウン症なんです。働く場所がなかったら、このファミレスで働けるように。その時は、この子が、先輩として、指導してくれますから。ね?」叔父が、由美に同意を求めた。
「はい」由美が、にっこりと微笑んだ。
「この笑顔があれば、大丈夫」
 叔父も、微笑んだ。産まれてくるアナの笑顔を想像して、胸が熱くなった。

 由美の初仕事の日、叔父が、はらはらしながら、付いて見ていた。
 その時、獣医と寿司職人が、ファミレスに来てくれた。
「来たよ〜」寿司職人が、呑気に叔父に声をかけた。
「練習台になるよ」獣医も、楽しそう。
「恩に着る」叔父が、感謝の意を示した。
「いらっしゃいませ」由美が、辿々しく、注文をとった。
 しばらくして、由美が、料理を持ってきた。
「……注文と違うけど?」獣医が、困惑気味。
「すみません……!」由美が、泣いてしまった。
「泣かなくて良いよ〜」獣医が、あたふたした。
「でも、こんなことで泣けるって、なんか良いね。それだけ、ピュアなんだろう。心が洗われる」寿司職人が、由美に優しく告げた。
「すみませんでした」由美が、謝って、料理を下げようとした。
「気にしなくて良いよ。これ、食べたくなったから、注文変えるよ」獣医が、由美に告げた。
「……はいっ」由美が、注文表を変えに行った。
「〈アナの心の拠り所を作る〉っての、ここも候補だね」寿司職人が、叔父に言った。
「そんな日が来るかも知れない。頑張らないと」
「店長にでもなれよ」獣医が、叔父に意見した。
「ハッハハハハ」
「そんな柄じゃないよ」叔父は、否定しながらも、まんざらでもない様子。

 寿司職人の店で、寿司パーティを開いた。冬子、叔父、獣医の他に、常連客も十数人参加していた。
「無理言って、貸切にしたんだ」寿司職人が、大将に頼み込んでくれていた。
 みんなで、寿司職人の握る寿司を食べた。
「見ただけで分かる」叔父が、大将の寿司と食べ比べをした。
「お前の寿司、なんか臭いな」獣医が、悪態をついた。
「ハッハハハハ」
「ねぇ、とびきりの美人がいるわ」冬子が、寿司職人にささやいた。
「えぇ、よく来てくれるんすよ」寿司職人が、少し顔を赤らめた。
 それから、寿司職人も、飲み食いをして、酔っ払って、
「冬子は、幸せになれる!」
 と、本音を語った。泣き上戸だった。
「本当に酒癖悪いな」獣医が、呆れ顔。
「ハッハハハハ」
 冬子は、そんな寿司職人を見て、随分とほっこりした気持ちになった。

 冬子、獣医、寿司職人は、幼馴染で、幼い頃から、一緒に遊んでいた。
 三人の住む団地では、毎年、クリスマスを祝う会が、開催されて、プレゼントの交換をしていた。
 当時、寿司職人が、
「毎年、冬子のお父さんのプレゼント期待しているんだー」
 と、嬉しそうにしていた。
「うちは、貧乏だから……ごめんね」獣医が、冬子に謝った。獣医は、あまり高価なプレゼントを渡せなかった。
「良いのよ、お父さんも好きでやっているから」
「そんなこと気にしなくて良いよ〜」冬子が、微笑んだ。
「医者になって、楽させてやるんだ!」獣医は、とても親孝行だった。
「その意気だ」寿司職人が、獣医を鼓舞した。
「ハッハハハハ」
 冬子は、近所の障害のある男の子が、偏見に遭っていた時、
「なにしてんのよ!」
 と、勇敢に守っていた。
 とても正義感が強く、素晴らしい少女だった。
 その男の子は、幼くして、この世を去った。
 冬子は、別れを惜しんで大泣きした。
 祖父は、やり切れない思いで冬子を慰めた。
 冬子、獣医、寿司職人は、高校も同じだった。
「もうすぐ卒業だね」冬子が、感慨深そう。
「進路どうする?」獣医が、冬子と寿司職人に聞いた。
「大学に行って、お父さんの会社を手伝うわ」冬子が、答えた。
「冬子は、勉強ができるからなー」
「僕は、寿司職人になる!」寿司職人は、昔からそれが希望だった。
「そうか、俺は、医学部は無理そうだから、獣医になろうかな?」
「それでも立派だよ」
「ありがとう」
 高校の卒業式の後、獣医と寿司職人が、
「付き合ってくれ」
 と、同時に冬子に告った。
「ごめん、好きな子がいるんだー」冬子の意中の人は、アナの父だった。ちなみにアナの父も、幼馴染だった。

 冬子、叔父、獣医、寿司職人が、居酒屋で一杯やっていた。
 酔っ払った叔父が、冬子に、
「本当にシングルマザーになるのか?」
 と、聞いた。
「不安はないと言ったら、嘘になるわ」
「紹介したい人がいる」獣医が、叔父と冬子に切り出した。
 獣医が、冬子、叔父、寿司職人を連れて、近所のスナックへ行った。
「懐かしいな、このスナック」寿司職人が、思い出したように呟いた。
「そうだな」叔父も、同感だった。
 叔父と寿司職人は、数回行ったことがある程度の店だった。
「このスナックのママだよ。シングルマザーの先輩として、アドバイスをお願いします」獣医が、ママを紹介した。
「もちろん」
 その時、ママの娘が、帰宅した。
「あれ、君は……?」叔父が、きょとんとした。
「あら……」
 ファミレスでアルバイトをする由美だった。
「ママの娘さんだったの?」叔父は、由美が、ママの娘であることを知らなかった。
「そうよ。知的障害があります。よろしくお願いします」
「そうなんだ……」
 冬子が、興味を持った。産まれてくるアナにも、おそらく知的障害があることは知っていた。
「最初は、戸惑うかも知れないけど、なんとかなるわ。それどころか、不思議なもので、障害があるからこその愛情が湧く。絶対にね」ママが、冬子にアドバイスをした。
「そうですか……」冬子が、真剣に聞いていた。
「絶対にね」
「……はい」冬子が、涙目になった。
 それから、みんなで、由美を囲んで、談笑した。
 由美は、学生時代、支援学校の映画部に所属していた。
「へぇ〜、映画をねぇ」叔父が、相槌を打った。
「奇遇ですね」寿司職人が、言った。
「僕らも一度、見学に行ったんだけど、支援学校を案内してくれないか?」獣医が、由美に頼んだ。
「もちろん」

 後日、冬子、叔父、獣医、寿司職人が、由美の案内で、支援学校へ行って、映画部の顧問の杵間(きねま)先生と会った。
「先生〜、お久!」由美が、嬉しそうに杵間先生に抱きついた。
 障害児者は、こういう時、とても気さくな言動をする。
「お腹の中の娘が、ダウン症なので、お話を伺いに来ました」冬子が、丁寧に挨拶した。
「ここの生徒は、みんな積極的よ。でも、カメラを向けるとみんな照れて、隠れちゃうの」杵間先生が、楽しそうに語った。
「ハッハハハハ」
 一同が、映画部員と交流した。
「本当にみんな良い子」冬子が、感想を漏らした。
「でしょう」杵間先生も、満足そう。
「楽しそうな雰囲気が、伝わって来ました。ありがとうございました」冬子が、帰り際、杵間先生にお礼を述べた。
「いいえ〜。冬子さん、覚悟よ」
「はい」冬子は、心がジーンとした。
「由美ちゃんも、頑張ってね!」
「はい!」由美が、元気よく返事をした。
 叔父が、微笑みながら、深々と頭を下げた。由美のためでもあり、アナの将来のためでもあった。

 ある日、冬子の自宅の電話が鳴った。
「はい……」冬子が、電話に出た。
 嫌な予感がしていた。
「……そうですか……分かりました」
 冬子が、電話を切って、即座に祖父に連絡を入れた。
「お母さんの容体が悪い」
「分かった。叔父には、連絡しておくから、すぐに病院へ行きなさい」
「はい」
 祖父、冬子、叔父が、病床の祖母を見守った。
「お母さん、しっかりして!」冬子が、声をかけた。
 祖母は、意識が朦朧としていた。
「今まで、本当によくやってくれたね。ありがとう」祖父が、お礼を述べた。
「……あなたから……感謝の言葉を……いただくとはね」祖母が、なんとか言葉を紡いだ。
「お母さん!」冬子が、泣き叫んだ。
「きっと、アナがいたからこその人生だったと思える時が来る……冬子……大丈夫だから……」
 祖母が、静かに息を引き取った。
「お祖母ちゃんに、アナの顔を見せたかった……!」冬子が、慟哭した。
 祖父は、内心では、祖母にアナの誕生を良しとしていないことを伝えていた。だから、祖母は、最期、冬子を守ろうとした。それが、母親というものなのだ。冬子は、母になることを強く願った。

 叔父と寿司職人が、動物病院へ獣医を冷やかしに行った。
「今度の日曜、また捨て猫探そうぜ」叔父が、軽い気持ちで言った。
「ごめん。用事がある」獣医が、大人しく答えた。
「珍しいな」
「……デートなんだ」
「おおっ?」寿司職人が、驚いた。
「相手は、人間なのか?」叔父が、聞いた。
「当たり前だろう!」
「女性ですか?」寿司職人も、聞いた。
「俺をなんだと思っているんだ?」
「どこで知り合ったんだ?」
「お客さんなんだ。三匹のうさぎを飼っている」
「お客さんいるんだぁ……」
「ハッハハハハ」
「お前は、彼女いるのか?」叔父が、寿司職人に尋ねた。
「自分、寿司職人っすから」
「どういう理屈だ?」
「ねぇ、冬子の〈産まれるまでにしたい十のこと〉、関係なくなってない?」寿司職人が、少し心配した。
「イマジネーションを膨らませているんだよ」叔父が、答えた。
「膨らんだの?」
「コラ!」叔父が、頬を膨らませた。
「くっだらねぇ」寿司職人が、呆れ顔。
「ハッハハハハ」
「……彼女のお腹、膨らんできたんだ」獣医が、ぼそっと言った。
「それって……」叔父が、驚きの表情。
「赤ちゃんが、できたんだ」
「良かったじゃないか!」
「結婚するの?」寿司職人も、嬉しそう。
「ああ、そのつもり」
「……冬子には?」
 叔父が、聞いた。健常の子ならば、冬子には酷な報告になる。
「全て報告しようと思っている。隠し事するような仲じゃないし」
「そうだな」
 この決断は、四人の絆を見事に表していた。

 後日、獣医が、彼女を連れて、冬子に会いに行った。叔父と寿司職人も、付いて行った。
「良かったじゃない」冬子が、獣医と彼女に告げた。
「結婚式には、来てくれ。アナと一緒に」
「あら、だいぶ先になるの?」
「この子が、産まれてからにしようと思っている」
「じゃ、獣医も、〈産まれるまでにしたい十のこと〉考えなくちゃ」寿司職人が、お茶目に笑った。
「そうだな」
「ハッハハハハ」
「冬子さんの願い、実現することを祈っています」獣医の彼女が、冬子に穏やかに告げた。
「健常であることを祈るわ」冬子が、獣医の彼女の赤ちゃんに思いを馳せた。
「冬子……」獣医が、言葉を失った。
「障害があっても、幸せになれると思います! 私は、そう信じています! だって、冬子さんのお子さんなんだから……絶対に幸せになる!」獣医の彼女が、立ち上がって、大きな声を出した。
「……そうね。ありがとう」冬子が、獣医の彼女の勢いに圧倒された。
 叔父、獣医、獣医の彼女、寿司職人が帰って、冬子が一人になった。
 泣いた。
 しばらくして、叔父が、
「やっぱり泣いていたか」
 と、戻ってきた。
 さらに、獣医と寿司職人も、
「彼女は、送り届けたよ」
 と、戻ってきた。
「みんな良い奴だな」冬子が、目に涙を溜めて、笑顔を作った。
「気分転換に別荘へでも行こうか?」叔父が、言った。
「あら、良いじゃない」冬子が、乗り気になった。
「大賛成です。冬子とアナのために買ったんだから」寿司職人が、嬉しそうに告げた。
「あ……それ言っちゃ……」獣医が、寿司職人を制した。
「本当なの?」冬子が、驚いた。
「……ああ、二人のためだ」叔父が、観念した。
「お祖父ちゃんったら……知らないふりして、楽しみましょう!」
「そう来なくっちゃ!」寿司職人が、気を取り直した。
 みんな、助け合って、優しくし合って、楽しく生きていくのだ。


      【別荘にて】


 みんなが、別荘に荷物を持ち込んで、居間に集まった。
「昼食までちょっとだけ時間があるし、あの話をしますか?」叔父が、音頭をとった。
「そうね」冬子が、賛同した。
「ご存じのように、冬子が、アナのために、〈産まれるまでにしたい十のこと〉を考えています。昼食を食べ終わったら、進捗状況を確認していこうか」
「賛成!」寿司職人が、元気よく手を上げた。
「じゃ、冬子の方から」
「皆さん、今日はありがとうね。アナも喜んでいるみたいで、よく動きます」
「ハッハハハハ」
「今日は、いよいよ十個お披露目できると思うから」冬子が、微笑んだ。
「おおっ!」一同が、声を上げた。
「楽しみにしてね!」
「ちなみに、夕方には、オーケストラの生演奏を聴きにいくから」叔父が、告げた。
「あら、本当に聴けるのね?」冬子が、喜びの表情をした。
「もちろん」

 昼食後、みんなが、別荘の居間でまったりとしていた。
「じいじ、まだ、実感が湧かないんですか?」寿司職人が、祖父に声をかけた。
「じいじって、言うな」祖父が、寿司職人に文句を言った。
「ハッハハハハ」
「じいじは、実感が湧かないというより、まだ障害を受け入れられないんだ」叔父が、鋭い突っ込みをした。
「だから、じいじと呼ぶな」祖父は、それでもなお、心から、アナの障害を受け入れられなかった。
「しょうがないっすねぇ」寿司職人が、呆れた。
「ハッハハハハ」
 叔父が、テーブルの上の紅茶を飲み干して、
「それじゃ、冬子の〈産まれるまでにしたい十のこと〉について話し合いましょうか」
 と、腰を上げた。
「賛成〜!」寿司職人が、喜んだ。
「実は、まだ、九個しか決まってないんだけど……」
 冬子が、九つの願いを書いた紙を掲げた。

 〈友達を百人作る〉
 〈赤い糸で結ばれている人を見つける〉
 〈アナを映画に出演させる〉
 〈偏見をなくす〉
 〈アナを笑わせたい〉
 〈オーケストラの生演奏を聴かせる〉
 〈アナの心の拠り所を作る〉
 〈アナの大好物を見つける〉
 〈お父さんを見つける〉

 一同が、願いを書いた紙を読んだ。
「〈アナの大好物を見つける〉と〈お父さんを見つける〉を追加したの」冬子が、告げた。
「九個目、えぐいねぇ」寿司職人が、嬉しそうに突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
「やっぱり、これを、産まれるまでにか?」獣医が、一応確認した。
「そうよ。予定日は、一ヶ月後」冬子が、お腹をさすった。
「一個ずつ、クリアしていこうよ」叔父が、みんなを鼓舞した。
「OK」寿司職人が、軽く答えた。
 みんなの結束は、ますます強固になっていた。

 〈友達を百人作る〉
「これに関しては、ネットで布石を打っておきました」獣医が、自信をもって発表した。
「本当に?」冬子が、喜びの表情。
「産婦人科の全面的協力により、エコー写真を持ち寄って、産まれる前から友達になる地域コミュニティサイトを作ったんだ」
「へぇ〜、嬉しいな」
「一足先に産まれた、近所のカズくんも、友達になってくれたよ」寿司職人が、冬子に報告した。
「ダウン症の子も、すでに八人いるよ」叔父が、冬子を勇気づけた。
「今のところ、全部で三十人です」獣医が、誇らしげ。
「すごいねぇ」冬子が、喜んだ。
「引き続き、百人目指して、精進します」
「よろしくお願いします」
「ハッハハハハ」

 〈赤い糸で結ばれている人を見つける〉
「これは、もう完璧」寿司職人が、自信満々に話し出した。
「どうなったの?」冬子が、聞いた。
「占いアプリで、伴侶を見つけました」
「誰?」
「……カズです!」
「ハッハハハハ」
「カズくんか〜」冬子が、嬉しそうなリアクションをした。
「ちぎりの印に、ペアの半月のキーホルダーをプレゼントしておきました。これ、アナの分」
 寿司職人が、半月のキーホルダーを冬子に渡した。
「二つ組み合わせると、願いが叶うんだ」獣医が、お茶目に言った。
「まだ言うか?」叔父が、呆れた。
「ハッハハハハ」
「本当なの〜? でも、ありがとう。嬉しいな」冬子が、半月のキーホルダーをまじまじと見た。
「本当に赤い糸で結ばれているのかな?」獣医が、ふと疑問を呈した。
「僕たちが、結んであげれば良いんだよ」叔父が、しっかりと告げた。
「そうね」冬子が、顔を上げて微笑んだ。

 〈偏見をなくす〉
「やっぱり、健常児には、負けられないっしょ」冬子が、お腹をさすりながら、しかと言った。
「アナと冬子が望めば、小学校から高校まで、普通校で学べる確約をとりつけた」叔父が、報告した。
「本当なの?」
「三人で、教育委員会とやり合った」獣医が、叔父と寿司職人と目を合わせた。
「ありがとう」
「他に何か希望は?」叔父が、冬子に尋ねた。
「みんなアナに対して、偏見はないよね?」冬子が、少し心配そうに聞いた。
「これからの時代、障害も健常もない。大丈夫、みんなで支えるから」叔父が、自信を持って答えた。
「頼りになります」冬子が、嬉し涙を拭った。

 〈アナの心の拠り所を作る〉
「ちょっと待ってね」
 獣医が、荷物の中から、キャリーバッグを持って来た。
「もしかして?」冬子が、目を輝かせた。
「じゃ〜ん! 産まれたばかりの捨て猫だよ」
 獣医が、猫をみんなにお披露目した。アナと同い年の捨て猫を探すミッションに成功したのだ。
「まあ、かわいい!」冬子が、猫を抱き上げた。
「名前、どうしようか?」
「アナに付けてもらいましょう」冬子が、満面の笑みで答えた。
「へぇ〜、この子が、アナの同い年か……同い年?」寿司職人が、引っかかった。
「おい、獣医。もうすぐ年変わるぞ!」叔父が、獣医に突っ込みを入れた。
「あ! ……また探すよ」獣医が、しょぼくれた。
「詰めが甘いな〜」寿司職人が、獣医をなじった。
「ふんっ」みんなが、鼻で笑った。

 〈アナの大好物を見つける〉
「これは、さっき聞いた願いだからな。アナの大好物か……食べ物かな?」叔父が、思案した。
「食べ物といったら、寿司でしょう」
 寿司職人が、寿司を作る準備を始めた。
「大丈夫か?」獣医が、心配そうに声をかけた。
「任せてください」
「一抹の不安が……」
 寿司職人が、寿司を作り終えた。
「アナの大好物は、見つけるんじゃない、創るんだ。そういうわけで、アナにちなんだ創作寿司を考案しました。アナといったら、やっぱ穴子だよね?」寿司職人が、饒舌になった。
「まあ、そうだな。穴子、用意して来たんだ?」
「はい」
「お前にしては、準備が良いな」
「シャリの周りに、海苔の代わりに穴子を巻いて、上に三本のオクラを乗せて、軍艦巻きを創ったよ」
 オクラは、別荘の傍らの菜園の温室で採れたばかりで、新鮮そのものだった。もちろん、アナの三本の二十一番染色体を模した。
「デカイな」獣医が、突っ込みを入れた。
「軍艦というより、宇宙戦艦ね」冬子も、リアクションに困った様子。
「しゃりの代わりにイクラを包もうとも思ったんだけどね」寿司職人が、真剣に言った。
「それは止めて正解」
「ハッハハハハ」
 獣医が、一口食べて、
「……まずいな」
 と、感想を述べた。
「はっ! 味のこと考えてなかった」寿司職人が、ぽんと頭をこづいた。
「それを第一に考えろよ」
「で、この寿司の名前は?」叔父が、寿司職人に聞いた。
「〈アナ〉に、護るの〈護〉で、アナ護巻き。みんなでアナを守っていこうと思ってね」寿司職人が、ドヤ顔。
「お前にしては、上出来だな」獣医が、寿司職人を褒めた。
「お二人さん、本当に優しいのね」冬子が、猫を抱きながら、寿司を食べて満足そう。
「冬子のためなら、なんのその」寿司職人が、嬉しそうに答えた。
「みんな、そろそろ結婚しないの?」
「冬子は、とられちゃったから……」
「俺も……」獣医も、残念そうに告げた。
 獣医と寿司職人は、実は、幼い頃から、冬子のことが好きで、狙っていた。
「実は……僕も、狙っていたんだ……」叔父が、元気なく言った。
「お前もか!」獣医が、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
 冬子は、それほど魅力的な女性だった。気丈で優しくまさにアナの母にピッタリだった。

 〈アナを映画に出演させる〉
「一応、ここまで撮り溜めた映像を編集して、映画っぽくしたんだ。見る?」獣医が、ハンディカムを取り出した。
「見たい!」冬子が、食いついた。
「脚本は、お祖父ちゃんが」叔父が、伝えた。
「脚本というか、プロットだな」祖父が、謙遜した。
 みんなで映画を見た。
「やっぱり映画は良いねぇ」祖父が、感激していた。
「面白かったわ」冬子が、率直な感想を述べた。
「本物の映画は、アナが大きくなったら、みんなで撮ろう」叔父が、みんなに声をかけた。
「あと、喜んでもらえるかどうか……」祖父が、一枚のDVDを取り出した。
「なんのDVD?」叔父が、尋ねた。
「実は、アナのエコー動画を映画の製作会社に送っていたんだ」
「まさか……?」
 祖父が、DVDを再生した。
「これが、アナだ」祖父が、指差した。
 映画のワンシーンに、アナのエコー動画が、使われていた。
「すごいじゃない!」冬子が、喜んで手を叩いた。
「結局、エキストラみたいなもんだがな」
「それでも十分よ」
「アナが、大きくなったら、映画のセリフを言わせてあげたいな」祖父が、抱負を語った。
「大きな夢ですね」寿司職人が、祖父に尊敬の念を抱いた。

「ちょっと休憩しますか?」叔父が、冬子を気遣って、声をかけた。
「釣りでもしようか?」祖父が、みんなを誘った。
「そうね。ありがとう、みんな」冬子も、賛同した。
「何言ってんだ、今さら。アナは、僕らみんなの娘みたいなもんなんだから」獣医が、冬子を労った。
「幸せにするの、手伝いますよ。何もできませんが」寿司職人も、意気揚々と言った。
「知ってる」冬子が、お茶目に言った。
「ハッハハハハ」

 一同が、別荘の裏手の沼で釣りをしながら、夢を語り合った。
「じいじの夢って何?」叔父が、祖父に聞いた。
「……会社を大きくして、慈善活動をすることかな」
 祖父は、まだアナのことを受け入れられなかったが、できる限りのことはしてあげたいと思っていた。
「僕は、ファミレスの店長になりたいな」
「なれるわけないだろう」祖父が、厳しい言葉をかけた。
「そうでもないかも知れませんよ〜」寿司職人が、含みを持たせた。
 ファミレスには、由美がいるのだ。
「頑張ろうと思っている」叔父は、由美とアナのために、奮起していた。
「僕は、動物病院を全国チェーンにしたいです」獣医が、抱負を語った。
「大きく出たな」寿司職人が、突っ込みを入れた。
「お前は?」
「小さくて良いから、自分の店を持ちたいですねぇ」
「お客さん来るのか〜?」
「獣医の動物病院よりは来ますよ」
「うるせえよ」
「ハッハハハハ」
「冬子は?」叔父が、尋ねた。
「アナを笑顔の絶えない子に育てたいな」
「そうだな」
 しばらく、静かに釣りを楽しんだ。
「ここ、魚いるのかな?」獣医が、ふと疑問に思った。
 魚は、全く釣れなかった。
「あ、釣れた! けど……」冬子が、釣った魚を見た。
「稚魚だね」寿司職人が、一瞥して告げた。
「そのうち大きくなるさ。また来よう」叔父が、冬子の魚をリリースした。

 〈アナを笑わせたい〉
「これが、難題なんだよな」獣医が、頭を抱えた。
「思ったんだけど、アナの様子を見れないと、笑っているかどうか分かりませんね」寿司職人が、珍しく真っ当なことを言った。
「確かに」
「もう一度、エコー動画を見てみよう」叔父が、祖父のDVDを再生した。
 みんなで、アナのエコー動画を見た。
「よく分からないな」獣医が、エコー動画を食い入るように見た。
「こんなこともあろうかと、エコー動画を見る機械をレンタルしてきました!」寿司職人が、それを取り出した。
「早く出せよ。どこでレンタルできるんだ?」獣医が、突っ込んだ。
「簡易版だけど、パソコンのUSBにつないで見れるから」
「俺が、操作しようか?」獣医が、冬子のお腹に機械を当てた。
 みんなで、アナのエコー動画を見た。
「液晶画面を下から覗くと、笑って見えるよ」寿司職人が、色々試して言った。
「本当に?」叔父も、覗いて見た。
 みんなで下から覗いた。
「あ、笑っている」獣医が、笑った。
「影っていうのか、その影響だろうけど……確かに笑っているように見えるね」叔父も、賛同した。
「うん、笑っていると認定します」冬子が、太鼓判を押した。
「おお〜っ!」一同が、喜んで拍手した。
「本当の笑顔は、産んでからいっぱい見せてもらうわ」冬子が、じっとエコー動画のアナを見つめていた。
「ま、アナにとっては、胎教で、お笑いを仕込まれたようなものかもね」叔父が、嬉しそう。
「きっと明るい子に育つ」獣医が、断言した。
 その時、寿司職人が、あっ、と声を上げた。
「どうした?」獣医が、驚いて聞いた。
「これ……ピースサインをしていませんか?」寿司職人が、エコー動画を指差した。
「そうか〜?」獣医が、訝しんだ。
「でも、見えなくはない」叔父が、肯定した。
「アナからの思わぬサプライズね!」冬子が、大きく笑った。
 みんなで、しばらくアナのエコー動画を見た。
「それじゃ、片付けますか?」寿司職人が、言い出した。
 みんなで、機械を片していた。
「あ、イタタタ……」冬子が、お腹の痛みを訴えた。
「大丈夫か?」叔父が、慌てて、冬子を抱きかかえた。
「お腹を触らせてください……大丈夫だと思うけど、安静にした方が良いかもね」獣医も一応医者。
「そうする」冬子が、苦しそう。

 〈オーケストラの生演奏を聴かせる〉
「そろそろ出た方が良いけど」叔父が、みんなに声をかけた。
 ライブハウスのオーケストラの生演奏の時間が迫っていた。
「冬子、無理しなくて良いからね」獣医が、冬子を気遣った。
「このチャンスを逃したくないから」冬子は、どうしても、アナに生演奏を聞かせたかった。
「そうか……じゃ、行こうか」叔父が、判断した。
 みんなで、バンに乗って、ライブハウスへ行った。
「冬子には、特等席を用意したから」叔父が、冬子をエスコートした。
「こんな前の席?」冬子が、驚いた。
「僕らは、後ろの方から見ているから」
「そうなの?」
「ああ、楽しんで」
 しばらくして、会場が一旦暗くなって、ステージの明かりがついて、生演奏が、スタートした。
「あっ……」冬子が、思わず声を上げた。
 祖父、叔父、獣医、寿司職人が、ステージに登場して、生演奏を披露していた。猛練習して、オーケストラに参加していたのだ。
「こんな下手くそな演奏じゃ、アナが音痴になっちゃうわ」
 冬子が、泣いて喜んだ。涙が溢れて止まらなかった。四人は、そんな冬子を目にして、下手だけど、一生懸命に演奏した。お腹の中のアナにも伝わるように。
 生演奏の後、一行は、帰りの支度をしていた。
 その時、ライブハウスの外が、騒がしくなった。
「何かしら?」冬子が、不安そうな声を出した。
「あれは……?」叔父が、声のする方を見て、愕然とした。
 地元の障害児が、酔っ払ったサラリーマンから、偏見を受けていた。
「何をしているの!」冬子が、立ち上がった。
「冬子、無茶するな」叔父が、冬子を諌めた。
 その時、祖父が、進み出て、
「偏見は許さん!」
 と、サラリーマンと大立ち回りを見せた。
「す、すみません……!」サラリーマンが、逃げ去って行った。
「じいじ、ついに、アナの障害を受け入れられたんじゃ?」寿司職人が、祖父に声をかけた。
「じいじって言うな」祖父が、まだ興奮冷めやらぬ様子。
 ライブハウスからの帰りの車内。
「冬子、十個目の願いなんだけど」叔父が、運転しながら、話を切り出した。
「うん」
「僕らに決めさせてくれないか?」
「ああ、良いわよ」
「実は、もう考えてあるんだ……〈アナにメッセージを残す〉っての、どうかな? 冬子のさ」
「あら、良いじゃない?」
「アナが、大きくなって、聞かせてあげれば、今の冬子の気持ちも伝わると思うんだ」
「内容、考えとくわ」
「よろしく」
「これで、〈産まれるまでにしたい十のこと〉が、出揃ったね」寿司職人が、満足そうに笑った。
「あと一ヶ月、万全の体制でアナの出産を迎えよう」獣医が、冬子に声をかけた。
「ありがとう」冬子が、答えた。
 冬子は、別荘に着くまで、ずっとお腹に手を当て、「みんなあなたの味方。安心して産まれて来てね」と、アナに語りかけた。

 その夜、みんなで、居間に集まっていた。
「もうすぐ新年ですね」寿司職人が、冷えた足をさすった。
「麻雀でもやろうか?」獣医が、言い出した。
「別荘の離れで打とうか?」祖父も、乗り気だった。
「叔父さんも、やろうよ」寿司職人が、叔父を誘った。
「そんなもんやるものか」叔父は、学生時代に散々負けて、麻雀が嫌いだった。
「私やりたい」冬子が、参戦することになった。
 祖父、獣医、寿司職人、冬子が、離れで麻雀を打ち始めた。
「〈お父さんを見つける〉って、僕じゃダメかな?」寿司職人が、冬子に相談した。
「ダメ」冬子が、にべもなく拒絶した。
「ハッハハハハ」
 その時、冬子が、麻雀を打つ手を止めて、
「く、苦しくなって来ちゃった……」
 と、悶えた。
 予定日前に、陣痛が来てしまったのだ。
「これは……もう産まれそうです」獣医が、冬子を介抱した。
「ここで産むのか?」祖父が、驚きを隠せなかった。
「病院まで移動する方が、危険です……任せてください」
 獣医が、お産の陣頭指揮をとって、離れで産むことにした。
「本当に大丈夫か、獣医?」叔父も、騒ぎを聞きつけて、離れに駆けつけた。
「……多分」
「多分って」
「苦しい……!」冬子が、必死に息んだ。
 結構な難産だった。
 その時、離れのドアが、バーンと開いて、
「大丈夫か、冬子!」
 と、二人の男性が、入室して来た。
「……あなた?」冬子が、男性を見た。
 アナの父だった。
「アナは、俺の娘だ!!!」
 アナの父が、アナを認知した。
「どうやって、ここへ……?」祖父が、驚いた。
 アナの父の自宅は、別荘から遠く離れていた。
「ドクターヘリで来た」アナの父が、地元の産婦人科医を連れて来てくれていた。
「どうして、陣痛が来ることが分かったんだ?」
「三人から、連絡を受けたんだ」
「早産の可能性もあると思って」叔父が、答えた。
 叔父、獣医、寿司職人が、相談して、アナの父に連絡していた。
「それにしても、早いな」祖父が、まだ信じられないといった様子。
「実は、あのライブハウスのオーケストラの主催者だったんだ」叔父が、アナの父と目を合わせた。
「そうだったのか!」
 アナの父が、
「ずっと皆さんの演奏を見ていました。そのあと、病院へ直行して、ドクターヘリを待機させていたんです。もしも早産だったら、いつでも来れるようにと」
 と、事情を話した。
「あなた……ありがとう。アナが……喜ぶわ。産まれたら……顔を……見てあげて」冬子が、息み続けた。
「うん、頑張れ、冬子!」
「〈お父さんを見つける〉、叶いましたね」寿司職人が、嬉しそう。
「そうね……!」冬子が、息んだ。
「大丈夫ですよ」アナの連れて来た産婦人科医が、適切な処置をした。
「きばりんしゃい」獣医が、側で応援した。
「こんな時にアレだけど、冬子、アナにメッセージを頼む」
 寿司職人が、冬子にビデオカメラを向けた。〈アナにメッセージを残す〉を実現しようとしたのだ。
「……え、今……?」冬子が、流石に戸惑った。
「アナのために」
「……そうね……アナ、私の元へ来てくれてありがとう……ダウン症でごめんね……色々迷っちゃったけど、産むって決めたから……産むからには、絶対に幸せにする……私に似て、美人なんだろうな……一緒に、楽しい思い出いっぱい作ろう!」
「あとは、〈友達を百人作る〉だけか……」獣医は、アナが産まれるまでに全ての願いを叶えたかった。しかし、今から、百人にするのは、到底無理な話だった。
「ああ、あれ。僕が、叶えておきました」アナの父が、あっさりと告げた。
「叶えたって……友達、百人集まったの?」
「ええ、あのコミュニティサイトを全国展開して、集まりました。千人でも良いですよね?」
 アナの父が、冬子の願いを叶えてくれていた。アナの父は、ずっと冬子の〈産まれるまでにしたい十のこと〉を陰ながらサポートしてくれていたのだ。
「せ、千人!」獣医が、素っ頓狂な声を上げた。
「……ありがとう」冬子は、この時、初めてそれを知った。
 時計の針は、夜中の十二時に差し掛かろうとしていた。
「あ、アナが、このまま産まれれば、捨て猫と同い年だ!」獣医が、叫んだ。
 次の瞬間ーー。
「オギャーオギャー」
 アナが、産まれた。





      第二章 紅と白と黒の映画


      【進学】


 アナは、結局、カズとともに、小学校の支援学級に進んで、六年間、和気藹々と過ごしていた。
 アナが、小学六年生の時、進路相談があって、冬子と一緒に支援学級の教室へ行った。
 支援学級の担任の先生が、
「アナは、進路どうしようか?」
 と、聞いた。
「やっぱり、勉強について行かれないかな」アナが、正直に答えた。
「気にしなくて良いんだからね。楽しく過ごせる方を選びなさい」冬子も、助言した。
「……支援学校にする」
「うん、そうしよう」
 アナと冬子は、散々悩んだ結果を口にしていた。普通中学校への進学は望まなかった。
 アナが、叔父の自宅へ行って、
「叔父さん、ごめんね」
 と、謝った。
 アナは、叔父が、あの〈産まれるまでにしたい十のこと〉の中の〈偏見をなくす〉という願いを叶えるために、普通校への切符を取り付けていたことを知っていた。
「気にしなくて良いよ。好きな方を選びな」叔父が、優しくアナの頭を撫でた。
「お母さんと同じこと言っている」アナが、上目使いで、突っ込みを入れた。
「そうかぁ?」
「ハッハハハハ」
 アナが、自宅に戻って、冬子に、
「お父さんは、なんて言うかな?」
 と、聞いた。
「きっと『アナが決めな』って言うと思うよ」
 アナの父は、再び、別居中だった。

 翌日、アナが、支援学級の教室で、カズに、
「私、支援学校に行くよ」
 と、報告した。
「偶然、僕も同じだよ」
「本当なの?」
「ああ、今決めた」
「今? ……良いの?」
「アナと一緒ってのに意味があるんだ」
「ベタ惚れなのね?」
「ああ、そうだよ」カズが、開き直った。
「ハッハハハハ」
「ありがとう、嬉しいわ」アナが、ほっとして笑顔を見せた。
「末長くよろしく」
「はい」
 アナとカズは、恋人同士とは言えなかったが、良好な関係を築いていた。とても純粋で、健気な付き合いだった。

 春になって、支援学校の体育館で、入学式が行われた。アナは、中等部一年生として、カズと一緒に参列していた。また、同じクラスだった。
「一年一組って、一番障害が軽いのかな?」アナが、周りを見回してささやいた。
「そうかも知れないね」カズも、周りをキョロキョロした。
 周りには、車椅子を利用している子や、介助の先生の付いている子も多くいた。
 入学式の後、アナとカズは、一年一組の教室へ行って、授業を受けた。
「支援学校の授業も、大丈夫そうね」アナが、微笑んだ。
「そうだね。ついて行けそうだ」カズも、安心していた。
 アナが、帰り支度をして、
「さ、部活だ!」
 と、気合を入れて、教室を飛び出した。
「入学早々、体験入部するの?」カズが、後を追った。
 アナは、迷わず映画部の体験入部へ参加した。祖父の喜ぶ顔を見たいからだ。
「杵間先生、来ました入部させてください」
 アナが、杵間先生に声をかけた。杵間先生は、まだ映画部の顧問だった。
「いらっしゃい、アナ」杵間先生は、冬子の娘であるアナのことを覚えていてくれた。
「僕も、お願いします」カズも、挨拶した。
「さあ、新入生も来てくれたし、早速映画見るわよ!」
 杵間先生が、映画部員に告げた。
「いきなり映画鑑賞かよ!」アナが、大きな声で突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」映画部員が、笑った。
 アナは、いきなりムードメーカーぶりを発揮した。
「良い発声ね。アナは、俳優向き」杵間先生が、明るい声で言った。

 後日、アナとカズは、映画部員になって、映画部の活動に参加していた。
「由美さんに会いに」
 映画部員は、学校帰りに、近所のファミレスで食事会を開いていた。由美が、映画部の先輩だったので、由美のことを知る映画部員が、集まっていたのだ。
「由美さんって、良い人だなぁ」カズが、見とれていた。
「おい!」アナが、カズの頭を引っ叩いた。
「ハッハハハハ」
「アナとカズって、お似合いのカップルね」映画部員が、きっぱりと言い切った。
「付き合ってません!」アナが、これまたきっぱりと否定した。
「そうなの?」カズが、オロオロした。
「ハッハハハハ」それを見て、映画部員が、吹き出した。

 ある日の部活の時間、杵間先生が、映画部員に、
「今度、映画の上映会に参加してみない?」
 と、切り出した。
「面白そう!」アナが、真っ先に食いついた。
「じゃ、決まりね。もう脚本は書いてきたんだ。新入生のラブロマンスだから。主役は……アナとカズ」
「え〜!!!」アナが、大きく叫んだ。
「やります!」カズが、即答した。
「ハッハハハハ」
 どういうわけか、映画部員の反論はなかった。アナとカズの仲を認めていたのだ。
「早速、撮影を始めましょう!」映画部員が、脚本を受け取って、映画の撮影の準備を始めた。
「ほ、本気ですか〜?」
 アナが、往生際が悪かった。カズとの共演より、少し自信がなかったようだった。

 撮影も佳境に入った頃、杵間先生が、
「上映会は、夏休みに、Y県の山間のライブハウスで行うのよ」
 と、告げた。
「あ、そこの近くに、うちの別荘があります! 上映会のついでに、みんなで、うちの別荘に遊びに来ない?」アナが、申し出た。
「え〜、行ってみたい!」映画部員が、賛成した。
「はい、決定! 良いでしょ、杵間先生?」
「まあ、良いでしょう。バスを出すから、寄ってもらうことにしましょう」杵間先生の許可が出た。
「やった!」アナが、喜びをあらわにした。


      【夏休み】


 夏休み、上映会の日になった。
 支援学校の映画部員が、支援学校に集合して、貸切バスに乗って、Y県のアナの別荘に向かった。
「遠足じゃないんだから、迷惑をかけないでよ〜」杵間先生が、引率していた。
「は〜い!」アナが、元気よく返事した。
「アナが、一番不安なんだよ」カズが、突っ込んだ。
「ハッハハハハ」

 別荘に着くと、祖父、冬子、叔父、獣医、寿司職人、和服美人が、お出迎えをしてくれた。
「今日は、どうぞよろしくお願いします」杵間先生が、一同に挨拶をした。
「こちらこそ。ボランティアみたいなものですから」叔父が、代表して、返事をした。
 一同は、映画部員のお世話をすることになっていた。
「我々は、映画部員のみんなと一緒に上映会を見に行って、そのまま一泊する予定です」冬子が、杵間先生に告げた。
 アナが、
「キネマ、おいで」
 と、獣医の足元の猫を呼んだ。
 アナは、あの捨て猫をキネマと名付けていた。今日は、獣医が、責任を持って、別荘に帯同した。
「で、誰よ?」アナが、寿司職人に問うた。
 和服美人が、寿司職人に寄り添っていた。
「ま、彼女だよ」寿司職人が、和服美人の顔をチラリと見た。
「本当かよ!」アナが、驚いた。
「店の常連さんで」
「心のこもった寿司が、美味しくて」和服美人は、寿司職人に会いたくて通っていた。
「好きなネタは?」アナが、聞いた。
「アナ護巻き」
「よ、よくできた彼女さんだ……」アナが、心を許した。
「ハッハハハハ」
「上映会まで時間があるから、別荘の中にどうぞ」冬子が、映画部員に声をかけた。
「うわぁ〜、バリアフリーなんだね!」映画部員が、別荘に感激した。
「こんなこともあろうかと思ってね」祖父が、別荘のバリアフリーの改築をしていた。
「流石、お祖父ちゃん!」アナが、鼻高々。
「皆さん、どうぞ〜」寿司職人が、寿司を振る舞った。
「アナ護巻き、結構好きよ」アナが、寿司職人を、お礼がてらおだてた。
「美味しいでしょ? アナが産まれた頃から、随分改良を重ねたから」寿司職人が、素直に喜んだ。
「うん、おいし〜い」
「変な臭いがするな」カズが、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
「この前から、お手足っていう芸を教え込んだんだ」獣医が、キネマに芸を教え込んでいた。
「どんな芸?」叔父が、怪訝そうに聞いた。
「『お手足』って言って、手を差し出すと、両手足を手のひらに乗せようとする」
「……そんなことできる?」
「やろうとする」
「見せて」
「……お手足!」獣医が、キネマに向かって、手を差し出した。
 キネマが、ジャンプして、両手足を手のひらに乗せようとして、コケた。
「……ハッハハハハ」
「できてないじゃないか」叔父が、突っ込んだ。
「俺はできるんだけどね」
「お手足!」叔父が、獣医に向かって、手を差し出した。
「ほいっ!」獣医が、お手足をした。
「よーし、よくやったよくやった」叔父が、獣医の頭を撫でた。
「馬鹿にしてんのか!」
「そりゃ、こっちのセリフだよ」
「お手足!」叔父が、もう一度手を差し出した。
「ほいっ!」獣医が、お手足をした。
「ハッハハハハ」

 映画部員が、別荘の周りに飛び出した。
 しばらくして、アナが、冬子の元へ行って、
「お母さ〜ん、キーホルダー失くしちゃった!」
 と、冬子に泣きついた。
「あの半月のキーホルダー?」
「そうよ、大事な半月のキーホルダーを!」
「どこで失くしたの?」
「別荘の外だと思う。菜園か、沼か……探したけど、見つからないの!」アナが、半泣きで訴えた。
「仕方ないわね。諦めなさい」
「え〜!」
「あれを失くすなよな」カズが、悲しみを込めて、突っ込んだ。
「そろそろ上映会へ行かないと」冬子が、一同に告げた。
「そうですね。みんな、集合!」杵間先生が、映画部員に声をかけた。
「どうしよう……」アナも、渋々みんなの元へ行った。

 杵間先生と映画部員が、貸切バスに乗って、ライブハウスの上映会会場へ行った。他の大人たちは、叔父の運転するバンで、同行した。
「この上映会は、アナの父の主催なんだ」叔父が、車内で、祖父に告げた。
「そうだったのか」祖父が、意外そうに答えた。
 一行が、ライブハウスに着いて、席についた。アナとカズは、仲良く、隣の席に座った。
 早速、上映会が、始まった。
「どれもこれも特徴的なんだね」アナが、隣の席のカズにささやいた。
「本当に。面白いね」カズも、すっかり映画が好きになっていた。
 アナの支援学校の作品の順番になった。
 映画の中で、アナとカズのキスシーンがあった。
「こんな形で、キスするとはね」カズが、少し照れた。
「そうね」アナも、照れ臭そうに微笑んだ。なんだかんだで、嬉しかったのだ。
「もう願い事は、叶わないけどな」
「半月のキーホルダーを失くしたから?」
「そうだ」
「相変わらず、根に持つのね」
「ふふふ……」二人は、笑い声を押し殺した。
 全ての上映が終わって、授賞式が、行われた。
「うわぁ!」アナが、歓喜の声を上げた。
 映画部の作品が、審査員特別賞をとった。
 映画部員が、歓喜の輪を作った。
「良かったね、アナ……」冬子が、思わず涙ぐんだ。
 それから、ライブハウスのオーケストラの生演奏を聴きながら、打ち上げをした。
「〈産まれるまでにしたい十のこと〉覚えている?」獣医が、冬子に尋ねた。
「忘れるわけないじゃない」
「あれ、実現したね。〈アナを映画に出演させる〉と〈アナを笑わせたい〉っての」
「確かにそうね」冬子が、嬉しそうに微笑んだ。
「ずっと引っかかっていたんだ」
「感慨深いね」寿司職人も、あの時のことを懐かしんだ。
「あんた、良い人いないの?」冬子が、叔父にズケズケと聞いた。
「そうだよ、結婚した方が良いよ」寿司職人が、調子に乗った。
「お前が言うな……良いなって思っている子はいるんだけどね」叔父が、静かに答えた。
「どんな子?」冬子が、興味津々。
「ファミレスで、バイトしている子なんだけど……知的障害があるんだ。軽度の……」
「由美ちゃんじゃん!」獣医も、話を聞いていた。
「そっか……」冬子が、納得した。
「幸せにしてあげたいと思っている。ま、随分年下だけど」叔父が、しっかりと言った。
「応援するわ」冬子が、叔父の肩をポンと叩いた。
「頼んだ」
 打ち上げの後、商店街の歩道で、数人の地元の輩が、アナに、
「障害児だろう! あっち行け!」
 と、絡んだ。
 偏見だった。
「すみません」アナの笑顔が、消えた。
「止めろよ!」カズが、勇敢に立ち向かった。
 しかし、多勢に無勢だった。
 その時、祖父が、
「許さん!」
 と、いきり立った。
 かつて、あれほど障害を受け入れられなかった祖父が、アナのために必死になった。
「お祖父ちゃん!」叔父も、叫んで、慌てて加勢した。
 獣医、寿司職人も、助太刀した。
「なにしてんのよ!」冬子も、ハイヒールを握りしめて、輩の頭をこづいた。
「な、なんだよ……」輩が、去って行った。
 騒ぎが、収まった。
「先生、時間が……」叔父が、杵間先生と映画部員を気遣った。
「アナ、怪我はない?」杵間先生が、アナに聞いた。
「はい」
「先生、もう帰らないと」叔父が、もう一度、杵間先生に声をかけた。
「さあさ」冬子も、杵間先生と映画部員を貸切バスに誘導した。
「先生、明日お休みだし、私は、このまま、別荘に泊まって良いですか?」アナが、杵間先生に尋ねた。
「よろしいですか?」杵間先生が、冬子に確認した。
「先生が、よろしければ」
「じゃ、OK」
「やった!」
「それじゃ、アナ、またな」カズが、貸切バスに乗り込んだ。
 他の映画部員も、貸切バスに乗り込んだ。
「それじゃ、お世話になりました」杵間先生が、貸切バスのドアのところに立って、お礼を述べた。
「ありがとうございました!」映画部員も、貸切バスの中から、大きな声を上げた。
 貸切バスが、小さくなって行った。
「じゃ、別荘に戻ろうか?」叔父が、一同に、声をかけた。
「深酒したい気分だ」祖父が、飲み足りない様子。
「じゃ、僕らは帰るから」
「ああ」祖父が、街中に消えて行った。

 一行が、別荘へ戻った。
「キネマ〜」アナが、キネマを探した。
 キネマは、ソファーの前にいた。
「キネマ? キネマ! キネマ!!!」アナが、大声を上げた。
「どうしたの?」冬子が、異変に気づいて、アナの元へ駆け寄った。
「キネマが、息をしていない!」
「ちょっと見せてごらん」獣医が、慣れない手つきで、診察をした。
「どうなの?」冬子が、獣医に尋ねた。
「……」獣医が、無言で、首を横に振った。
「キネマーーー!!!」アナが、慟哭した。
 キネマが、急死した。
「アナの同い年として、大往生だったと思う」獣医が、アナに優しく声をかけた。
「心の拠り所はあるから」叔父が、アナを勇気づけた。
「偏見されたり、キネマが死んだり、踏んだり蹴ったりだ……」アナが、落ち込んだ。
 アナは、しばらくキネマを抱いて、放心状態だった。
「アナ、見せたいものがある」冬子が、アナに声をかけた。
「……なあに?」
「映画よ」
 冬子が、DVDをセットして、映像が映し出された。アナの妊娠中に撮影した映画だ。
 最後の方に、冬子からアナに、
「……アナ、私の元へ来てくれてありがとう……ダウン症でごめんね……色々迷っちゃったけど、産むって決めたから……産むからには、絶対に幸せにする……私に似て、美人なんだろうな……一緒に、楽しい思い出いっぱい作ろう!」
 と、メッセージがあった。
「ありがとう、お母さん……」
「さ、寝ましょう」冬子が、アナの肩を抱いて、二階へ行った。
「一緒に寝る?」冬子が、アナに尋ねた。
「キネマと寝るわ」
「そうね、おやすみ」
「うん」
 アナは、まだ温もりの残るキネマを抱いて寝た。涙が止まらなかった。

 夜中、祖父が別荘に戻って、居間で、映画のDVDを再生した。
 映画の中から、
「子供ができたんでね。あとは、孫の誕生を待つだけだ。楽しみだねぇ」
 と、聞こえた。
 アナが、夜中に起きて、キネマを抱いて、祖父の元へ行って、
「何見ているの?」
 と、尋ねた。
「ああ、古い映画だよ。気に入ってるのだから、DVDに焼いたんだ」
「そう……キネマが死んだ」アナが、涙を流して報告した。
「……そうか。明日、弔おう。ぐっすり寝なさい」祖父が、キネマの頭を優しく撫でた。
「うん、おやすみ」アナが、二階の自室へ戻って行った。
「アナ……」祖父が、手帳を開いた。
 手帳には、こう記してあった。
 手帳:〈人里離れた別荘なら、偏見に遭わずに、存分に羽を伸ばせるだろう〉
 祖父は、その文字を二重線で消した。
 祖父の顔に映像が反射して、青白く光った。

 翌日、一同、帰りのバンの車内で、まったりしていた。
「キネマ……」アナが、キネマを抱いていた。
「明日、キネマのお葬式をするから」冬子が、アナに声をかけた。
「うん」
「アナ、元気出せよ」獣医が、キネマを撫でた。
「ありがとう。でも、楽しかった。別荘があって良かったわ」アナが、気丈に答えた。
「お祖父ちゃんにも、お礼を言ってあげて」冬子が、アナに諭すように告げた。
「お祖父ちゃん、別荘ありがとうね!」アナが、祖父にお礼を述べた。
「……」祖父は、ぐっすりと寝ていた。
「寝ちゃってる」
「ハッハハハハ」
 カーラジオから、ニュースが流れた。
 ニュース:〈今朝早く、Y県の山間で、若い男性と見られる遺体が発見され……警察は、怨恨による殺人事件とみて、慎重に捜査を進めています……〉





      第三章 子供雀士化計画


 連続殺人鬼は祖父である。


      【年の瀬】


 年の瀬。冬子とアナが、市郊外の総合病院へ祖父のお見舞いに行った。
「正月は、一時退院して、別荘で家族と一緒に過ごしましょう」冬子が、祖父に提案した。
「そうじゃな」祖父が、快諾した。
 祖父は、この病院に入院して数年が経っていた。
「お母さん、カズも連れて行って良い?」アナが、申し出た。
「……良いわよ。アバンチュールを楽しみたいのね?」冬子が、お茶目に言った。
「そんなんじゃないわ!」アナが、赤くなって否定した。
「ハッハハハハ」
 この頃のアナとカズは、とても仲睦まじく、良好な関係を築いていた。


      【大晦日】


 大晦日になった。冬子とアナが、病院へ祖父を迎えに行って、その足で、別荘へ向かった。冬子、アナ、祖父の他に、アナの叔父、獣医、寿司職人、カズも、一緒のバンに乗っていた。
「雪が積もっているから、安全運転で行きますね」叔父が、バンの運転手。
「よろしくね〜」アナが、返事をした。
「別荘に行くと、支援学校の映画の上映会のことを思い出しそうだよ」カズが、懐かしそうに微笑んだ。
「そうね」
 アナとカズが、映画について話をしていた。
 祖父が、アナとカズの顔をまじまじと見つめて、
「本当に映画が好きなんじゃね」
 と、話しかけた。
「そりゃ、支援学校映画部ですから」アナが、きっぱりと答えた。
 実際、アナとカズは、支援学校の映画部で、毎日映画の話題について語り合っていた。
「別荘に着いたら、映画でも撮ろうかのう?」祖父が、提案した。
「面白そう!」アナが、食い気味に即答した。
「わしが、脚本を書く!」祖父が、張り切って申し出た。
「お祖父ちゃんが?」
「これでも、牛丼屋でアルバイトしながら、十六年間、映画のエキストラしていたことがあるんじゃ」祖父は、元エキストラ。映画のことにちょっとだけ詳しかった。
「え、お祖父ちゃん、映画とかに出たことあるの?」
「ああ、いっぱい出たさ」祖父が、得意げに答えた。
「すご〜い!」アナが、感激した。
「セリフもあったの?」
「……ほとんどない……というか、全くなかった」祖父が、しゅんとした。
「それじゃダメじゃん」アナが、嬉しそうに突っ込んだ。
「ハッハハハハ」
 祖父は、気恥ずかしい様子だったが、心の底では、とても嬉しそうに話していた。
 道中、バンのカーラジオから、ニュースが流れた。
 ニュース:〈Y県の山中で、三十代男性のものと見られる変死体が発見されました。警察は、死因の特定を急いでいます。あの連続殺人鬼の犯行の可能性もあり、警察は、慎重に調べを進めています……〉
「連続殺人鬼だって!」アナが、ニュースに興奮した。
「怖いねぇ……」冬子が、怯えた。

 一行が、別荘に着いた。
「はぁ〜、荷物重い!」
 アナが、荷物を自分の部屋に運んで行った。アナが、冬子とお揃いの手編みのマフラーを、ベッドの上に置いて、居間へ行った。
「ちょっと一服しましょう」冬子が、紅茶を入れた。
「早速映画の件じゃが、とりあえず、序盤だけ」祖父が、映画の脚本を持って来た。
「できるの早いな!」アナが、驚いた。
「構想は、前々から練っていたから」祖父が、自信ありげに答えて、それを配った。
 アナが、祖父の脚本を一瞥して、
「お祖父ちゃん、これ小説じゃん!」
 と、突っ込んだ。
「……違うのか?」祖父は、エキストラだったので、脚本を見たことがなかった。
「良いよ、もう。小説で演じるよ」アナが、膨れた。
「全く……アナには敵わないよ」祖父が、苦笑い。
「ハッハハハハ」
 みんなで、祖父の脚本を読んだ。
「なあに、これ! 人物設定、私たちのそのまんまじゃん」アナが、容赦なく脚本をけなした。
「そこが良いんじゃないか。リアリティがあるだろう?」祖父が、自分の脚本を肯定した。
「カズ出て来ないじゃん」アナが、不満げ。
「急に来ることになったから、計算外じゃった」
「じゃ、映画部だし、監督は、カズで良いよね?」アナが、カズを監督に推した。
「そうじゃな」祖父も、異論はなかった。
 カズが、一応、監督をすることになった。
「お祖父ちゃん、カメラマンやってよ!」アナが、祖父に指示した。
「手が振るえてなぁ……」祖父が、弱音を吐いた。
「大丈夫。手振れ補正付きだから」アナが、家庭用ビデオカメラを祖父に渡した。
 各自、祖父の脚本をもう一度よく読んだ。
「お祖父ちゃん、映画のタイトル何?」アナが、聞いた。
「そうだな……『子供雀士化計画』」祖父が、微笑んだ。
「何それ〜」アナが、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
 確かに、古めかしくて、意味の分からないタイトルだった。
「アナが、ナレーションをしてくれ」祖父が、アナに頼んだ。
「え〜〜〜! ヤダ〜! 長いもん!」
「頼むから!」
「……仕方ないなぁ」アナが、渋々ナレーションを始めた。

   ーーー シーン 大晦日 1 ーーー

 別荘は、Y県の県境にあって、近くの市からは、細くて曲がりくねった山道を進んだところに存在していた。標高は高く、冬になると大雪に見舞われた。この周辺には、他の別荘はおろか、建物すらなかった。
 別荘は、築二十年ほどで、比較的大きな木造の二階建てだった。別荘の外壁は、ベージュ色をしていて、北欧の建物のような外観をしていた。別荘の一階には、大きな食堂と居間があった。食堂の脇には、少し狭い台所もあった。居間には、ソファーが置いてあり、六人が、十分にくつろげる空間があった。別荘の二階には、長い廊下があって、六部屋が、配置されていた。六人は、一人一部屋使うことになっていた。
 別荘の敷地は、比較的広くて、周りを低い鉄製の塀で囲まれていた。別荘の敷地の入り口には、同じく鉄製の大きな正門があった。正門の内には、十台ほどの車を止められる駐車場があった。別荘の横には、小さな離れが、設けられていて、来客の際に使用していた。別荘の傍らには、比較的広い菜園があった。その菜園の隣には、小さな温室があって、色々な植物が、育てられていた。菜園と温室は、主に、祖父が手入れをしていた。別荘の裏手の私有地には、鬱蒼とした小さな沼があった。

 大雪の大晦日、この別荘に、六人の人物が、集まっていた。祖父、祖父の娘の冬子、冬子の娘のアナ、アナの叔父、獣医、寿司職人だった。
 祖父は、この別荘の主で、正月は、毎年のようにこの別荘で過ごしていた。祖父は、地元の比較的大きな商社を一代で築き上げた辣腕経営者だった。若い頃は、寝る間も惜しんで働いていたが、今は高齢の為、商社の会長職を退くことを考えていた。祖父は、障害児者に対する慈善活動をしている地元の名士だった。祖父は、小柄な紳士で、背中が、少し曲がっていた。祖父は、顔に大きな傷があった。
 冬子は、祖父の実娘で、背はそう高くはないが、容姿端麗だった。学生時代は、文武両道で、祖父の自慢の娘だった。冬子は、有名大学を卒業して、祖父の商社に就職した。仕事も、よくできる方で、数年前に、祖父の商社の経営を受け継いだ。会社経営は、不景気の波で、苦しかったが、何とか切り盛りしていた。アナの父は、婿養子で、祖父の商社を継いでいたが、アナが、幼い頃に離婚して、家を出て行った。冬子は、今も、アナの父と連絡を取れない訳ではなかったが、敢えて連絡を入れることもなかった。
 アナは、アナの父と冬子の間に産まれた実娘だった。アナは、アナの父の記憶が、あまりなくて、父の顔を思い出すことができないほどだった。写真を頼りにするしかなかった。アナは、冬子と、とても仲が良く、友達のように良好な関係を築いていた。アナの父の話も、タブーと言う訳でもなく、時々話題に上っていた。アナは、父のいない寂しさを感じていたが、普段は、おくびにも出さなかった。
 アナの叔父は、冬子の弟だった。未婚で、自宅の近所のファミレスでアルバイトをしていた。アルバイトとはいえ、もう二十年以上働いていたので、責任ある立場で、重要な仕事も任されていた。もっとも、本気で働き始めたのは、最近になってからで、それまでは、平日のランチタイムのみの出勤だった。その代わり、土日祝日は、忙しい冬子に代わって、アナの面倒を見て来た。アナが、叔父の自宅に行って、パソコンで動画を観たりしていて、パソコンなどの操作に詳しくなった。だから、アナは、叔父に心を開いていた。
 獣医は、地元の小さな動物病院を経営していたが、経営は、上手く行っていなかった。お客さんの来ない日もあるほど暇で、経営は、火の車だった。しかし、人柄は、とても良くて、闊達な雰囲気が、近所のおばさん連中に評判が良かった。
 寿司職人は、地元の寿司屋に勤めていて、最近、自分の店を持つ夢を実現させようとしていた。遅咲きだったが、美味しい寿司を握ると評判だった。口数は少なく、実直な性格をしていた。日本酒が好きで、毎日多少高いが美味しい日本酒を嗜む程度に飲んでいた。
 祖父、冬子、アナ、叔父、獣医、寿司職人の六人は、全員、地元の同じ団地に自宅があって、家族ぐるみの付き合いがあった。

   ーーーーーーーーーーーーー

「あー、疲れた!」アナが、ナレーションを読み終わって、大きく息を吐いた。
「上手くできていたと思うよ」祖父が、アナの苦労をねぎらった。
「おだてても、これ以上は、ナレーション読みませんから」アナが、きっぱりと釘を刺した。
「ハッハハハハ」
「分かった分かった。次からは、演技にするよ」祖父が、二階の自室へ行った。
「二人とも、家族と一緒にいなくて、良かったの?」冬子が、獣医と寿司職人に尋ねた。
「実家に帰省するって。今回は、どうしても、別荘に来たかったから」獣医が、答えた。
「僕も、今回だけは、絶対にご一緒させていただきたくて」寿司職人が、きっぱりと言い切った。
「あんた、新婚でしょ?」冬子が、寿司職人に声をかけた。
「たまには、別々が良いって……」
「アツアツだな」獣医が、突っ込んだ。
「気を遣ってくれたのよ」
「そうかも知れません」寿司職人の顔が赤くなった。
「ハッハハハハ」
「由美ちゃんとは、その後どうなの?」冬子が、叔父に尋ねた。
「由美は、結局、家族と一緒にいるのが、一番の幸せなんだ。だから、結論を無理強いはしない。ファミレスで見守るのみだよ」
「お仕事、うまくいっているの?」
「ああ、それは順調」
 由美は、甲斐甲斐しくファミレスのアルバイトを続けていた。障害児者が、仕事を続けるのは、とても難しいことだった。由美はそれをやっていたのだ。叔父らのサポートがあってこそだった。

 しばらくして、祖父が、脚本の続きを持って来て、
「次のシーンじゃ」
 と、みんなに配った。
 アナが、ざっと読んで、
「これ、ト書きじゃないじゃん。伝わらないよ」
 と、文句を言った。
「ト書き……じゃ……あとで、ナレーションを入れてくれ」
「やっぱりまたナレーションじゃん!」
「すまない」
「それにこれ、連続殺人鬼の事件の最中、不謹慎だわ」
 脚本は、話題の連続殺人事件を題材にしていた。
「そこが良いんじゃないか!」祖父が、少しキレた。
「本人役を演じれば良いの?」冬子が、聞いた。
「ここで、あえて別の人物を演じるわけないだろう」祖父が、突っ込みを入れた。冬子には、多少強いことも言えるのだ。
「演技なんてしたことないから……」冬子が、少し不安げ。
「リアリティを追求しているんだ!」祖父が、みんなを鼓舞した。
「それじゃ、始めましょうか」監督のカズが、声をかけた。
「は〜い」アナが、元気よく答えた。
 みんなが、渋々演技を始めた。
 祖父は、基本的にカメラマンを務めつつ、祖父の出番では、カズがカメラマンを兼務した。
「アナ、冒頭のシーン、本当に支援学校の映画部員のスマホとかに繋いでよ。相手のセリフは、アドリブで良いから」カズが、指示を出した。
「了解」アナが、楽しそうに返事をした。

   ーーー シーン 大晦日 2 ーーー

 この年の大晦日、アナは、冬子に連れられて、Y県の別荘に来ていた。
 アナは、別荘に来ると、いつもビデオチャットで、支援学校の映画部員と話すのが、お気に入りだった。別荘の離れには、ウェブカメラ付きのパソコンが置いてあって、インターネットにも繋がっていた。アナは、それを器用に使いこなして、音声と動画で、会話を楽しむことができた。
「今、別荘に来ているの!」
 アナが、映画部員に、嬉しそうに報告した。
「雪、降っている?」
 映画部員が、アナに聞いた。
「すごい降っているよ。相当積もるね。何とか、たどり着けて良かったよ」
「気をつけてね」
「うん、ありがとう」
 アナは、終始ご機嫌だった。別荘に来るのが、とても楽しみだったのだ。

 別荘では、六人が揃って、みんなで、夕食を食べていた。六人は、みんなで手分けをして、おせち料理を作った。それを大晦日から食べ始めていた。別荘には、降雪の影響で、缶詰状態になることもあるので、日持ちする食事を用意しておく必要があったのだ。
「今年のクリスマスも、盛り上がったね!」
 アナが、嬉しそうに言った。
 六人の住む団地では、毎年、クリスマスを祝う会を開いていた。今年も、叔父、獣医、寿司職人が、アナにプレゼントを渡した。
「誰のプレゼントが、一番気に入った?」
 獣医が、アナに質問した。
「そんなこと聞くなよ!」
 叔父が、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
「昔、お祖父ちゃんとお父さんとお母さんと一緒に撮った写真が、宝物なの!」
 アナが、切り返した。
「上手いね〜」叔父が笑った。
「ハッハハハハ」
「そうだね、大事な写真」
 冬子が、優しく声をかけた。
 夕食後、みんなで、居間に移動した。大人が、お酒を飲み始めて、アナが、オレンジジュースを飲んだ。居間には、パソコン、大きなテレビ、ゲームがあった。叔父が、酒を飲みながら、麻雀のネットゲームをしていた。
「アナは、酒はまだ飲まないのか?」
 叔父が、酔っ払いながら、アナに聞いた。
「みんなのだらしない姿を見て、飲まないことに決めたのよ」アナが、お茶目に答えた。
「そうだったのか!」
「ハッハハハハ」
 アナは、本当に明るく優しいムードメーカーだった。
「連続殺人鬼は、この六年間で、十八人も殺しているけど、狙われるのは、いつも悪人ばかり。しかも、金品などを奪うこともない」
 獣医が、酔っ払って、連続殺人鬼の話題を振った。
「特に、障害児者の偏見をしている人が、狙われているらしい。だから、正義のヒーローだと言う人もいるくらい」
 叔父が、チビチビと酒を飲んだ。
「それでも、人を殺しちゃ行けないんだ」
 アナが、きっぱりと言った。
「連続殺人鬼は、小柄な男だって言われているね」
 冬子が、口にした。
 連続殺人鬼の被害者は、障害児者に偏見をしていたこと以外に共通点はなく、殺害方法も、多岐にわたっていた。その為、連続殺人鬼の犯罪であるかどうか、定かではない事件も多かった。それが、連続殺人鬼の特定に手間取る要因でもあった。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 撮影の合間に、叔父が、
「基本がなってないなぁ」
 と、茶茶を入れた。
「役者じゃないもん」アナが、真っ当な突っ込みを入れた。
「発声練習とダンスを教えよう」祖父が、レッスンを始めた。
「あえいうえおあお!」アナが、中心になって、レッスンを受けた。
「映画部では、普段どんなレッスンをしているんだい?」祖父が、カズに声をかけた。
「ひたすら映画を見ています」
「ほぅ、良いねぇ」祖父が、嬉しそうに笑った。

 夕食の後、みんなで、居間に集まっていた。
「みんな揃っているわね。じゃ、始めましょうか?」冬子が、音頭をとった。
「じゃーん!」叔父が、ホールケーキを運んで来た。
「ハッピーバースデー!」みんなが、一斉に声を上げた。
 アナの誕生日だ。
「ありがとうー」アナが、喜んで、ホールケーキの蝋燭の火を吹き消した。
「プレゼントは……ありませ〜ん!」冬子が、元気よく言い放った。
「ないって、何よ?」アナが、ご立腹。
「ごめんごめん。買いそびれた」
「全く!」アナが、ぷくっと頬を膨らませた。
「早いもので、アナも、十七歳か」獣医が、感慨深そう。
「獣医の娘が産まれた時のことを思い出すね」寿司職人が、懐かしんだ。
「今それを思い出すなよ。アナの誕生を思い出せ」
「ハッハハハハ」
「みなさんのおかげで、こんなに大きくなりました」アナが、お礼を述べた。
「何もしてないよー」寿司職人が、謙遜した。
「確かに」アナが、お茶目に言った。
「ハッハハハハ」
「本当に明るい子に育った」
 祖父が、しみじみと呟いた。かつて、「堕ろせ」とまで言った祖父が、自分の間違いを認めて、今ある幸福を享受した。本当に産んでくれてありがとう。そう冬子に感謝するのみだった。
「本当ね」
 冬子が、アナを抱いて、頭を撫でた。冬子も、産んだことを誇りに思っていた。

   ーーー シーン 大晦日 3 ーーー

 夜九時頃になった。六人は、別荘の居間で、まったりとしていた。
「そろそろ寝ようかな」
 祖父が、席を立った。
「お風呂はどうします?」
 冬子が、聞いた。
「明日の朝にするよ」
「お休みなさい」
 祖父が、立ち上がって、居間を出た。
「アナも、寝てらっしゃい」
 冬子が、アナに言った。
「はい」
 アナも、居間を出た。
 アナが、廊下に出ると、祖父が、待っていた。
「一緒に行こうか?」
 祖父が、アナに声をかけた。
「うん!」
「アナ、お父さんがいなくて、寂しいかい?」
「ううん。お父さんがいないから、お祖父ちゃんが、お父さんみたいなの」
「アナは、お祖父ちゃん子だね」
「そうなの。大好き!」
「ハッハハハハ」
「アナ、産まれて来てくれて、ありがとう」
「なあに、改まって?」
「ハッハハハハ」
「本当にありがとう」
「うん……」
 アナと祖父が、二階の廊下を進んで、それぞれ、自室に入って行った。
 アナが、自室に入って、ぐっすりと眠りについた。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 シーンの途中、アナが、
「お祖父ちゃん、張り切っている」
 と、微笑んだ。
「ハッハハハハ」
 その時、冬子が、アナの元へ行って、小声で、
「アナ、よく聞きなさい。実は……お祖父ちゃん、がんが見つかっていたの……余命数日と宣告された。最後の一時退院になると思う。好きなようにやらせてあげて」
 と、伝えた。
「余命数日って……?」アナが、動揺した。
「もう長くは持たない」

 アナの演技が始まった。
「アナ〜、そこ泣くシーンじゃないぞ!」祖父のゲキが飛んだ。
「アナ、笑って。お祖父ちゃんの最期を笑顔で送り出したいし、悟られたくないから」冬子が、アナに耳打ちした。
「……分かった」アナが、悲しそうに呟いた。
 アナは、映画作りを通して、祖父との最後の時間を共有した。この映画は、祖父の一世一代の大仕事だ。アナにとっても。

   ーーー シーン 大晦日 4 ーーー

 夜中、アナが、トイレに起きて、廊下を歩いていた。その時、冬子が、廊下の奥を歩いていて、冬子の部屋のドアを開けて、中に入って行った。冬子は、隣の祖父の部屋から、出てきたようだった。
(あら、お母さん、お祖父ちゃんの部屋から出て来たのかしら。お祖父ちゃんが、起きているなら、遊んでもらおう!)
 アナが、祖父に会おうと、祖父の部屋に入った。
「お祖父ちゃん……?」
 アナが、動転した。
 祖父は、ベッドの上で、ナイフで刺されて死んでいた。
「きゃっ!」
 アナが、慌てて、祖父を助けようと、祖父の胸に刺さったナイフを抜いて、返り血を浴びた。
「アナなの?」
 冬子が、アナの声を聞いて、祖父の部屋に入って行った。
 アナが、ナイフを持って、呆然としていた。
「着替えなさい」
 冬子が、気丈にも、アナの手編みのセーターを脱がせた。
(お母さんが、お祖父ちゃんを殺したの……?)
 アナは、どうしてもその一言が、言い出せなかった。
「もう寝なさい。お母さんに任せておけば、大丈夫」
 冬子が、アナをアナの自室に連れて行って、着替えさせて、ベッドに寝かせた。
 叔父、獣医、寿司職人は、居間で飲み続けていて、ヘベレケになっていた。冬子も、何食わぬ顔をして、それに参加した。
「お祖父ちゃん……お母さん……」
 アナだけが、自室で、泣き濡れていた。アナは、とても素直な性格をしていて、冬子の方針に従うことにした。それだけ冬子を信頼していたし、信じていた。だからこそ、祖父と冬子のことで、思い悩むことになった。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 シーンの撮影を終えて、寿司職人が、祖父に歩み寄って、
「演じてみて分かったんですけど、この祖父が刺されるシーン、少し変じゃないですかね?」
 と、言い出した。
「変というのは?」祖父が、聞き返した。
「誰が刺したのか分からないじゃないですか」寿司職人が、言い放った。
「それが、ミステリーの醍醐味じゃないか! 最初から犯人が分かってどうするんだ。全く、これだから素人は……」祖父が、お冠。
「はぁ、そんなもんですかねぇ……」寿司職人が、まだ納得のいかない様子。

 それから、みんなで、撮影した映像を見た。
「うわぁ、ビデオカメラ振れてるな〜」アナが、開口一番言い放った。
「な」祖父が、それ言わんこっちゃないという様子。
「な、じゃないよ〜」アナが、微笑みながら突っ込みを入れた。
 祖父は、余命数日なのだ。
「カズくん、ビデオカメラは任せたよ。あとはわしが……」祖父が、カズにビデオカメラを渡して、メガホンを握った。
「どうした、アナ? 泣いているのか?」祖父が、アナに優しく声をかけた。
「ごめん……ちょっと」
 アナは、映画の中の話とはいえ、祖父が亡くなったことが、悲しかったのだ。
「アナ、大丈夫だから」冬子が、アナをそっと抱いた。
「泣くなよ〜」叔父が、アナの背中にそっと手のひらを当てた。


      【元日】


 元日の朝、七人は、朝早く起床して、朝食を済ませた。
「どうですか、皆さん。初演技から一夜明けて」冬子が、叔父、獣医、寿司職人に声をかけた。
「ハッハハハハ」
「楽しくなって来ました」獣医が、嬉しそうに答えた。
「まあまあ、それは何よりですね」
「あ、あと、警察の事情聴取のシーンがあるけど、アドリブでお願いします。離れの定点カメラで撮っているから」
「アドリブ!」獣医が、驚いた。
「できるかしら?」冬子が、不安になった。

   ーーー シーン 元日 1 ーーー

 元日の朝。冬子、アナ、叔父、獣医、寿司職人の五人が、居間に集まっていた。冬子は、アナを抱きかかえるように寄り添っていた。
「お祖父ちゃんは?」
 叔父が、不思議そうに聞いた。
「みんな、お祖父ちゃんの部屋に行きましょう」
 冬子が、先導して、五人で、祖父の部屋に行った。
 祖父は、ナイフを胸に刺されて、亡くなっていた。
「連続殺人鬼の犯行か……?」
 叔父が、言葉を絞り出した。
「どうしよう?」
 獣医が、日和った。
「このままって訳にも行かないだろう」
 叔父が、警察に電話をかけた。残りの四人が、固唾を呑んで、それを見守った。
「事件ですか、事故ですか?」
 警察が、電話に出た。
「事件のようです。祖父が、胸部を刺されて、亡くなっております。連続殺人鬼の犯行の可能性もあります。住所は……」
「別荘に到着するまで、三日ほどかかりそうです」
 大雪で山道が、封鎖されてしまって、警察が、すぐに来られなかった。
「どうすればいいですか? 我々も、身の危険があると思うんですが」
「何か連絡手段は、ありますか?」
「離れにビデオチャットがあります」
「それを使いましょう」
 叔父は、静かに電話を切って、他の四人に電話の内容を伝えた。
 五人は、一人ずつ、離れに行って、ビデオチャットで警察と話をした。警察は、ビデオチャットで、五人を落ち着かせるとともに、個別に事情聴取を開始した。

 叔父の事情聴取:
「お仕事は、ファミレスのアルバイトをしているそうですね」
 警察が、厳しい口調で、叔父に問うた。
「アルバイトを侮辱するんですか?」
「そのことで、祖父からも厳しい言葉をかけられていたようで?」
「それは、まあ。親心でしょうか……ありがたいことです」
「犯人に心当たりは?」
「連続殺人鬼の可能性が、一番高いんじゃないでしょうか?」
「この雪の中、どうやって、別荘に行ったんでしょう?」
「予め、潜んでいたとか……?」

 獣医の事情聴取:
「動物病院の融資を断られたようですね」
「そんなことで殺しません。第一、殺したら、未来永劫融資をしてもらえないじゃないですか!」
「冬子さんが、遺産を相続したら?」
「そ、それは……」
「冬子さんならば、融資の可能性もあるのでは?」
「ないとは言えませんが、それとこれとは、別問題ですよ!」

 寿司職人の事情聴取:
「寿司屋で、祖父に辛辣なことを言われていたようですね」
「いえ」
「正直、我慢していたんでしょう?」
「まあ」
「でも、祖父は、常連客だったようですね」
「はい」
「祖父が亡くなって、一番困るのは、貴方かも知れませんね」
「そうですね」
「寡黙なんですね」
「不必要なことは言いません。寿司職人ですから」
「……ま、良く分かりませんが」

 冬子の事情聴取:
「貴方は、会社経営のことで、祖父と意見の衝突があったようですね?」
「答えが簡単に分かる問題でもありませんから、衝突もします」
「経営が上手く行かず、保険金や相続のこともありますし……」
「そんなこと考えていません!」
「そうでしょうね」
「それでも、祖父を殺めるだなんて……私にはできません」

 最後に、アナの事情聴取をすることになった。
「アナは、一人じゃ無理です!」
 冬子が、アナを守ろうとした。
「お母さん、大丈夫」
 アナが、気丈に答えた。
 そうして、アナが、一人で事情聴取に応じた。
「犯人は、私でも、母でもありません」
「どうして、お母さんじゃないと言ったの?」
「それは……」
 アナが、押し黙って、事情聴取が、終わった。
「証言に信憑性がないが、アナが、犯人の情報を知っている可能性がある。犯人は、アナか母かも知れない。ただ、連続殺人鬼が、絡んでいると、これじゃすまないぞ。慎重に様子を見よう」警察が、アナに目星を付けた。
 そして、アナが、別荘の離れに隔離されて、他の四人との接触が、禁止された。アナには、三日分の食事として、おせち料理と電子レンジで作れるものが、あてがわれた。トイレなどは、離れにあった。以降、アナは、一人きりで警察の取り調べを受けることになった。
「アナが、犯人なのか?」
 叔父が、動揺した。
「パソコンで見ましょう」
 獣医が、声をかけた。
 別荘の居間には、パソコンがあって、離れのパソコンとケーブルで繋がれていた。その為、居間のパソコンで、離れのビデオチャットのアナの取り調べの様子を見ることができた。

 警察が、捜査の一環として、支援学校の杵間先生と映画部員に連絡をしていた。
「アナが、殺人だなんて……」
 杵間先生が、驚きを隠せなかった。
「絶対にアナじゃない!」
 映画部員が、完全否定した。
「そうね。アナを守りましょう!」
 杵間先生と映画部員が、アナの援護の道を模索した。

   ーーーーーーーーーーーーーーーー

 撮影を終えて、叔父が、
「ビデオチャットの事情聴取も、リアルだったね」
 と、喜んだ。
「あれ、本物の警察じゃないの……?」冬子が、心配そうに言った。
「警察は、エキストラを雇ったから」祖父が、即座に答えた。
「ああ、そうなの。安心したわ」
「今後のアナの証言のシーン、アナには、離れのパソコンにメールでセリフを送るから」祖父が、一同に告げた。
「どうなっちゃうの?」冬子が、心配した。
「みんなは、即興で演じてくれ」祖父が、しっかりと伝えた。
「全部即興!」
 全員、度肝を抜かれたが、祖父のために演じる決意をした。

   ーーー シーン 元日 2 ーーー

 アナの取り調べが、始まった。冬子、叔父、獣医、寿司職人の四人が、居間のパソコンで、アナの取り調べを確認していた。しかし、アナの様子が、おかしかった。
「アナ、嘘ついている?」
 獣医が、訝しんだ。
 実際、アナの証言は、全て偽証だった。
「アナの言う通りにしよう」
 叔父が、発言した。
「そんなことする意味あるの?」寿司職人が、日和った。
「アナは、犯人が、アナでも冬子でもないと言っている。その証言に賭けてみよう。アナのことだ。何か理由があるんだろう」
 叔父は、アナを信用していた。
「そうしましょう」冬子も、賛同した。
 以来、四人が、アナの証言の通りにしようとした。

 アナの証言:〈お祖父ちゃんと一緒にお風呂に入りました〉

「お風呂!」
 獣医が、素っ頓狂な声をあげた。
「刺されたのは、お風呂に入る前だよね?」
 叔父が、確認した。
「お祖父ちゃんは、確か、朝入るって……」
 冬子が、答えた。
「…………」
 四人が、沈黙した。
「なぜ、アナは、あんな嘘を……?」獣医が、思案した。
「きっと何か意味があるんだろう」叔父が、アナに全幅の信頼を寄せていた。
「どうする?」
「……お風呂に入れよう」
 叔父が、英断を下した。
「お風呂に入れるって、どうやって?」
「どうもこうもない。みんなで入れるんだ」
「マジか?」
「マジだ」
 四人が、力を合わせて、祖父の遺体を風呂場に運んで、お風呂に入れることにした。
「傷口に絆創膏貼る?」
 叔父が、発言した。
「絆創膏じゃ、小さいだろう。何枚も貼らないと」
 獣医が、張り切って答えた。
「ガムテープは?」
 寿司職人が、真顔で言った。
「剥がしにくそうだな……間をとって、セロテープにしよう」
 獣医が、テキパキとセロテープを貼り始めた。
「それで大丈夫?」冬子が、心配した。
「私に任せてください」
 獣医が、きっぱりと言った。
「その自信は、どこから?」叔父が、聞いた。
「これでも、猫の手術をしたこともあるんですよ。一度だけ」
 四人が、セロテープで祖父の傷口を塞いで、お風呂に入れた。
「血って、あまり出ないんだね」
 叔父が、安心していた。
「固まっているんでしょう」
 獣医が、自信ありげに答えた。
 四人が、祖父を浴槽のお湯の中に入れて、黙々と祖父の体を洗っていた。
「シャンプーどうする?」
 寿司職人が、言った。
「…………」
「使おう」叔父が、答えた。
 四人が、祖父の頭をシャンプーで洗った。
「リンスは?」
 寿司職人が、再び発言した。
「やろう」叔父が、決断した。
 四人で、何とか祖父をお風呂に入れて、浴槽から出して、祖父の体を拭いた。
「さ、祖父の部屋まで、運ぼう」
 叔父が、音頭をとった。
「あ!」
 四人が、思わず声をあげた。運ぶ時に、祖父を落としてしまった。死んだふりをしていた祖父が、必死に痛みを堪えた。
「頭打ってしまった」
 叔父が、びっくりした。
「大丈夫でしょう。死んでるから」
 獣医が、冷静に答えた。

 その頃、アナが、またも嘘の証言をしていた。
 アナの証言:〈美味しい魚を食べました〉

「魚を食べたのに、生ゴミの中に魚の骨がないのは、不自然じゃないかな?」
 寿司職人が、口を挟んだ。
「魚なんてどこに……?」
 獣医が、途方に暮れた。魚料理は、どういうわけか、おせち料理の中にも、全くなかった。
「…………」
「釣ろう」
 叔父が、決定した。
 四人が、釣りの支度を整えて、別荘の裏手の沼で釣りを始めた。
「さ、寒い……」
 寿司職人が、思わず呟いた。
 実際、魚が、なかなか釣れなかった。釣れるのは、薄汚れた服とか靴とかばかりだった。
「誰のだよ、こんな時に」
 獣医が、悪態をついた。
 どうやら、別荘は、廃品回収のゴミ捨て場と化しているかのようだった。
「あれ、なんか光るものが釣れた」
 寿司職人が、声を上げた。
「なんだなんだ」獣医が、駆け寄った。
「何かしら……? これ……アナの半月のキーホルダーじゃない?」
 冬子が、光るものを手に取った。
「ああ、カズとのペアの半月のキーホルダー!」
 獣医が、びっくりして叫んだ。
 それは、アナが以前、映画の上映会の時になくしてしまったものだった。

   ーーーーーーーーーーーーーーーー

 監督の祖父が、
「カット! それ、後でアナに返そうか」
 と、大声を上げた。
「そうするわ」冬子が、半月のキーホルダーをポケットにしまった。
「じゃ、沼に入って、網で捕ろうか?」祖父が、しれっと指示を出した。
「ええっ!」
 一同が、驚いた。
「我々を殺す気ですか!」寿司職人が、祖父の指示を受け入れられなかった。
「本気じゃよ」祖父が、真顔で答えた。
「……仕方ないわ。お祖父ちゃんが言うんだから」冬子が、観念した。
 みんな、祖父の言われるがままにした。全ては、祖父のために。

   ーーー シーン 元日 3 ーーー

「網を使って、つかみ捕りをしよう」
 叔父が、みんなに声をかけた。
「…………」
「そうだね」
 四人が、最終的に真冬の沼に飛び込んで、つかみ捕りをした。
 悪戦苦闘した。
「よし、捕まえた!」
 寿司職人が、嬉しそうに声をあげた。やっとのことで、比較的大きな魚を捕まえた。四人は、ホッとして、別荘の居間に戻った。
「早速、捌きますね」
 寿司職人が、台所で魚を捌いて、刺身にした。
 四人が、食堂で刺身を食べて、
「不味いね」
 と、口を揃えた。
「刺身は、失敗じゃない? 火を通さないと」
 獣医が、手厳しいことを言った。
「じゃ、食べなきゃ良いじゃん!」
 寿司職人が、悔しそうに逆ギレした。
「残して良い?」
「あまり残すと、『美味しい魚』って言う証言に反するんじゃないかな。沼の魚ってのも、バレるし」
 四人が、仕方なく、不味い魚を何とか食べ切った。
「思ったけど、魚の身だけ沼とかに捨てても良かったかもね」
 寿司職人が、他人事のように言った。
「先に言えよ」
 獣医が、険悪な雰囲気を醸し出した。

   ーーーーーーーーーーーーーーーー

 この撮影の後に、冬子が、アナと合流して、
「アナ、これ、見つかったよ!」
 と、半月のキーホルダーを差し出した。
「何これ?」アナが、すっとぼけた。
「忘れるなよ! それ、ペアの半月のキーホルダーじゃんか!」カズが、近くで聞いていて、突っ込みを入れた。
「あ〜あ……要らないわ」
「おい!」
「ハッハハハハ」
「てゆうのは、嘘。嬉しいわ!」アナが、半月のキーホルダーを受け取って、喜びをあらわにした。
「全く、素直じゃないんだから」冬子が、アナをカズを微笑ましく眺めた。

 それから、みんなで、川釣りをした。
「あ、お祖父ちゃん、釣れたじゃん! なんていう魚?」アナが、嬉しそうに声をかけた。
「ヤマメじゃ」
 祖父が、楽しそうに答えた。祖父が、異常に釣りが上手かった。
 沼では、何も釣れなかった割に、川ではあっさり釣れた。
「さっきの釣りのシーン、この川で撮れば良かったのに」獣医が、恨めしそう。
「沼が良いんじゃ」
「そうなんですか……?」
「あ、私も釣れた! これなら、一人一匹食べられるね〜」アナが、微笑んだ。
 それから、みんなで別荘に帰って、ヤマメを食した。
「やっぱり沼の魚とは味が違うね」獣医が、喜んだ。
「あの魚、本当に食べたの?」冬子が、驚いて聞いた。
「みんな食べてなかったの?」
「食べないよ〜」
「映画の撮影だからね」叔父が、当然のように発言した。
「そ、そんな……」獣医が、ガックリと落ち込んだ。
 食事を終えて、みんなで居間でまったりしていた。
「連続殺人鬼、どうなったんだろうね?」叔父が、話題を振った。
「怖いわ」冬子が、怯えた。
「インターネットには、情報出ていないね」獣医が、パソコンで調べた。
「落ち着いているのかな?」寿司職人が、言った。
「落ち着いているというのは?」獣医が、突っ込んだ。
「……美味しいもの食べて、寝ているとか?」寿司職人が、真面目に答えた。
「ハッハハハハ」

 祖父が、脚本の続きを持って来た。
 アナが、読んで、
「これ、最後、お父さん登場してんじゃん」
 と、突っ込んだ。
「……あとで、なんとかする。これから、変なの出て来ちゃっても、なんとかするから」
「全く!」

   ーーー シーン 元日 4 ーーー

 アナの証言:〈叔父さんが、麻雀のネットゲームで、役満を出しました〉
 役満と言うのは、滅多に出ない大きな上がり手だった。

「麻雀始めて二ヶ月なんだけど……」
 叔父が、動揺した。
 役満を出すと、麻雀のネットゲームのサーバーに記録が残ることになっていた。
「幸い、日時は、記録されない。しかも、他の誰かが、出しても良いんだ」
 獣医が、力強く言った。
「そうか!」
 叔父が、意気揚々と答えた。事実、役満を出すのは、叔父でなくても良かった。
 叔父、獣医、寿司職人、冬子の四人が、麻雀のネットゲームを始めた。
 しばらくして、寿司職人が、
「よし、倍満!」
 と、倍満を上がった。倍満と言うのは、役満の半分の得点の手だった。これも、出るのは、珍しかったが、今、出す意味はない。
「倍満出して喜ぶな」
 獣医が、突っ込みを入れた。
 四人は、真剣に麻雀のネットゲームに興じていた。
「思ったんだけど、誰かが、役満に近くなったら、みんなで振り込んだり鳴かせると良いかもね」
 寿司職人が、良いことを言った。
「そうか、真剣勝負している場合じゃなかった!」
 叔父が、気合いを入れ直した。

 その日の深夜、四人が、引き続き、麻雀のネットゲームで、役満を狙っていた。
「どうして、アナの嘘を実現させなきゃ行けないんだ!」
 獣医が、役満が出ないので、ご立腹だった。
「それしか方法はないんだ!」
 叔父が、声を荒げた。
「それにしたって、この状況は……」
 寿司職人も、愚痴った。
「アナは、絶対に無実なんだ!」
 叔父が、獣医と寿司職人と口論になった。
「頭冷やそう」
 獣医が、席を立った。
 四人が、麻雀のネットゲームを中断して、各自の部屋で休憩することにした。
「なあ、冬子や叔父も、怪しくないか?」
 獣医が、寿司職人の部屋に訪ねて行って、相談を持ち込んだ。
「それなんだよね。おかしいもん、この状況」
「しかし、どうすれば、良いのだろうか……?」
「アナから真実を聞き出すんだ……」
 獣医と寿司職人が、画策して、こそこそとアナの離れに近付いた。
「ダメだ。離れに近付けない。ビデオチャットのカメラが起動中だ。監視カメラ代わりに使っている!」
 二人は、そそくさと退散した。
「大人しく役満を出そう」
 獣医が、寿司職人に声をかけた。
「そうだね」
 四人が、再び、麻雀のネットゲームを再開させた。

「お母さん、怖いよ……」
 アナが、眠れずに、一人、離れの布団の中で泣いていた。
「アナ、一人で大丈夫かしら……」
 冬子が、麻雀のネットゲームをしながら、アナの心配をしていた。
 アナと冬子は、別々の部屋にいても、確かに繋がっていた。それは、紛れもない親子の絆だった。冬子とアナは、奇しくも、アナの父が、初めて家を出た日のことを思い浮かべていた。
「出て行け!」
 あの日、祖父が、アナの父を追い出した。
「アナ、優しい子になりなさい」
 アナの父が、別れ際にアナに声をかけた。アナの父は、最後まで、アナのことを心配していた。
「お父さん……お母さんを守って……!」
 アナが、アナの父に祈った。

   ーーーーーーーーーーーーーーーー

 アナが、シーンの撮影の後、離れから戻って、
「麻雀なんて、マニアックよ! 子供はやらないし」
 と、愚痴をこぼした。
「知らないからこそやる意味があるんじゃないか。知る喜びを与えるんだ」祖父が、アナを説得した。
「じゃ聞くけど、役満って何よ?」アナが、少し強めに聞いてしまった。祖父の余命が短いとはいえ、質の低い映画を撮ることには、納得がいかなかったのだ。
「役満というのは、一番点数の高い手で、滅多に出ないものじゃ」
「つまり、麻雀って、ドンジャラと同じなのね?」
「そう」祖父が、あっさり答えた。
「なら分かる」
「そうか、良かった……昔は、雀荘でよくビールを飲みながら、麻雀を打ったものじゃ」祖父が、懐かしそうに当時を思い出した。
「雀荘って何?」アナが、聞いた。
「麻雀を打つ店のことを雀荘と言うんだ」
 それから、夜遅くまで、みんなで麻雀をした。
「アナ、満貫じゃん」カズが、アナを持ち上げた。満貫というのは、倍満の半分の得点の手だった。
「まあな」アナが、得意げに笑った。
「お祖父ちゃん、そろそろ寝ないと」冬子が、祖父の心配をした。
「もう少し、こうさせてくれ」祖父は、ビールを飲みながら、久しぶりの麻雀に興じた。
「……仕方ないわね」
 その時、ニュースがインターネットラジオから流れた。

 ニュース:〈元日から、痛ましいニュースです。昨夜、Y県の別荘で、殺人事件が起きた模様。被害者は、今のところ、一人と見られています。別荘には、被害者と未成年を含む七人が、雪の影響で、足止めされています。犯人が、この中にいるかどうかは、不明。ただ、あの連続殺人鬼の犯行の可能性もあり……〉

 冬子が、ニュースを聞き終えて、
「ヤダ、ニュースになっている!」
 と、驚いた。
 この別荘で起きた祖父殺しの事件を報じるものだった。
「リアルだろう」祖父が、得意げ。
「落ち着いてる場合? 本当のニュースになっているんだよ!」アナも、祖父に強めに聞いた。
「インターネットラジオ局に頼んで、ニュースを流してもらったんだ」祖父が、答えた。
「そんなことできるの?」
「できる」
「架空の事件を流したの?」
「そうだ」祖父が、キッパリと答えた。
「でも、七人って言いましたよ」カズが、指摘した。
「言い間違いじゃ……ああ、そうだった。この別荘にだけ流してもらっていたんじゃ」
「それでもすごいけど……」
「それともう一つ、嬉しいニュースがある」
「なあに?」アナが、祖父に聞いた。
「この『子供雀士化計画』が、映画祭に出品できることになった!」
「本当なの?」
「ああ、昔のツテを頼ってな」
「すごいわ!」アナが、興奮した。
「良いもの作りましょう!」カズも、俄然やる気を出した。


      【一月二日】


 祖父の誕生日になって、みんなで誕生会を開いた。
「お祖父ちゃんは夜が早いから、誕生会は、朝やりましょう!」冬子が、バースデーケーキを用意した。
「最後の誕生会になるかも知れん」祖父が、不吉なことを言った。祖父は、死期を悟っていたのかも知れなかった。
「……」一同は、かける言葉がなかった。
 祖父が、バースデーケーキの蝋燭の火を吹き消した。
「ハッピーバースデー!」みんなが、大きな声で祝った。
 みんなで、ケーキを食べ始めた。
「……お祖父ちゃんの好きな映画ってなあに?」アナが、祖父に聞いた。
「『ホワイト・ラブ』だな」祖父が、即答した。
「なあに、それ〜。恋愛モノ?」
「椅子がブランコのスナックが出てくるんじゃ。それが、センセーショナルでね」
「ハッハハハハ」
「他にも、スペイン語がよく出て来て、面白いんだ。冒頭のシーンも、スペイン語学校で、『グアテマラ』って、連呼するんだけど、他に覚えるべき単語あるだろうってね!」
「ハッハハハハ」
 映画の話に花が咲いた。
「やっぱり映画が好き?」アナが、最後に聞いた。
「好きだねぇ〜」
 祖父が、嬉しそうに答えた。祖父は、本当に映画を愛していた。アナは、そんな祖父の目を見るのが、好きだった。それを、アナ自身の目に焼き付けた。
「ハッハハハハ」

 この日の撮影の前、祖父が、
「次のシーンは、また脚本があるから」
 と、告げた。
「脚本じゃなくて、小説でしょ?」アナが、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
 みんな、祖父の小説形式の脚本に慣れて来ていた。

   ーーー シーン 一月二日 1 ーーー

 二日の早朝。四人が、居間に集まって、徹夜で麻雀のネットゲームを続けていた。
「何だって、アナは、こんな嘘をつくんだ!」
 獣医のイライラが、爆発した。
「分からない。けど、とにかくアナの証言の矛盾をなくさなくては。あるいは、連続殺人鬼の犯行なのかも知れない。アナを信じよう」
 叔父が、麻雀の画面を注視しながら答えた。
 アナを信じるしか、道はなかった。
「アナのことを信用してくれるのね」
 冬子が、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「最悪、連続殺人鬼から、何かしらの圧力を受けているのかも……」
 叔父が、新たな懸念を口にした。
「そんなことって……」
 冬子が、寂しそうな表情をした。

(このままじゃ、お母さんが、犯人だって、分かっちゃう。そうだ、捜査を混乱させよう!)
 一方、アナは、冬子をかばおうとして、必死に偽証をしていた。アナは、とても健気で一生懸命だった。

 結果、四人の行動は、全て、警察が到着するまでの偽装工作だった。
 そうして、五人は、祖父の遺体の傍らで、必死にもがいていた。
 犯人は、果たして、本当に連続殺人鬼の仕業なのか。
 それとも冬子なのかーー。

 事件の真相は、こうだ。
 あの夜、冬子は、確かに祖父の部屋に行っていた。そこで、冬子は、ナイフで祖父を一突きした。その後、アナが、祖父の部屋に行った。その時、祖父は、ナイフを刺されて、死んでいた。
 それは、全て、事実だった。
 ただ……。

 朝、四人が、麻雀のネットゲームを中断して、短い休憩を取っていた。四人は、軽食を口にした。
(アナは、もしかしたら、私の姿を見たのかしら……?)
 冬子が、別荘のテラスで、一人、離れの方を見ていた。
「アナのこと、心配だね」
 叔父が、冬子の元に行って、声をかけた。
「そうね」
「どうしたんだい。こんな時だけど、元気出しなよ」
 叔父は、冬子の異変に気付いていた。
「うん」
 冬子が、心中を悟られまいと素っ気なく答えた。
「風邪引くぞ」
 叔父が、居間に戻って行った。
(アナには、悪いけど、このまま偽装工作をするしかない……)
 冬子が、呟いた。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 シーンを終えると、祖父が、
「脚本の続きを書けなかった……」
 と、具合が悪そうだった。
「元々書けてなかったけどね」アナが、突っ込みを入れた。
「脚本じゃなくて、小説だったからね」カズが、優しく告げた。
「みんなに即興でやるように伝えてくれ……」祖父が、カズに頼んだ。
「分かりました」
「お祖父ちゃん、くれぐれもお大事にね」アナが、祖父に声をかけた。
 カズが、みんなを集めて、
「ここからは、脚本ができていないから、即興で!」
 と、告げた。
「また〜?」獣医が、納得がいかない様子。
「即興で行くよ〜!」アナが、号令をかけた。
「カズくん、とにかく、アナには、状況を混乱させるようなセリフを考えてくれ」祖父が、カズに指示を出した。
 アナの証言は、カズが、考えることになった。

   ーーー シーン 一月二日 2 ーーー

 アナの狂言は続いた。
 アナの証言:〈お祖父ちゃんが、かっぱ巻きに目がないから、みんなで、大量のかっぱ巻きを食べたの〉

「どこにかっぱ巻きがあるんだ?」
 獣医が、途方に暮れた。
「…………」
「作ろう」
 叔父が、答えた。
「米と酢はあります」
 寿司職人が、台所を調べて言った。
「あとは、きゅうりだ」
 四人が、別荘の菜園の温室に行った。
「ラッキー」
 寿司職人が、喜んだ。幸い、きゅうりが栽培されていた。四人が、きゅうりを収穫し始めた。
「スマホが、いっぱい埋まっていたよ」
 寿司職人が、珍しそうに、大量のスマホを見つけていた。菜園もまた、ゴミ捨て場となっていたのだろうか。
「今は、かっぱ巻きのことだけ考えろ」
 叔父が、寿司職人に忠告した。
 四人が、きゅうりを収穫して、別荘の居間に戻った。
「海苔は?」
 獣医が、聞いた。
「味付け海苔ならある」
 叔父が、答えた。
「それで良いですよ」
 寿司職人が、腕を振るった。
「寿司職人がいて、良かった」
 獣医が、微笑んだ。
「リアリティがありますからね」
 寿司職人が、寿司飯を用意した。
 四人が、手分けをして、黙々と大量のかっぱ巻きを作った。
「味には、自信があるんです」
 寿司職人が、満足そうに笑った。
「さあ、食べよう」
 叔父が、掛け声をかけた。
 四人が、大量のかっぱ巻きを食べ始めた。
「…………」
「少し楽しい」
 寿司職人が、ポツリと言った。
「…………」
 四人が、大量のかっぱ巻きを黙々と食べ続けた。
「辛い」
 わさびの辛さで、口の中の感覚がなくなった。
「わさびは、外人に人気がありましてね」
 寿司職人が、嬉しそうに言った。
「今、外人、関係ないだろう」獣医が、突っ込んだ。
「お祖父ちゃん、一口も食べていない……」
 寿司職人が、思い出したように寂しそうに発言した。祖父は、かっぱ巻きを食べる前に亡くなっていた。
「胃の中に入れようか?」
 叔父が、提案した。
「どうやって……?」
 獣医が、聞いた。
「吐かせよう」
「吐くって、どうやって?」
「僕らの誰かが、吐いて、それをお祖父ちゃんの口元にぶちまけよう。その後、体を起こして、嘔吐物を水で胃に流し入れよう。そうすれば、胃液なんかも、リアルに出せる」
「それにも関係するけど、かっぱ巻きが、残っているのは、おかしいんじゃないかな?」
 寿司職人が、饒舌になった。大量に作ったかっぱ巻きが残っているのは、アナの証言に反する。
「…………」
「吐くまで食べよう」
 叔父が音頭を取って、四人は、みんなで、黙々と食べた。
「嘔吐したものって、DNA鑑定するのかな?」
 寿司職人が、ポツリと言った。
「案外しないかもね」
 獣医が、かっぱ巻きを頬張った。
「嘔吐したものが、他人のものとは、まず思わないだろう」
 叔父が、推論した。
「祈るしかないか」
 寿司職人が、パクパクと軽快にかっぱ巻きを口に運んだ。
 四人が、かっぱ巻きを完食した。
「ぐはっ!」
 冬子が、吐いた。
「最悪な状況だ……しかし、喜ぶべきことなのかも知れない……」
 四人が、冬子の嘔吐物を祖父の部屋に持って行って、祖父の口元にぶちまけた。それから、嘔吐物を祖父の胃に流し込んだ。祖父は、悶絶しそうになったが、必死に耐えた。
「ゲボゲボ」
 獣医が、その場で吐いた。
「お前が、吐くな」
 叔父が、突っ込みを入れた。
「あ、昨日の魚、混じってる」
 寿司職人が、獣医の嘔吐物を見て、懐かしそうに言った。
「片そう」
 四人が、ふて腐れながら、獣医の嘔吐物を片した。
「あ!」
 寿司職人が、何かを思い付いた。
「今度は、何だよ」叔父が、聞いた。
「魚も、お祖父ちゃん食べたのかな?」
「……よく気付いた」
「混ぜとくね」
 寿司職人が、獣医の嘔吐物の魚を祖父の口元に添えた。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 映画撮影の時間以外でも、大人たちは、麻雀をしていた。
「呆れた。どんだけ打つのよ」アナが、吐き捨てた。
「なあ、アナ。別荘を探険しないか?」カズが、申し出た。カズは、別荘に来るのが初めてで、興味津々だった。
「良いわねぇ」アナも、乗り気になった。
 アナとカズが、手持ち無沙汰で、別荘の探険をした。
「これ、映画じゃない?」カズが、古い映画フィルムを見つけた。
「わぁ、いっぱいあるね!」アナが、それを手に取った。
「映画のタイトルが書いてあるね」
「もしかしたら、お祖父ちゃんが、エキストラ出演していた時のものかも!」アナが、目を輝かせた。
「そうかも知れないね!」
「別荘には、映写機がないわ……」
「映画部の部室にあるから、帰ったら、見てみようよ!」
 アナとカズが、数本の映画フィルムを持ち出した。
「カズ……お祖父ちゃん、もう長くないんだ……」アナが、切り出した。
「どういうこと?」カズが、驚いた。
「余命数日って言われたらしい。ここに来る前に」
「そ、そんな……他のみんなは……?」
「お祖父ちゃん以外、みんな知っている」
「……」カズが、絶句した。

   ーーー シーン 一月二日 3 ーーー

 アナの証言:〈集合写真を撮りました〉

「集合写真って、何だ?」
 獣医が、言葉を失った。
 六人は、昼間、確かに別荘の周辺で写真を撮ったが、集合写真などなかった。アナのとんでもない嘘だった。
「皆さんの集合写真を送ってくれませんか?」
 警察の要請で、集合写真を警察に送ることになった。
「昼間撮った写真を基にして、CGで集合写真を作ろう」
 獣医が、大急ぎで、居間のパソコンで、CGの集合写真を作った。
「ふぅ、間に合った」
 叔父が、満足そうに息を吐いた。集合写真は、多少遠近感が、おかしかったが、それには、目をつぶった。
 集合写真は、無事警察に送られた。
「何とかなったね」
 叔父が、安堵した。
「これ、セーター写っているよ」
 寿司職人が、それに気付いた。
 事実、アナの手編みのセーターが、写真に写っていた。もちろん、返り血を浴びる前の状態で。
「セーターでバレるよ」
 寿司職人が、危惧した。
「…………」
「方法はある」
 叔父が、思案した。
「何?」獣医が、聞いた。
「アナと冬子のお揃いのマフラーを解いて編もう」
 マフラーは、セーターと同じ毛糸で編んで作られていた。冬子が、アナと冬子自身の為に、編んだものだった。
「アナとの思い出が、消えていく……」
 冬子が、悲しんだ。
 冬子、獣医、寿司職人が、セーターを編んで、叔父が、他のユーザーを相手に麻雀をすることにした。そうして、四人が、手分けして、二つの偽装工作を敢行することに専念した。
「役満、出た?」
 獣医が、セーターを編む手を止めて、聞いた。
「まだだよ!」
 叔父が、半泣きで答えた。

 その頃、別荘の離れのアナは、支援学校の杵間先生と映画部員と、ビデオチャットで、会話をしていた。
「アナが、お祖父ちゃんを殺したんじゃないよね!」
 杵間先生が、アナに涙ながらに訴えた。
「…………」
 アナは、押し黙って、返事をしなかった。犯人は、冬子なのかも知れないのだから。
「このままじゃ、犯人にされちゃうよ!」
 映画部員が、アナに声をかけた。映画部員も、必死だった。
 アナは、キュッと口を結んで、気丈に涙をこらえていた。

 それから、アナは、再度、警察の取り調べを受けた。
 アナが、取り調べを終えて、ビデオチャットに向かった。
「お母さんに手紙を書いて良いですか?」
 アナが、警察に申し出た。
「良いですよ」
 警察が、優しく答えた。警察は、そこから何かのヒントを得られると踏んでいた。
 アナが、冬子に手紙を書いた。
 アナは、別荘の離れを出て、手紙を別荘の郵便受けに入れることを許された。
 アナの手紙:〈犯人が捕まったら、お母さんのカレーを食べたいな。ちょっと辛いのにも挑戦したい。もう大人だから。私は、大丈夫。お母さん、ぐっすり寝てね〉
 冬子が、郵便受けの手紙を受け取った。手紙には、何気ない言葉が綴られていたが、アナのメッセージは、冬子の心に響いた。
「もうこれ以上、アナを苦しめられないわ。アナを助けなきゃ……」

 その日の深夜、冬子が、アナを心配して、アナの離れに駆け込んだ。
「アナ……」
 冬子が、離れの入り口付近で、アナに会った。アナと冬子の目が合った。しかし、冬子は、ホッとした瞬間、過労で倒れてしまった。
「お母さん……?」
 アナが、冬子を抱きかかえた。
「どうしよう……?」
 救急車を呼んでも、この雪道では、すぐには来られない。かと言って、叔父らを呼んでしまっては、映画に支障が出る。アナの判断は、不自然だろう。しかし、それが、アナなのだ。そして、アナが、危機に陥った。
「そうだ、警察に連絡しよう!」
 アナが、ビデオチャットで、警察に連絡した。
 警察が、アナに応急処置の仕方を助言した。
「お母さん、しっかりして!」
 アナが、冬子を介抱した。
「アナが、やったんじゃないよね?」
 冬子が、息も絶え絶えに聞いた。
「……はい」
 アナが、正直に答えた。
 その時、叔父、獣医、寿司職人が、居間のパソコンで、アナと冬子の様子を目撃していた。ただ、ビデオチャットのマイクからは遠くて、二人の会話までは、聞き取れなかった。
「冬子は、アナに寝返ったのか!」
 叔父が、いきり立った。
「あの二人が、一番怪しいんだよ!」
 獣医が、本心をぶちまけた。
 叔父、獣医、寿司職人が、アナと冬子を疑い始めた。
 五人は、疑心暗鬼になっていた。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ねぇ、この映画に、あの映画のシーンを加えない?」アナが、提案した。
「あの映画?」冬子が、アナに聞き返した。
「〈産まれるまでにしたい十のこと〉のやつ」
 アナが、産まれるまでに撮影して編集した映画のことだった。
「ああ、あれね。どうしようかしら?」
「ダイジェスト版なら、問題ないじゃろう」祖父が、回答した。
「そうしよう! もう一度、見てみたいわ」アナが、喜んだ。
「見ようかしらね」冬子が、あの映画を再生した。
 アナ、冬子、祖父が、あの映画を見た。

 〈友達を百人作る〉
 〈赤い糸で結ばれている人を見つける〉
 〈アナを映画に出演させる〉
 〈偏見をなくす〉
 〈アナを笑わせたい〉
 〈オーケストラの生演奏を聴かせる〉
 〈アナの心の拠り所を作る〉
 〈アナの大好物を見つける〉
 〈お父さんを見つける〉
 〈アナにメッセージを残す〉

 アナが、映画を見終わって、
「改めて見ると、新鮮だわ〜」
 と、感慨深そう。
「ちょっと恥ずかしいけどね」冬子が、照れた。
「ハッハハハハ」
「お父さんか。懐かしいな……」アナが、呟いた。
「生きていれば、またそのうち会えるわ。きっと」冬子が、アナに声をかけた。
「ついでに、少しシーンを追加しようかな……実は、前に認めておいたものがあるんじゃ」祖父が、映画の脚本を持って来た。
「また、小説形式だけどね」アナが、突っ込んだ。
「ハッハハハハ」

   ーーー 祖父の脚本 ーーー

 アナは、中等度の知的障害があり、小学校の支援学級に進学した。
 ある日の放課後、アナが、一人で下校していた。
「障害児が、うぜえんだよ!」
 アナが、団地の近くの小道に差し掛かった時に、数人の普通学級の生徒から、罵声を浴びた。そして、その輩は、アナに石を投げつけた。
 偏見だった。
「止めてください」
 アナが、必死に抵抗した。
 それでも、輩は、偏見の手を緩めなかった。
「何してるの!」
 助っ人が、現れた。
 冬子だった。
 冬子が、鎌を持って、輩を追いかけ回して、輩の手に怪我を負わせてしまった。
 即日、アナと冬子が、小学校に呼び出された。
「どう責任を取るおつもりですか!」
 輩の母親が、冬子に詰め寄った。
「アナの心は、それ以上に傷付いた。もしも、アナの手にも怪我を負わせると言うのなら、私を殺せば良い。喜んで死にます。そうでなければ、アナに指一本触れさせない」
 冬子は、結局、輩にもその親にも、一切謝らなかった。
 冬子が、小学校からの帰り道に、アナに、
「どんな手を使っても、アナを守るからね」
 と、声をかけた。
「ありがとう、お母さん」
 アナが、嬉しそうに笑った。
 その夜、冬子は、なかなか寝付けなかった。冬子は、軽装に着替えて、自分の軽自動車を運転して、輩の家に思い切り突っ込んだ。暴挙だった。
「何をしているんですか!」
 輩の親が、驚いて、冬子に問うた。
「天誅だ」
 冬子は、アナを溺愛する反面、一種病的な一面があった。

 数年後。アナは、地元の支援学校の高等部三年生になっていた。アナは、ダウン症で、中等度の知的障害もあったが、支援学校では、障害が一番軽度なクラスに所属していた。アナには、三人のクラスメイトがいた。発達障害の子と、言語障害の子と、義足の子だった。発達障害の子と言語障害の子は、軽度の知的障害があり、義足の子は、高次脳機能障害があった。四人は、勉強が苦手だったが、楽しく学校生活を送っていた。支援学校の担任の先生は、ベテランの先生で、とても優しく、信望があった。
 支援学校の授業参観の日になった。支援学校の教室には、冬子と、三人のクラスメイトの母が、来てくれていた。
「は〜い、数学の授業をするよ!」
 担任の先生が、元気よく言った。
「え〜、国語が良いな!」
 アナが、大きな声で叫んだ。
「アナの好きな科目をやるんじゃないの!」
「ハッハハハハ」
 アナは、こうして、いつもコメディエンヌぶりを発揮してくれた。支援学校の授業は、とても楽しく、生徒も先生も、のびのびと過ごしていた。
 障害児者は、同じ悩みを抱えているので、とても仲良く、強固な絆で結ばれていた。だから、困った時には、慰め合ったり、助け合ったりしていた。

   ーーーーーーーーーーーーー

 アナが、祖父の脚本を読み終えて、
「実話なのね?」
 と、感想を述べた。
「アナと一緒に、子役のオーディションに行ったこともあったのう」祖父が、思い出した。
「落選だったけど……」アナが、渋い顔をした。
「懐かしいのう」
「お祖父ちゃんに、『障害児だから落ちたの?』って聞いたら、『そんなことはない。障害児者だからこそ受かる。そんな時代が来るはずだ』と……」アナが、懐かしそうに告げた。
 祖父は、ダウン症のアナを少しでも幸せにしたくて、オーディションに連れて行った。自分の果たせなかった夢を実現したいという思いもあった。
「アナは、昔からお祖父ちゃん子だったから」冬子が、アナの頭を撫でた。
「お祖父ちゃんは、優しいから……」アナが、涙を流しそうになった。
「アナ」冬子が、泣きそうになるアナを制した。祖父に、余命を悟られてはいけない。
「アナが映画部に入った時、お祖父ちゃん、喜んでね〜」叔父が、とっさに話題を変えた。
「今回の作品を見るのが、楽しみだな」アナが、気を取り直して微笑んだ。
 冬子が、カズに、
「二人は、本当に付き合っているの?」
 と、尋ねた。
「ま、まさか!」アナが、即答した。
「ハッハハハハ」
「あのアナとカズが、恋仲とはね!」獣医が、微笑んだ。
 みんな、アナとカズの産まれた頃から知っていた。占いアプリも、二人の仲を予見していた。
「恋仲じゃないわ!」アナが、まだ否定した。
「ハッハハハハ」
「お祖父ちゃん、アナのこと心配しなくて良いね。カズくんが、ついているんだもん」冬子が、祖父に優しく声をかけた。
「カズくん、エンディング、書いてみなよ」祖父が、言い出した。カズにこの映画の最後を締めくくらせようと思い立ったのだ。カズを信頼してのことだった。
「……はい」
 カズが、机に向かって、徹夜でエンディングシーンを書き始めた。

 夜中に、祖父が、カズの部屋を訪ねて、
「カズくん、アナのことをよろしく」
 と、声をかけた。

 夜明け前、別荘の裏口の門が、開閉する大きな音が聞こえた。
「誰かしら、こんな時間に……?」
 冬子が、不審に思って、裏口の門を見に行った。
「誰もいないわ……」
 その間、アナの部屋には、祖父の姿がーー。
「アナ……」祖父が、アナに声をかけた。
「ん……?」アナが、寝ぼけていた。
「わしが、連続殺人鬼じゃ」祖父が、はっきりと伝えた。
「入院してたじゃん」アナが、鋭い突っ込みをした。
 確かに、連続殺人の起きた時期は、祖父の入院時期とも重なっていた。
「夜中に病院を抜け出していたんじゃ」
「まさか〜」絶対に信じないアナ。
「信じなくても良い。ただ、連続殺人は、もう起きないから、安心しなさい」
「ふ〜ん……」アナが、再び眠りについた。

 アナが、朝起きて来て、
「枕元に、この手帳が置いてあったの」
 と、言った。
 アナは、祖父が部屋に来たことを覚えていなかった。
「あら、それ……多分お祖父ちゃんのよ」冬子は、その手帳に見覚えがあった。
「そうなんだ……どうして、枕元に……?」アナが、訝しんだ。
 祖父が、起きて来た。
「お祖父ちゃん、この手帳、お祖父ちゃんの?」アナが、祖父に聞いた。
「ああ、そうだね。落としてしまっていたのかな? ちょうど良い。アナにあげるよ。映画部の参考にしてくれ」祖父も、アナが、寝ぼけて覚えていないであろうことを承知していた。夢の中で真実を告げたのだ。
「良いの?」
「うん」


      【一月三日】


 カズを除く一同が、居間でくつろいでいた。
 カズが、自室から居間へ行って、祖父に、
「エンディングシーンの脚本、できました。小説形式ですけど」
 と、見せた。
 祖父が、カズの脚本を熟読して、
「これで、やってみようかねぇ」
 と、ゴーサインを出した。
 アナも、カズの脚本を読んで、
「カズのは、理屈っぽいなぁ」
 と、吐き捨てた。

 祖父が、新たな小説形式の脚本をみんなに見せて、
「エンディングは、カズくんじゃが、次のシーンは、わしが書いたから」
 と、告げた。
 冬子が、祖父の脚本を読んで、
「また、警察が出てくるのね?」
 と、突っ込みを入れた。
「本物の警察だ。実は、事情聴取の時の警察も、本物だったんだ」祖父が、白状した。
「……な、何してるの! お祖父ちゃん!」アナが、驚いた。
「カズくん、任せたよ」祖父が、カズにビデオカメラを渡した。
「本気で、撮影するの?」冬子が、祖父に念を押した。
「一世一代の大勝負じゃ」祖父が、答えた。
「えっ、えっ……」寿司職人が、動揺した。
「やろう」冬子が、覚悟を決めた。
 祖父の余命は、もう幾ばくもないのだ。一致団結して、映画の仕上げに邁進した。

   ーーー シーン 一月三日 1 ーーー

 三日の早朝。冬子とアナは、離れで、夜を明かした。獣医と寿司職人が、セーターを編み、叔父が、麻雀に没頭していた。
「麻雀が、鬼門になっている。役満、急いで! 警察、来ちゃう!」
 獣医が、発奮した。
「そう急かすなよ!」
 叔父が、目を真っ赤に充血させて、その時を待った。
「ピンポ〜ン」
 別荘の呼び鈴が、鳴らされた。
「できた!」
 獣医が、安堵の声を上げた。セーターが編み上がった。
「上がった! 国士無双……」
 国士無双と言う名の役満の手があった。
 叔父が、ポツリと呟いて、その場に崩れ落ちた。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 祖父が、気合を入れて、
「いよいよ、警察が来るぞ!」
 と、みんなを鼓舞した。
「もうどうにでもなれ!」アナが、気合を入れた。
「カズくん、見つからないように頼んだ!」
「はい!」
 おかしな状況だったが、みんな、祖父に捧げる最後の映画を完成させたい一心だった。

   ーーー シーン 一月三日 1 ーーー

 警察が、到着した。
「ピンポ〜ン」
 警察が、何度も呼び鈴を鳴らし、玄関のドアを叩いた。
「…………」
 誰も、玄関のドアを開けられなかった。
「大丈夫ですか!」
 警察が、鍵を壊して、別荘の中に入った。
「何だ、この状況は……?」
 叔父、獣医、寿司職人が、別荘の居間で、息も絶え絶えに倒れていた。
「連続殺人鬼の仕業か!」
 警察に緊張が走った。
 本当は、食べ過ぎ、魚の食あたり、過労だったが、誰もそれを正直に語ることができなかった。
「何かの犯罪に巻き込まれたのかも知れない」
 警察が、慎重に対処した。
 叔父、獣医、寿司職人、冬子は、別荘で手当てを受けた。
「君は、重要参考人だ」
 アナの身柄が確保された。
「アナの手当もしてください……!」
 冬子が、アナの身を案じて、懇願した。
「そうしよう」
 警察が、それを認めて、アナの手当てをした。

 警察の捜査が、開始された。
 警察は、離れのビデオチャットで、支援学校の杵間先生と話をしていた。
「アナは、絶対に無実です!」
 杵間先生が、署名運動をしてくれていた。アナの友達が、多く署名をしてくれた。その数、三十五人。
「少ないかも知れないけど、大切な友達です」
 アナが、嬉しそうに笑った。
 警察が、捜査を続けて、
「確かに、祖父は風呂に入っています!」「祖父の嘔吐物から魚が検出されました! 大量のかっぱ巻きも!」「麻雀ゲームの役満も出ています!」「集合写真も、間違いありません!」
 と、報告し合った。
「確かに証言通りだな……」
 警察が、アナの証言の裏を取った。
 偽装工作は、バレなかった。冬子、叔父、獣医、寿司職人が、意識が朦朧とする中、安堵の表情を浮かべた。
 警察が、祖父の部屋に入って、祖父の亡骸を調べた。
「写真か……」
 祖父は、一枚の写真を大事に持っていた。祖父、アナの父、冬子、アナが、一緒に写った写真だった。
「お祖父ちゃん!」
 アナが、祖父の部屋に入ることを許されて、祖父の亡骸に抱きついて泣いた。
 冬子が、警察に支えられて、祖父の部屋に行った。
「犯人は、アナではありません。祖父をナイフで刺したのは、私です」
 冬子が、アナの姿を見て、自白する決心が付いた。
 犯人は、冬子だった。
「アナには、申し訳ないことをしたね」
 冬子が、アナに謝った。
「良いよ。お母さんの為だもん」
「あれだけ陥れるようなことをしたのに、まだ、私をかばうの?」
「大好きだから。それに、みんなの優しさに触れることができた。それだけで十分」
「優しさって……」
 確かに、叔父、獣医、寿司職人は、アナを信じて、アナの為に偽装工作をしてくれた。しかし、冬子は、私利私欲の為、アナを陥れようと画策していたのだ。だが、アナは、人を疑うということを知らなかった。それが、ダウン症児が、天使と呼ばれる所以なのかも知れない。
 冬子が、アナを優しく抱いた。
「それに、お母さんだって、結局本当のことを言ってくれたでしょ」
 アナは、気丈に言ったが、この状況をどこまで正確に把握しているかは、微妙だった。
「だって、アナの為だもん」
 冬子は、アナに無実の罪を着せることはできなかった。
「なぜ、お父様を刺したりなんか?」
 警察が、冬子に問うた。
「無念を晴らしたかったんです」
「無念?」
「アナが、産まれた時、『障害児なんて産みやがって』と、言って、主人が家を出て行った時、『清々した』と、言ったんです。それが、悔しくて悔しくて……でも、今となっては……大変なことをしてしまった……」
 冬子が、泣き崩れた。
「それでも、お父様は、慈善活動を……」
「罪滅ぼしです。あの人は、昔、アナを手に掛けようとしたことがあるんです」
「そんなことを?」
「今のは、仮の姿です。昔から、酷い人でした」
 冬子は、一人ぶつぶつと自分に言い聞かせるように語った。一言で言えば、積年の恨みだった。積もりに積もったものが、爆発してしまった。冬子の心は、荒み切っていた。
「逮捕します」
 警察が、殺人の容疑で、冬子を逮捕した。
 冬子は、逮捕後も少しの間、別荘に待機して、警察の捜査に協力することになった。
「警察は、分かっていたのかも知れない。アナを離れに隔離したのは、アナを守る為だったのね」
 冬子が、叔父に言った。
「そうかも知れないね」
「アナへの配慮、ありがとうございます」
 冬子が、警察にお礼を言った。
「アナちゃんの捜査の過程で、支援学校の杵間先生から懇願されまして。絶対に犯人じゃないからって」
「先生……」
 その時、支援学校の杵間先生と映画部員が、
「アナ、無事だったのね!」
 と、別荘に駆け付けた。
「ありがとう、みんな……」
 アナが、ホッとして涙を流した。先生と仲間のありがたみが、心に沁みた。
「大いなる援軍を連れて来たわ」
 杵間先生が、嬉しそうに声をかけた。
「アナ」
 一人の男性が、アナに声をかけた。
 アナの父だった。
「お父さん!」
 アナが、アナの父に抱きついて泣いた。
「また一緒に暮らそう」
 アナの父が、アナに優しく声をかけた。
「本当なの?」
「ああ、もうどこへも行かない」
「でも、どうして?」
「お祖父ちゃんから、連絡が来たんだ。『アナを頼む』って……亡くなる直前だった」
「お祖父ちゃんが……」
 アナが、嬉しそうに言った。
 冬子が、その光景を見て、一筋の涙を流した。
 祖父は、なぜ亡くなる直前、電話をかけたのか。殺されることを予測していたのだろうか。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「カーット」カズが、叫んだ。
「お父さん! 先生、みんな!」アナが、アナの父、杵間先生、映画部員と抱擁を交わした。
 しばらくして、警察が、
「あれ? お祖父さん、亡くなっていませんね」
 と、根本的なところに気づいた。
 架空の事件だったことが、判明した。
「皆さん、何をなさっているんですか!」警察がお冠。
「映画撮影を……」冬子が、代表して、答えた。
「いい大人が!」警察が、一同をこってり絞り上げた。
 一同が、警察に頭を下げて、
「申し訳ございません」
 と、謝った。
「お祖父ちゃんも、謝って……」冬子が、死体を演じていた祖父に声をかけた。
「え、映画を完成させてくれ……」祖父が、息も絶え絶えに言った。
 祖父は、虫の息だった。
「大変! お祖父ちゃんが!」冬子が、叫んだ。
 みんなが、祖父に駆け寄った。
「お祖父ちゃん、しっかりして!」アナが、祖父を揺すった。
「救急車を!」獣医が、慌てた。
「今から呼んだんじゃ、遅すぎる! パトカーに乗せてもらおう!」寿司職人が、テキパキと行動した。
 そうして、祖父が、パトカーに乗って、病院へ搬送された。
「ついて行きましょう!」冬子が、バンに乗り込もうとした。
「待って……エンディングシーンは、お祖父ちゃん不在で撮る!」カズが、きっぱりと言い放った。
「何言っているの、こんな時に!」冬子が、カズに食ってかかった。
「こんな時だからこそです! 映画を完成させて、お祖父ちゃんに見せてあげましょう! お祖父ちゃんの映画だから!」カズが、冬子を諭した。
「僕たちが、病院へ行ったって、祈ることくらいしかできない。確かに、カズの言っていることが、正解なのかも知れない」寿司職人も、みんなを説得した。
「僕からも、お願いします。この映画『子供雀士化計画』……映画祭に出品するんです」アナの父も、みんなを説得した。
「どうして、それを知っているの?」アナが、不思議そうに聞いた。
「お祖父ちゃんに頼まれて、映画祭の担当者との橋渡しをしたんだ」
「ああ、お父さんが……お祖父ちゃん、頼りにしていたんだ……」
「お願いします」アナの父が、頭を下げた。
「……」
「そうね。やりましょう」冬子が、納得した。
 警察が、呆れて帰って行った。

 そうして、残された人々で、エンディングシーンを撮影することにした。
 シーンに出演しない人が、警察役を演じることとした。
「警察の制服着てなくて大丈夫かしら?」冬子が、心配した。
「私服警察ってことで」カズが、答えた。
「カジュアルの?」冬子が、カーディガンを羽織った。
「良いよ、それで」アナが、冬子を説得した。
 エンディングは、カズの小説形式の脚本だ。

   ーーー エンディングシーン ーーー

 後日、祖父の検死結果が出た。
「祖父は、毒殺ですね。以前、連続殺人鬼が、使った毒と同じ成分が、検出されました」
 警察が、五人に報告した。
 事件は、急展開した。
「毒殺……?」
 冬子が、訝しんだ。
「ナイフは、表面の皮膚を切っただけでした」
 冬子は、流石に身内である祖父を刺すのに抵抗があり、力が入らなかったようだ。
「じゃ、本当に、連続殺人鬼の犯罪だったのか……?」
 叔父が、言葉を失った。
「そのようですね。詳細は、今、調べています」
 どうやら、祖父は、連続殺人鬼に殺されたようだった。もしそうなら、冬子は、大幅に減刑される。
「何だったんだろう、今までの偽装工作」叔父が、途方に暮れた。
「偽装工作?」警察が、聞き逃さなかった。
「あ、いえ……」
「ただ、頭部に殴られたような痕がありました」若い警察官が、上司に報告した。
(ドキッ)
 叔父、獣医、寿司職人が、戦慄した。祖父を運ぶ時に落としたアレだ。
「しかし、死因ではないでしょう」
「ですよね」叔父が、安堵した。
「祖父の傷口と、麻雀ゲームの履歴と、集合写真に少し不審な点が……」
(ドキッドキッドキッ!)
 叔父、獣医、寿司職人が、気絶寸前。
「嘔吐物のDNA鑑定をしています」
「おわっ!」寿司職人が、思わず声を上げた。
「何か?」警察が問うた。
「いえ……何も……」
「連続殺人鬼って……お祖父ちゃんは、悪人なの?」
 アナが、不思議に思った。連続殺人鬼は、悪人しか殺さなかったから。

 警察が、別荘の周辺で、連続殺人鬼の痕跡を見つけた。別荘の裏手の沼では、連続殺人鬼の被害者の服や靴の遺留品が、発見された。別荘の菜園の温室では、被害者のスマホが、大量に見つかった。廃品回収のゴミ捨て場ではなかったのだ。
「この別荘は、連続殺人鬼のアジトだな」
 警察が、結論付けた。
 四人の偽装工作が、功を奏したのだ。
 さらに、偽装工作の恩恵があった。
 チャット:〈全ては、障害児者の為に〉
 麻雀のネットゲームのチャットに、連続殺人鬼の書き込みがあったのだ。
 チャット:〈役目は終わった。自害します〉
 他にも、複数の連続殺人鬼の書き込みがあった。
「連続殺人鬼が、自害……?」
 叔父が、驚いた。
 一方、警察が、獣医の作ったCGの集合写真を見て、
「これ、どことなく連続殺人鬼に似ているが……女性じゃなぁ……」
 と、言った。連続殺人鬼は、小柄な男だった。警察は、この集合写真を見て、腑に落ちない様子だった。
 そんな中、祖父の遺書が、祖父の部屋で見つかった。
 遺書:〈相手がどんな悪人でも、それを殺めるのは、人の道に反している。アナの言う通りだ。もう、連続殺人鬼は、現れることはないだろう〉
「お祖父ちゃんが、連続殺人鬼……?」
 アナは、遺書を握り締めて、
「それでも、人を殺しちゃ行けないんだ」
 と、泣いた。
 祖父は、もう一枚、遺書を残した。
 遺書:〈冬子、色々すまなかった。素直になれずに、ここまで来てしまった。アナのこと、立派に育ててくれて、ありがとう。君は、最高の娘だった。なけなしの財産は、全てアナの為に使ってください〉
「お父さん……まるで自殺のような遺書を……?」
 冬子が、悲しんだ。
 その時、警察が、別荘に駆け込んで来て、
「祖父は、自殺でした。服毒自殺です!」
 と、検死結果の詳細を報告した。
 冬子が、ナイフで刺したのは、直接の死因ではなかった。その前に、亡くなっていたのだ。
「なんてこった……」
 叔父が、嘆いた。
「お父様は、貴方を殺人犯にさせたくなくて、刺される前に自殺したのかも知れませんね。そして、それをわざわざ麻雀のネットゲームのチャットに書き込んだ」
 警察が、冬子に告げた。
「致命傷ではないとは言え、ナイフで刺したのは、私……後は、お祖父ちゃんの意思を継ぐだけ……」
 冬子が、小さく呟いた。
 冬子は、死体損壊等罪で、数年間、服役することになった。
 叔父、獣医、寿司職人は、証拠の隠滅により、厳重注意を受けた。
 こうして、祖父の死は、収束を迎えた。
 以来、連続殺人鬼は、姿を現さなかった。

 アナが、支援学校を卒業した。
「これが、私の道」
 アナは、祖父の遺産を全て連続殺人鬼の被害者救済の為に使った。祖父は、財産のほとんどを慈善活動に費やしていたので、大した額ではなかったが、被害者は、その気持ちをとても喜んだと言う。
 ところが、後日、アナは、
「どうして、こんなことを……?」
 と、驚くことになった。
 被害者の家族が、その何百倍もの額を障害児者の為に寄付してくれたのだ。
「アナのお祖父さんの行動もまた、正義だった」
 被害者の家族が、微笑んだ。確かに、被害者は、皆、障害者を冷遇していた人物だった。腑に落ちない話だったが、それは、祖父の信念が、間違っていなかった証なのかも知れなかった。そして、アナの判断もまた、正義だった。

 数年後。連続殺人鬼が、再び現れた。連続殺人鬼は、男装して、悪人の命を奪おうとしていた。
「これで、二十人目か……」
 冬子が、寂しそうに呟いた。
 十九人目は、祖父だった。祖父にナイフを刺したのも、遺書を書いたのも、麻雀のネットゲームのチャットに書き込んだのも、冬子だった。そして、毒を盛ったのも、また冬子だった。冬子は、一芝居打っていたのだ。そして、数年の服役と引き換えに、祖父を含めた十九人の殺害の罪を祖父に被せることに成功した。

 ーーそう、連続殺人鬼は、後にも先にも、冬子その人だった。

 偽善、と言う意見もあるだろう。しかし、アナのことを心から愛し、アナを必死に守ろうとした冬子を責めることができるだろうか。それだけ、障害との闘いは、とてつもなく厳しく辛いものだった。
 確かに、冬子のしたことは許されることではなかった。しかし、祖父だけは、最期、冬子を許した。祖父は、自身の死を以って、冬子の暴走を止めようとした。祖父は、冬子が、連続殺人鬼だと気付いていたのだ。
(冬子に殺されるなら、本望だよ)
 祖父は、最期、甘んじて、死を受け入れていたのだ。
 祖父は、服毒により、意識が朦朧とする中、幼い頃の冬子のことを思い出していた。冬子は、近所の障害のある男の子が、偏見に遭っていた時、勇敢に守っていた。とても正義感が強く、素晴らしい少女だった。その男の子は、幼くして、この世を去った。冬子は、別れを惜しんで大泣きした。祖父は、やり切れない思いで冬子を慰めた。
(そんな冬子の娘のアナが、ダウン症だったのも、神様の思し召しだったのかも知れない。冬子なら、大丈夫。神様が、そう判断してくれたのだ。冬子は、その期待に応えることができたように思う……冬子との人生は、素晴らしい日々だった)
 祖父は、臨終、冬子とアナのことを一人回想していた。祖父の目には、光るものがあった。しかし、祖父の希望は、敢えなく散った、か……?
 冬子が、二十人目を殺めようとした時、アナの心からの声が、冬子の脳裏にこだました。

 ーーそれでも、人を殺しちゃ行けないんだ。

 冬子を止められるのは、もはやアナだけだった。
 しかし、二十人目の被害者ーー冬子ーーは、息絶えた。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 映画の撮影が終わった。
「さ、急ぎましょう! お祖父ちゃんの元へ!」冬子が、帰り支度をした。
「出発!」叔父が、バンを走らせた。


      【後日】


 祖父は、一命をとりとめて、病院に入院していた。意識は朦朧としていたが、力強く呼吸をしていた。まるで、映画の完成を見届けたいが為にとでも言わんばかりにーー。

 アナとカズが、支援学校の映画部の部室で、撮影した映画を編集していた。
「お祖父ちゃんに映画を見せないと……」アナが、焦りの色を隠せなかった。
「早くしないと……」カズが、編集を急いだ。
「お祖父ちゃんは、死なない! お祖父ちゃんの手帳の最後のページに、『アナのことは一生守るからね』って、書いてあったの……!」アナは、祖父の死期を悟る一方で、それを受け入れることはできなかった。

「できた!」カズが、大声を上げた。
 映画が完成した。
「急ぎましょう!」アナが、カズの手を引いた。

 一同が、祖父の病室に集まって、完成した映画を見た。
「どうでした?」カズが、祖父に聞いた。
「……茶番だった」祖父が、息も絶え絶えに答えた。
「……ハッハハハハ」誰もが、祖父の返事に安堵した。ああ、この人は、ここでくたばることはない。だから、笑った。
「確かに」アナも、その意見に賛同した。
「楽しかったけど……皆の演技に迷いが……あるねぇ……」祖父が、ダメ出しもした。
「ハッハハハハ」

 その深夜、祖父の容体が急変して、あえなく逝った。
「お祖父ちゃんの嘘つき!」アナが、祖父の手帳を握りしめた。
「アナ、お祖父さんの『一生守る』というのは、アナの一生のことだよ。きっと、あの世で、見てくれている」カズも、訃報を聞いて、駆けつけて、アナを慰めた。

 翌々日、葬式が、執り行われた。
 弔電:〈命の恩人へ……君は、最高のエキストラにして、最高の名優だった〉
 それは、往年の銀幕のスターからの弔電だった。
「悪いイタズラでしょう」冬子が、憤った。

 葬式の後、アナとカズが、映画部の部室へ行って、別荘で発見した映画フィルムを見た。
「あ、『ホワイト・ラブ』だって! お祖父ちゃん、出ていたのかな?」アナが、嬉しそうに言った。
「見てみよう!」
 アナとカズが、『ホワイト・ラブ』を見た。
「これ、お祖父ちゃんだわ! 若い!」アナが、祖父を発見した。
「好きな映画に出られるって、幸せな人生だね」
「出たから、好きになったのかもね」
「ああ、そういうことか!」
 アナとカズが、祖父の映画フィルムを隅々まで見た。
「お祖父ちゃん、本当にちょい役ばかりだわ」アナが、笑った。
「エキストラを十六年か……」カズが、しみじみと祖父の人生に想いを馳せた。
「でも、エキストラの人って、出演した映画フィルムをもらえるのかしら?」
「……もらえないだろうね。きっと、商社を興して、買い集めたんだろう」
「お祖父ちゃん……本当に映画を愛していたのね」
 アナとカズが、しばらく映画に見入った。
「あら、この映画フィルム、未完成なのかしら?」アナが、その映画フィルムを発見した。
 そこには、映画の撮影中の事故の様子が、生々しく撮影されていた。その中で、祖父が、銀幕のスターの命を救っていた。祖父は、顔に大怪我を負った。そのことがきっかけで、祖父は、引退したのだ。
「あの弔電、本物だったのかも……」アナが、ぽつりと言った。
 その映画は、麻雀と殺人の話だった。
「僕らが撮影したのと、大体同じ内容だね……」カズが、それに気づいた。
 映画のタイトルは、『子供雀士化計画』だった。
 お蔵入りしていた。
 祖父は、エキストラながら、セリフを言っているシーンがあった。雀荘で、ビールを飲みながら、「子供ができたんでね。あとは、孫の誕生を待つだけだ。楽しみだねぇ」と。
「これ、セリフじゃなくて、アドリブで本当のことを言っているパターンだね」カズが、指摘した。
「お祖父ちゃん……」アナが、寂しくて泣き始めた。
 それは、ちょうど冬子が産まれた頃に撮影されていた。祖父は、冬子の誕生が、相当嬉しかったのだろう。そして、アナの誕生も。

 しばらくして、アナと冬子が、自宅で朝食を食べていた。
「連続殺人鬼のニュース、あれから音沙汰なしね」アナが、何の気なしに言った。
「そうね」
 連続殺人鬼は、二度と現れることはなかった。
「連続殺人鬼、本当にお祖父ちゃんだったんじゃ……?」アナが、別荘で撮った映画の内容を思い起こした。
「どうして殺人なんて?」冬子が、アナに尋ねた。
「……分からないけど、あれだけ犯人の証拠品さらけ出して、捕まろうとしたんじゃ……?」
「それまたどうして?」
「……主役に……なりたかったんじゃ?」
 アナは、時々、鋭い考察をする。

 アナが、祖父の手帳をしっかりと読んだ。
 その中に、祖父の一文が、あった。
 祖父の一文:〈連続殺人鬼は、鳴りを潜めるだろう。あの状況下で、生まれた皆の演技は、一流の映画にも負けない魅力があった。皆と共演できて本当に楽しかった〉
 アナが、カズの元へ走って、
「お祖父ちゃんのためにエンディングシーンを撮ろう!」
 と、言い出した。
 カズが、祖父の手帳を読んで、
「そうしよう」
 と、快諾してくれた。
 それから、カズが、エンディングシーンの脚本の作成に取り掛かった。
 しばらくして、カズの脚本が、完成した。もちろん、小説形式だ。
 アナが、カズの脚本を読んで、
「シンプルになったね」
 と、感想を述べた。
「早速、撮影に掛かろうか」カズが、申し出た。
「そうね」
「その前に……」カズが、半月のキーホルダーを手に取り、アナに向けた。
「組み合わせるのね?」
「ああ……映画の成功を祈って」
「はい」
 二人が、半月のキーホルダーを組み合わせた。

   ーーー エンディングシーン ーーー

 小さな映画館のスクリーンにアナのアップが映し出された。
 アナが、ゆっくりと口を開いて、
「別荘から、連続殺人鬼の証拠品が、いっぱい出て来て、誰もが、お祖父ちゃんの犯行だったと言った。でも、私は、お祖父ちゃんは、犯人を知っていて、命懸けで、連続殺人を止めさせたんだと信じている……だって、私の大事なお祖父ちゃんだもん」
 と、独白した。
 アナが、スクリーンから姿を消すと、古めかしい雀荘の内部が映し出された。
 若かれし祖父、ビールを飲みながら、
「子供ができたんでね。あとは、孫の誕生を待つだけだ。楽しみだねぇ」
 と、アドリブ。

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 映画『子供雀士化計画』は、映画祭に出品された。

        了

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